濃縮液と漂流の果てに
「しゅ、しゅごい…」
ラヴの…というより、僕の秘密を教え、それをレイチェルにも与えたところ、またも語彙力を喪失してしまった。
「僕に血は通っていない。だからいくら美味しそうでも僕からは吸血出来ない。
それはそう。吸う血がないのだから」
でも、根本的な問題はそこじゃない。
「吸血種が血を吸うのは、オーラを摂取する為。だったら代わりのものでも問題ないはずだよね」
「しょれが…しょの…しじゅく…」
あまりにもおいしかったんだね。わかるよ。ラヴもいつも他人には見せられない顔をしていたから。
「そ。ラヴを吸血種に変えることが決まった時にヒューリーから教わったオーラを雫に変える技法。これがあれば、レイチェルのオーラ切れは起こらない。
合っているかな?」
「合ってる。これを動かす程度のオーラなら、半日は自前のオーラ量で足りる。
後はジンから貰えば丸一日使いっぱなしでも問題ない」
計算が合っていて良かった。レイチェルやジークリンドがオーラツールを使う時のオーラの流れをテリトリーで見てきた甲斐があったよ。
「じゃあ、出航だね」
「…いくか」
「…私、泳げないかも…」
ジークリンドとセフィリアが覚悟を決める。
ラヴは前世で泳ぎが得意だったからか割と平気そう。
レイチェルはいざとなればどうにかしそうだし。
「筏に何かあれば、スザクに掴まるか、丸太にしがみつけば溺れることはないよ」
どちらとも浮くからね。人も浮くけど、筏が壊れる程の荒波だと沈んじゃうからね。
因みに馬車は運べないから壊して筏の材料に変わっている。
筏の進行方向を制御するラダーや、オールなんかがそれだね。
馬は村へ寄付した。大変喜ばれたのは言うまでもないよね。
「さあ、出航しようか」
使った丸太は同じ長さに切り揃えた35本。
縦に15本並べて、その上に20本横並びに配置してある。
つまり左右に、水面から浮いた位置で丸太が飛び出している形だね。
横波にはその飛び出した部分の浮力で耐えてもらう。
かなり大きな丸太が採れたから、それだけで十分な広さを確保できた。
その大半がスザクで埋まっているけれども。
それが筏の全て。
後はどれだけの剛性を獲得出来たか。
恐る恐る、筏は動き始めた。
「案外、なんとかなるもんだな」
夕陽が沈む頃、僕達は無事海の上にいた。
これには僕も多少なりとも驚いている。
みんなもっとトラブルがあると思っていたけど、予想外に何もなかったのだ。
「下の丸太と上の丸太を緩めに縛っておいたのが良かったのかもね」
海に浮いている丸太と、その上に設置してある丸太。そこの連結はゆとりを持って縛っていた。
つまり、下部分が海面の上下により一瞬変形しても、その力をゆとりを持ったロープが流してくれているのだろう。
上部分と下部分の横並びの丸太自体は雁字搦めにしてあるから簡単にはバラバラにならないし。
釘なんかで固定するよりもロープの方が波の力を逃がせて良かったのかもね。
全部を固定できる程の量の釘なんて、元から用意出来ないけど。
「どちらにしてもロープは何日ももたない。今夜は寝ずに頑張ろうね」
「今更引き返せねえしな」
船旅は順調。
レイチェルも何とか頑張ってくれている。
僕が船頭で、レイチェルが動力。
座礁の危険は海中海面にある岩などだけど、それはジークリンドとセフィリアが探す担当。
ラヴは海の魔獣が寄ってこないか、テリトリーを展開して探る役目だ。
夜は馬車内で使用していた灯りのオーラツールが頼りになる。その灯りで座礁の危険がある海面に突き出す岩をジークリンド達に見つけてもらうんだ。
…もう少し苦労するはずだったのだけれど、肩透かしだったね。
本当は難破して、砂嵐吹き荒れる砂漠をみんなで走破したかったなんて……
「言えないよね」
僕に呼吸器官はない。
けれど発声器官はあるから、空気を吸わないと喋れなくなるだけ。
難破して実際にそうなった時、砂嵐が想定よりも酷ければ僕とスザクでみんなを連れて泳げばいいって考えていたのだけれどね。
その時はみんながしがみつく丸太を、僕がロープで引く格好かな?
