借りれる時に借りておけ
スザクの背に揺られること半日。
日の出の時を迎えた三人は目的の場所へ辿り着いていた。
といっても、それを知るのはアメリアだけなのだが。
「あの街よ」
アメリアが指し示す方には、帝都の1/4程の大きさの街が見えた。
「街としては小さめだけれど、ここは帝国の物流の要。大量の物資と人が行き交うの」
「ふーん。それで、どうするのよ?」
「帝国内のみで使用可能な偽造した身分証があるわ。それを使って私とセフィーがあの街へ入り、仲間からの支援を受けるの」
そういってアメリアが懐から取り出したのは、二枚の身分証。
「え?私は?まさか…」
「ええ。スザクと留守番よ」
名前を呼ばれなかったレイチェルが不安そうな顔を見せた。
「安心しなさい。スザクは貴女を食べないわ」
「…ほんと?」
「本当よ。それより、しっかりと隠れていなさい。貴女とこの子が見つかったら、計画を最初から練り直すことになるのだから」
アメリアは髪をお団子の形に纏め、メガネを着用する。
簡単だが、これだけでアメリアとは気付かれそうにないほどの変貌。
「セフィーはこれを」
アメリアが取り出したのは一枚のスカーフ。
それをセフィリアの頭に巻き、特徴的な赤髪を隠した。
尚も不安そうなレイチェルを残し、アメリア達は二人連れ立って街へと向かっていくのであった。
「レミントン会長へ至急取り次いでくださらないかしら?」
偽造身分証により街へ問題なく入った二人の姿は、街の中でも一際大きな建物の中にあった。
建物内には物が沢山あるがきちんと整頓されており、雑多に感じることはなかった。
「会長ですか。失礼ですが、お約束の方は?」
二人に対応しているのはここの従業員なのだろう。
若い二人を見て怪訝そうな顔こそしないものの、明らかに何かを疑ってはいるようだ。
「これを」
アメリアが取り出したのは一枚の紙。
それを手にした従業員の男は態度を改める。
「失礼を。どうぞ、奥に部屋をご用意します」
「ええ」
渡したのは紙切れ一枚。
そこに何が書いてあったのかはわからないが、恐らく紹介状のようなものなのだろう。
アメリアとセフィリアは従業員の後を追い、建物の奥へと向かうのであった。
コンコンッ
二人が通されたのは応接室。
そこで出されたお茶を飲んでいると、お茶が冷める前に待ち人が訪ねてきた。
「君は下がっていなさい。ここへは誰も近づけないように」
「はい。会長」
中に入って来たのは、皇帝と同じ年頃に見える中年の男性。
髪は燻んだ金色をしており、太ってはいないが痩せている風でもない特徴のない人だ。
「久しぶりね」
アメリアはそう告げながら髪を解きメガネを外した。
その姿を確認することもなく、会長と呼ばれた男は跪いている。
「アメリア皇女殿下、ご健勝のようで何よりにございます」
「ごめんなさい。雑談に興じていられる程、時間に余裕がないのよ」
「心得てございます」
皇女が何の先触れもなくお忍びで姿を見せたのだ。
余裕がないことは話を聞くまでもなかった。
「ガーベラのことはシュナウザーに任せたわ。これからは貴方も弟を頼るように」
「ははっ!」
会長は下げていた頭を更に下げて応える。
「それと、最後の頼みは」
「ガーベラから聞いております」
「話が早くて助かるわ。流石、帝国にレミントン商会ありと言われるだけのことはあるわね」
レミントン商会はガーベラの実家。
つまり、会長であるこの男性はガーベラの父にあたる。
ガーベラはこの逃亡劇を支える一人。
その役目は物資の提供。
そしてその采配は父である商会長へ既に頼んでいたのだ。
その後会長は慌ただしく準備を進め、アメリアとセフィリアは応接室に用意されていたティーセットを使い、束の間の貴族の時間を楽しむのだった。
「さ。スザク。これに乗りなさい」
物資の提供を受けたアメリア達はレイチェルの元へ戻っていた。
商会から貰ったものは物資だけではない。
