砂を渡るか、海を渡るか
「自然って、壮大だね」
どこまでも続く茶色一色の景色を眺め、僕はポツリと漏らした。
「そんなことよりも、どうするんだよ?」
「それを考えたくないから、こうやって現実逃避しているのさ」
砂漠前の最後の街へ辿り着いた僕達を待っていたのは、止みそうもない砂嵐だった。
街を囲うのはバカ高い防砂壁。
そのお陰で街中は無事だったけど、一歩外に出た途端呼吸困難に陥るだろうことは一目瞭然。
「君達はこの砂漠を越えてきたんだよね?」
「ええ。この先にある街で馬車を売り、スザクに乗って越えてきたわ」
待っていればいつかは止むのだろう。
だけどそれがいつになるのか。
街の誰に聞いても、それが明日か来月か半年後かわからないと言われる始末。
近年の最長で四ヶ月ほど砂嵐が止まなかったことがあるそうだから、今回がそうじゃないとも言い切れない。
「目的地はあるけれど、ルートが決められたわけじゃない。迂回しよう」
「構わないわ。どう迂回するの?」
この砂漠は縦横に長く、端は海まで繋がっているらしい。
「海を渡る。それが無難だろうね」
「私達が乗れる船があれば良いけど…」
ラヴの心配もわかる。
あるかわからない船旅を目指すくらいなら、いっそ待った方が確実性は高い。
「一度砂嵐が起きると、砂漠のあちこちで砂嵐が起きるのだったね?」
「ええ。だから、移動しても砂漠を通るなら条件は一緒よ」
迂回するなら砂漠から完全に離れないとならない。
やはり海だろう。
大陸中央を目指す手もあるけれど、帝国は東海岸に位置しており、その迂回は遠回りが過ぎるからね。
「大型船があれば、馬車も乗せられるかもしれないし、行ってみよう」
「了解だ」
ジークリンドの応えに皆が頷いたことでチームの方針が決まった。
「なかった時はどうするんだ?」
決まったけど、その不安はごもっとも。
「その時はその時だね。でも大丈夫だと僕は考えているよ」
「なんだよその自信…何か知ってるのか?」
いいや?アルバート王国からこれだけ離れた場所の現状を僕が知らないことは、君が一番知っているだろう?
「何も知らないよ。ただ、東海岸を一度見ておきたくてね」
長い人生だけど、その景色は今しか見られない。
今人が住んでいても二百年後は誰も住んでいないかもしれないし、逆もまたあるだろう。
「手段を選ばなければ意外と方法はあるものなんだ。その時は泥舟で海を渡ろうじゃないか」
「泥舟は遠慮する」
レイチェルが異を唱えてきた。
僕らは同じ長命種仲間じゃないか。刺激が欲しいだろう?
「船がなければレイチェルにも手伝ってもらうことになるから、その時はよろしくね」
「…嫌な予感」
それでもレイチェルは断れないさ。
だって僕にはオヤツがあるのだから。
「海だ」
馭者席に座るジークリンドから声が漏れる。
もう少し感動して欲しいものだけれど、この旅で海は何度も見ているから無理か。
あれから四日。
僕達は遂に海へ出た。
馬車旅ということもあり、整地された道を通ってきたから必ず街か村があるはずなのだが、どうだろう?
「村が見えたぜ。降りる準備をしてくれ」
村か。
街なら大型船や客船もあっただろうけど、村だと難しいかもしれない。
降りる用意を整えると、馬車は次第に速度を落としていった。
「ついたぞ」
レイチェルとスザクを残し、他四人で馬車を降りた。
「小さな漁港ね」
「桟橋のサイズからも、大型船はなさそうだね」
残念。有れば簡単な話だったのに。
「他の街に大型船がないか聞いてみる?」
「そうだね。それはセフィリアとジークに任せても良いかな?」
近くにあればいいけど。
あまりに遠ければそもそも向かう気になれないし、砂漠を越えた先にある他国へ向かう船も少ないだろうね。
「構わねえよ。数も少ないしな」
「お願いするよ。僕は別案の為に探し物をしてくるね」
ジークリンドが嫌そうな視線をぶつけ、セフィリアと去っていった。
「何を探すの?」
「大量の木だね」
ここは海沿い。
そして砂漠も近いことから、目立つ大きな森がこの辺りにはなかった。
それでも砂漠化していない程度には木々が生息している。
僕はラヴと共に、少し駆け足で辺りの散策に出掛けた。
「やっぱりないってよ」
聞き込み班からの報告は予想通りだった。
予想は裏切るものなのだけどね。今回ばかりは裏切ってくれなかったか。
「じゃあ、別の案で行こう」
僕がそう告げると、レイチェルとジークリンドがこっちを嫌そうに見つめ、そしてジークリンドが口を開いた。
「それって。俺らで船を造るってことだよな?」
「大正解」
流石にバレていたか。
いや、隠す気もなかったのだけどね。
言えば士気が下がるから言わなかっただけで。
「造れるのか?川じゃないんだぜ?」
「造れるさ。動力はあるんだし、何の問題もない」
船の動力は三つ。
一つは海流。これに関してはこの世界での知識がないから当てにはできない。
二つ目は風。これも同じ理由で難しいと思う。
最後が本命のオーラツール。
