人助けも程々に
「おっ。着いたみたいだね」
次の街までの鬼ごっこを終え、僕達は馬車よりも先に街へと辿り着いていた。
正確には、街の外だけどね。
「うぅ…おやつ…ジンの手作りオヤツ……」
『クゥゥン…』
しまったな……こんなあからさまに落ち込ませるくらいなら、手心を加えるべきだったな。いや、ダメだ。群れのボスとして負けることは許されない。
暫し考えた後、落ち込む二人の頭を撫でながら口を開く。
「勝負は僕の勝ちだったけど、二人とも頑張ったから、賞品をあげるよ」
「ホントっ!?」
『ガウガウッ!?』
スザク…君、言葉分かりすぎじゃないかな?本当に狼なの?実は変化のオーラで人が化けているんじゃない?
「本当だよ。ただ思っていたよりもこの街は小さいからね。目当てのものがなければ、賞品は帝国に入ってからになるかも。
まあ気長に待っていてね」
前回の街は大きかった。今回はその街の半分に満たない大きさだと思う。
それでも一万人以上が住んでいるだろうけどね。
男爵領とは比べるまでもなく都会だ。
「それにしても…ジンは速すぎよ。あっという間に捕まったのだもの」
「ラヴも人の枠内ではかなり速い方だよ?僕はもう人の枠じゃないからね。それは仕方ないよ」
ラヴを捕まえた時は身体強化すら使っていない。
素の身体能力で、身体強化全開のラヴよりも速いということだね。
そんな僕でもスザクには敵わない。
だから身体強化を使わせてもらった。
「吸血種じゃなくて、私もジンと一緒が良かったわ…」
「こらこら…そうなったら、ラヴが二人に増えてしまうじゃないか」
僕にはそれをするだけの理由があった。
ラヴには別の理由があった。
ただそれだけだよ。お互いに不死を望んではいなかったのにね。
「良いのかい?僕を取り合うライバルが増えるかもしれないのに」
それはなさそうだけどね。
ラヴが別の入れ物に入ったとして、残された身体には今世の記憶しかない。
つまり、僕とは縁もゆかりもないんだ。
僕に固執する理由はなく、逆に帝国に残した家族への想いは強いかもしれない。
僕への想いを失くした隙間に、今世の記憶から家族への想いが募りそれを埋める…ありそうだね。
「ダメ。同率の立場にライバルがいるのはダメ。ジンが誰かと結婚しても、それは私よりも下よ」
「はは…結婚は出来そうにないかな……」
僕はずっとこのまま。
夫だけ若いままで自分だけが老けるなんて、それ何て拷問?
それに、コブ付きだしね。
永遠の若さを保つ見目麗しいラヴと勝手に比べて傷付くだけだろうし……
やはり、あり得ないだろう。
ラヴからセフィリアと結婚させる気だったと聞かされた時は、少しだけ驚いたりもしたね。
結局僕にその気はなく、ジークリンドも誕生したことでその話はなくなったけれど。
やはり、ラヴは根っからの犬なんだ。
価値観は多少変われど、根本は全く揺らいでいないね。
「ジーク達が着くまでまだまだ時間はあるけど、どうする?」
「街に入っても騒がしいだけだわ。それまでお散歩でもどうかしら?」
ラヴからはゆっくりしようと言われ、ジーク達には悪いけど、宿も取らずに散歩をすることに決めた。
「じゃあ、馬車をよろしくね」
セフィリアは既にデート気分なのだろう。
いつもの強い口調ではなく、心ここに在らずといった感じだね。
「ジーク。トラブルがあったら…」
「心配しすぎだぜ?いつものように上手くやるさ」
それフラグ……
まあ、大丈夫だよね?
この二人が揃っていて遅れを取るようなトラブルなんて想像出来ないし。
「じゃあ、行こうか」
「ええ。楽しみね」
和かに言葉を交わし、仲良く手を繋いで走り出した二人を見送る。
「よし。僕らは僕らで、ゆっくり行こうね」
「ええ。二人きりの馬車旅は初めてね」
馬車の馭者席に腰を落ち着かせ、手綱を緩める。
カッポカッポと、リズム良く心地良い音が聞こえ始めた。
「私もいる」
『ガウ…』
ラヴの二人を無視した言葉に憤慨する二人。
分かってはいたけれど、静かな旅にはなりそうにないね。
「五時間くらいかな?持った方だよね?」
海岸線を離れると森が現れ、その後には荒野が待っていた。
そこで目にした光景は、五十人規模の死体の山。
ううん。正確には誰一人死んでいない。
「そうね。流石トラブルメーカーのセフィリアよ」
「待ちなさい。アンタにだけは言われたくないんだけど?」
まあまあ……
ここはお互い様ということで。ね?