移動手段である馬車もその一つ。
今は大型の馬車へスザクを乗せているところである。
「おお…良かった。乗れた」
スザクは馬鹿でかい。体高は1.5mを超え、尻尾を省いた全長は三メートルもある。
そのスザクが馬車に乗れたことを安堵するレイチェル。
「あら?スザクと仲良くなったのね?」
「うん。この子モフモフで気持ち良い」
「そもそも、レイチェルはビビり過ぎなのよ。この子に私たちを食べる気があったのなら、とっくに食べられているわよ」
長い時を生きているのだ。狼に食べられそうになったことが一度や二度はあったのかもしれない。
「これで私達は旅人よ」
「でも、騎士達から積荷の確認をされたらどう言い訳するのよ?」
王国では巡回の兵士が荷を検める場合があった。
その知識が帝国でも通じるかは謎だが、似たような状況は往往にしてあり得るだろうとセフィリアは問う。
「それなのよね。初めは染料でスザクの毛を染めて、私がテイマーのフリをしようと考えていたのよ。
でも、それは出来なかったの。
スザクの白毛は何を使っても染まらなかったのだから」
「白が染められないって、珍しいわね」
じゃあ仕方ないか、とセフィリアは思うが、やはりいつかは見つかってしまうと考える。
「レイチェル。何かそれ系のオーラツールはないかしら?商会長に聞いても、そんなものはないと言われたの」
帝国で三指に入る大店。
その店でも用意できないどころか、存在すら知らないと言われた。
一見お手上げのように思えるものの、アメリアは一縷の望みを託してレイチェルへと尋ねた。
「ある。でも、何故私に?」
レイチェルは確かにオーラツールを使っていた。
だが、それは才能という名の適性があれば誰にでも出来ることだ。
「貴女、異常なのよ」
「…どういう意味?」
レイチェルは少し違和感を覚える。
これは探りなのか?と。
「出会ってから今まで、一度もオーラが揺らいでいない。それって、私からすれば異常も異常。
人にそんなことが可能なのか?って、考えていたわ。
現に目の前にいてもね」
「そう」
オーラとはそれ程不安定なもの。
オーラを使えない者であれば、それは凝り固まり動かなくてもなんら不思議はないが、使える者であれば話は違う。
例えれば、水筒の中の水を揺らさないこと。
オーラを使用することはその水筒から水を出すこと。
オーラの習得とは、その水筒の中の氷を解かすことに似ている。
使えば、必ず揺れる。
アメリアがそう認識しても何ら不思議ではないのだ。
「別に貴女が何者なのかについては興味ないの。ただ、一つ。
そこまでの境地に至っている者であれば、常人が知り得ないことを知っていてもおかしくはない。
だから聞いたのよ」
それがアメリアが異常だと捉えた全て。
「出来るのね?」
「うん」
スザクの姿を誤魔化せられるとレイチェルは頷いた。
「テリトリーを使われたらバレる。でも、荷検めくらいでテリトリーを使うとは考えづらい」
「私も同じ見解よ。それに近衛騎士クラスじゃないとテリトリーは使えないわ」
皆が当たり前のように使っていたから麻痺しているが、領域展開はオーラの高等技術であり、その習得には通常五年の月日を要する。
レイチェルにはその時間があり、セフィリアは目標の為に人の何倍も集中して習得した。
アメリアには転生者というアドバンテージがあった。
故に、希少なテリトリー使いがここに三人揃っているのだ。
「騎士であれば部隊長クラスから使えるらしいわ。そんな人が巡回なんてするかしら?」
「しないわね。巡回は仕事の一つだけど、新米騎士達の乗馬の訓練でもあるわ」
「そういうこと」
王女あるある…ではなく、その手の知識に二人が強いだけ。
これを知っている王女は少ないだろう。
「馭者は交代でしましょう。一人が休み、一人が馭者をして、もう一人が警戒と魔獣や害獣が出た時に対処する。
いいわね?」
「いいわ」
「うん」
こうして、三人と一匹の旅は続いていく。