ジークリンドが水を使えるし、レイチェルは全て使える。
使えるものは全部使わないとね。
「いや…本体だよ。聞いているのは」
「それも問題ないさ。浮力は木材を使えば得られる。腐敗は乾燥…焦がせば短期間なら問題ない」
材料の目処はついている。
問題は建造。
でも、そこは気にしていない。
「時間をかける気が元々ないからね。それならあの街で砂嵐が収まるのを待っていたさ」
そう。時間を無駄にはしない。というか、船の建造の知識なんて元々ないし。
「船がなんであの形なのか知っているかい?」
「知らねえよ。そもそも乗ったこともない」
だよね。
「縦長なのは、水の抵抗を減らす為。海中深くに船底があるのは、バラス……船を安定させる為。
でも、僕らにはそれが必要ない」
僕らは僕らだけを運べたらそれで良い。
一番重いのはスザクで、他全てを合わせてもスザク二匹にも満たない重さだ。
そして動力は無限に近い。
「レイチェル。君が頼りの航海になる。任せたよ」
「やっぱり…オヤツ…帝国に着いたら、お腹いっぱい作って」
レイチェルのオーラ量は現在の僕と同等。
聞いていた話と全てを合わせると、船の動力程度であれば無限と考えられる。
「さ。時間が勿体無い。先ずは材料を集めようか」
パンパンと手を叩き、僕達の船づくりが幕を開けた。
「出来た……のか?」
不安そうなジークリンドは放っておくとして、荷物を乗せていこう。
「問題ないよ。ほら。スザクが乗ってもちゃんと浮いているじゃないか」
「ここで沈みそうなら乗船拒否出来たのによぉ…」
残念だったね?
でも安心して。きっと大丈夫だから。
この二日でしたこと。
先ずは木材集め。
ラヴとジークリンドが枝を落として斬った木を僕とスザクが運び、集めた丸太の皮をセフィリアが剥いだ。
そしてそれをジークリンドとレイチェルが火のオーラツールで炙り、これだけで材料は完成。
後はそれを僕が覚えている単純な木組み工法により連結させ、それが波で外れないようにしっかりと結えた。
これを可能にしたのは、僕の身体能力とスパスパ何でも斬れる刀のお陰。
そう。全部ヒューリーのお陰だね。
魔法がなくても魔法のようなことは出来るんだ。
見た目は完全に大きな筏だけれども……
いいんだ。これで十分なのだから。
「本当にこれで行くの?」
珍しくセフィリアまでビビっている。
「ジン…私は貴方を信じているわ」
ラヴは僕を信じても筏は信じてなさそうだね。
「耐久テストは?」
凄い。ここに来てレイチェルが一番まともなことを言っているね。
「無しだよ。無理な耐久テストをして壊れても時間の無駄だからね」
「安全にはかえられない」
わかっていないね?
「レイチェル。これは冒険なんだ。挑戦なくして冒険とはいわないよ?」
「…ジンがおかしくなってる…いや、元からだった」
僕とスザク以外はみんな乗り気じゃないみたいだね。
けど安心して。
「大型船のイメージがあるんだよね?これは違うから安心して」
「どういうこと?」
一番ビビっていたセフィリアが聞いてきた。
早く安心したいんだね。
「海岸線を進むからだよ。大型船は難破や座礁の危険性から、陸地から遠いところを進むんだ。
でもこの船は筏。
船底は目に見えているし、僕らの目はすこぶるいい。
つまり、座礁の心配がないから、陸地が見える距離で航海することが出来るんだ。
だから、たとえ壊れても陸地はすぐそこ。それも砂漠地域を越えるわけだから崖もなく、すぐに上陸できる。
溺れ死ぬことよりも、その時陸地に砂嵐が来ていないことを願わないとね」
大型船で航海しても、沖合で嵐に巻き込まれる危険は常に付き纏ってくる。
この筏はそれよりも安全だと保証しよう。
「何よりも、僕達にはオーラマスターがいるだろう?
船の速度は大型船の数倍。筏が保てば十倍くらいの速度が出せる。
早く着く分、危険も少ないでしょ?」
しかも二十四時間フルスピードで進むんだ。
一日も走れば、砂漠地帯は越えられる。
たった一日もてばいい。
だから筏で十分だったんだ。
問題はその速度と波に耐えられるかだけど、陸地に近い分波は穏やかなはずだし、速度は調整出来るからね。
「私のオーラが尽きたら?」
「レイチェル程じゃないけど、ジークも水のオーラツールを使える。
それに、その心配は無用だよ」
「どういう意味?」
レイチェルが頭にハテナを浮かべる。
「何故、ラヴが一度も吸血していないでいられると思う?」
上台地を出てから…というよりも、吸血種に変異してから今まで、ただの一度も血を摂取していない。
「あり得ない。ラヴのオーラ量は私より少なく、自然回復してるとしても、何回かは吸っているはず」
そういうレイチェルはこの旅の間、セフィリアとジークリンドの血を吸っていた。
彼らの血を吸っても、もう吸血種にはならないとヒューリーから聞かされていたから。
「それはね」
ラヴは黙っていてと言っていたけど、レイチェルに隠したままにするのはフェアじゃないからね。