倒れているのは粗末な服に手入れされていない武器を持つ、野盗と思わしき人達。
「本当にありがとうございました…まさか噂の紅のヴァルキリア様にお助けいただけるなんて……この御恩は末代まで語り継がせます」
「い、いいわよ…当たり前のことをしたまでよ。このことはさっさと忘れなさい」
セフィリア達が助けたのは、ここからずっと先にある国の王子と結婚する予定のお姫様御一行。
婚姻の為の旅の途中でこの不届者達に襲われてしまい、セフィリア達によって助けられた、と。
「どこかで聞いたことがあるような話だね」
「奇遇だな。俺もだ」
僕の言葉に答えたのはジークリンド。
だって、お伽話そのままなんだもの。
どこでも聞ける話だね。創作なら……
「あの…不躾なお願いなのですが……」
「次の街までよ。みんな良い?」
手慣れている…これは何度も似たような経験をしてきた猛者だけが知っている流れなのだろう……
「セフィリアだけじゃない。ラヴもよくこれをしてた」
「これって……うん、まあわかるよ。なんとなくね」
全く動じないレイチェルは、呆れを通り越して達観の境地に辿り着いていそうだね。
人助けは良いけど、二人とも背負い過ぎに思うよ。
レイチェルはその点をよく分かっているのだろう。
流石二百年以上生きてきただけはあるね。
「二人とも、これからは勝手な行動を取らないようにね?」
ボロボロの騎士団に囲まれている馬車の中、正座の形で座っている二人を前にして、僕は偉そうな態度で言葉を伝える。
「特にセフィリア。君達の時間は有限なんだ。目の前の命を助けるのはいい。それが君達の手に負えるならね。
でも、その後まで背負うことはないんだよ。
助けたなら最後まで面倒みろなんて言うけれど、それは人々の押し付けでしかない。
君達はこれから背負うのだろう?もっと大きなものを。
その時にそれが重荷にならないように、ね」
僕達は強い。
それこそ、誰の助けなくこの大陸で生きていける程度には。
でも、それは合っているようで間違った思い上がりだ。
これまでの人生で誰の手も借りていない人なんて、この世にはいない。
ヒューリーですらそうなのだ。
人助けはすればいい。
でも、その前に。
「だから人助けは、自分たちのことが出来てからだね」
まずは自分達が幸せになること。目標又は目的を達成していること。
そのお裾分けはそれからでも遅くはない。
今回の様に生き死にが掛かっていれば別だけどね。
死ねばそこで終わりだから。
でも、その後が拙い。まだ目標に辿り着いていないのに、他人事に時間を使ってしまっている。
そのことに気付いて尚、助けるのであれば何も言うまい。でも、二人はまだ気付いていない。自分達の寿命の短さに。
「さ。説教は終わりにしよう。3時のオヤツだよ」
今が3時なのかはわからない。何せ誰も時計を持っていないのだから。
だから体感。
「私はアメ三つを所望する」
この手の話で最初に声を出すのはいつもレイチェル。
今日もそれは変わらないけれど……
「今日は別のオヤツを作ったのだけど、レイチェルは飴でいいんだね?」
「前言を撤回する」
「そ、そう」
手のひら返しどころではない。欲望に忠実すぎるよ……長く生き過ぎて他に刺激がなくなったのかな?
「今回作ったのは、ホットケーキだよ」
「ほっとけ?」
うん。ジークリンド、聞かなかったことにしてあげるよ。
馬車の操縦に集中してね?
「じゃじゃーん」
見せたのは普通のホットケーキ。
何とか形に出来たよ。
「先ずはラヴから。切り分けるから、お皿を持っておいで」
ズルいとレイチェルから声が上がるけど、これはラヴと約束したものだから仕方ないのだ。
今回作ったのはホットケーキ。
本当は作りたてを渡したかったけど、大所帯になっちゃったからそれが難しくなってね。
材料は地球とほとんど変わらない。
牛乳に卵に小麦粉。それを混ぜて焼いただけのものだ。
シロップは蜜。
蜂蜜かどうかは不明だけど、味は蜂蜜と変わらないから問題ないだろう。
「さ。お食べ」
僕とジークリンドの分はない。
何せこのホットケーキはお試しで作って処分をどうしようか悩んでいたものだからだ。
「美味しい…」
「優しい味ね。私、これ好きだわ」
「もう一枚、所望する」
ラヴ、セフィリア、レイチェルから感想を頂いた。
「出来立てはもっと美味しいから、また今度作るね」
「今」
「無理だって…」
レイチェルから羨望の眼差しで素直な欲望を伝えられたけど、無理なものは無理。
「彼等の分がないからね。大群の足を止めさせるのも難しいし」
「…やっぱりセフィリアのせい。ジン。もっと説教が必要」
「十分伝えたよ。後はセフィリアとラヴがどう考えるか。その答えに口を出す気はないからね」
先程のは説教というより、前世でたくさん後悔した身として、セフィリア達が少しでも後悔のない人生を歩めるようにと、老婆心で伝えた言葉だ。
これで変わらないならそれはそれで後悔しないのだろう。
人の為に生きる、そういう人生もあるから。
ただ仲間としては、他の知らない誰かよりも幸せでいて欲しいと願うばかりだけど。
無理強いはしない。
百人いれば百の人生があって然るべきだし、他人に迷惑を掛けるわけでもないからね。
ジークリンドは大変だろうけど。
それは家族だから仕方ない。君が選んだお嫁さんなのだからね。
美味しそうに小さなホットケーキをちまちま食べる三人を眺めながら、僕達は砂漠前の最後の街へと辿り着いた。