それもまた旅の醍醐味として楽しめただろうけど……
他にも何もない砂漠地域ならではの方法で砂嵐の対抗策を試してみたかったけれど、どうもそれらは叶いそうにない。
みんなを無理矢理に納得させる言葉を適当に並べ、壊れるだろうと思っていた筏は壊れずじまい。
海での難破と砂嵐に対しての対応策を数十個も考えていたのに、それらを披露することもなさそうだ。
その考えは正しく、幸運にも夜が明ける前に砂漠を抜けたのであった。
「大きな港があるね」
砂漠地帯の端っこにある砂浜へ筏を着け、僕達は無事に上陸を果たしていた。
砂嵐への対応策は、また次の機会にでもラヴにお披露目しよう。僕達の未来は長いのだから、きっとその機会も訪れるよね。僕が忘れていなければ……
そんな僕達一行は海岸線をひたすら徒歩で北上して、大きな港町が見える辺りまでやって来ていた。
「エーレ港行きの客船があれば話が早いけど、どうかしらね?」
「エーレ港?それは帝国の港かい?」
「ええ。私達が帝国を脱出した時に使った港町よ。もしくは、その港から脱出した時に訪れたハーバーレート港でもいいわね」
ラヴ達が辿った道則。それを逆行すれば帝国内へ入ることが出来る。
「まあ、ルートは一つじゃないんだ。着いてから考えようか」
「ええ。とりあえず、聞き込みね」
腐るほどはないけれど、路銀には余裕がある。
それもこれもセフィリアとジークリンドが仲睦まじく稼いでくれていたお陰だ。
ラヴが帝国から持ち出したお金はとっくになくなっているらしい。
それ以外は訪れた街で稼いでいたとか。
いいね。冒険だね。
「よし。偶にはみんなで一緒に聞き込みに励もうか」
「そうだな。あの港町にはリア達も寄ってないみたいだからな」
これまでの街ではどこでも大騒ぎ。
原因は言わずもがな。
この港町では初めてみんなで散策出来そうだ。
各々が期待を胸に、着実に足を運び続けた。
「リアは宿にいろよ」
ジークリンドを宿の廊下で待っている。
こっちも一人だけど、向こうも出てくるのは一人だ。
「説得できたかい?」
「なんとかな…」
三人の噂は、この街にも既に広まっていた。
一人一人なら街中でもバレずに過ごせそうだけれど、街に入る時にすでにバレているから、この旅では難しいだろう。
そんな僕らを温かく迎え入れてくれたこの宿の人には感謝だね。
僕なら厄介ごとは御免したいからね。
そんな三人は一体、何をしてきたのやら……
聞く気もないけれど、勧善懲悪とかの類なのだろう。
セフィリアは根っからの為政者。学は足りなくとも、気持ちはいつも王族。
民は守るものだから、仕方ないね。
問題はラヴだ。
セフィリアよりも為政者に近い生まれだけれども、それとは関係なくヒエラルキーを厳守しつつ、甘えん坊で遊びたがりのはず。
つまり、遊んでいるのだ。
弱者を虐げる悪であれば、法の範囲内で弄ぶことが出来る。
そんな感じなのだろうか。困った子だね。
「セフィリアは君と色んな場所でデートしたいんだよ。あまり気負わないようにね」
「わかってるけどよ…ずっと一緒にいるのに何が不満なんだ?」
それをわかっていないと言うのだよ。
「全てとは言わないけど。女性の大半が友達や家族よりも好きな相手を優先するんだ。
逆に言えば、それを君もしないと相手は不満に思う。
女性とは、共感して欲しい生き物と言えるね」
男性はどうだろうか?
いつまでも子供なのかな?僕もそうだしね。
「そんなもんか?リアは他とは違うと思うんだけどなぁ」
「セフィリアが他と違うのは、他人に対してだよ。君にだけは普通の女の子なのさ。
想像と違ったかもしれないけど、君のお姫様を守れるのは君だけなんだ。
我慢もその内の一つだよ。頑張ってね」
僕が前世で出来なかったこと。
それはお付き合いしてきた女性達の要望に応えられなかったこと。
その要望と今回セフィリアが望んでいるモノは違うけれど、ジークリンドには是非応えてもらいたいものだ。
僕とは違う人生を、同じスタートで歩んでくれるかな?
きっとジークリンドなら出来る。
だって僕はこれまでこの二人を一番近くで見てきたのだから、そう断言しないとね。
砂嵐と海での難破に対して、ジンの中に対応策は数多くあります。
ですので、筏はどうでもよかったのです。むしろ壊れてくれた方が面白いと思っていたくらいです。
ただ、その対応策が多いことを描写したかっただけなのに…上手くいかなかった……




