食べさせられなかったもの
「今日の分」
買い出しが終わった流れで街を発ってから二日目の午前中。
馬を休ませる為の休憩中に、レイチェルが詰め寄ってきた。
「オヤツはお昼ご飯を食べてからだよ」
「前借りを所望する」
昭和のサラリーマンかな?
「ダメ。そう言って、お昼過ぎのおやつも強請るんだろう?ダメだよ」
「むぅ…」
昨日女性陣へ渡したおやつは昨日の分だけ。
毎日のおやつタイムを設けるってことで話は纏まったはずなのだけど……
頬を膨らませて圧をかけてくるレイチェルを宥め、本日最初の休憩が終わった。
「何をしているんだ?」
昼食後。僕はジークリンドを連れて女性陣から離れ、作業に没頭している。
「これかい?これはオヤツ作りだね」
「そうなのか。ジンは何でも出来るんだな」
といっても、年齢が一桁の子供が作るような簡単なもの。
「これを熱して煮立たせて欲しい。でも焦がさないようにね」
「ん?焦げる?これはただの水じゃ?」
「違うよ。だから焦げるんだ。ゆっくりでいいからね」
焦って焦がすと材料が無駄になってしまう。焦げるととても苦くなってしまうから、殆ど捨てることになるんだ。
「それは?」
「これは果汁を抽出して、それをさらに濃縮しているんだよ」
これは食材の買い出しで手に入れていたフルーツ。
柑橘系や葡萄系統の果物達だ。
「お。そろそろいいんじゃないか?」
そう告げるジークリンドは、火のオーラツールを上手に使えていた。
火力調整は難しいってレイチェルも言っていたくらいだからね。
「そうだね。その鍋をもらおうか」
「おう」
片手鍋には気泡が目立つ透明な液体が入っている。
それを木で作った小さなカップに注いでいく。
カップの数は20個。
昨日の移動中、馬車内で内職に励んだ成果だ。
「柑橘と葡萄を五個ずつ作って、後はそのままにしようかな」
小学生の時の、家庭科の授業を思い出す。
あの時はシンプルにこのままだったけど、風味を付けても悪くはないよね。
「うん。これで良し」
「もう、出来たのか?」
作ったのはべっこう飴。
砂糖を水に溶かし、それを火にかけて水分を少し飛ばせば後は冷ますだけ。
前世では冷蔵庫で冷やしていたけど、それはここにはないから自然冷却といこう。
「冷えたら完成だから、まだもう少しかかるね」
「そうか。簡単なんだな。お菓子作りって」
焦がさなければ、ね。
君がいて助かったよ。
「ジークも記憶にあるはずだよ。焼き菓子を作ったことがあるからね」
「…確かに覚えているけどよ。作り方は忘れてるぜ」
うん。興味がなければ覚えれないよね。
僕も三十までは料理すらしたことがなかった。
これは覚えるまでもないから作れたけど。
「片付けて戻ろうか」
「そうだな。男二人ですることでもないしな」
一般男性は別だけど、貴族男性は確かに料理をしない。
する文化がないのだ。
ジークリンドは生粋の貴族。
僕は前世の記憶を持つなんちゃって貴族だった。
だからそこに忌避感がなかった。
お菓子作りをした記憶があることからも、ジークリンドにも忌避感はないと思うけど、カッコ悪いくらいには思っているかもね。
年頃の男の子なんだから、それも致し方なし。
僕達は後片付けをして、女性陣にバレないように馬車の中に飴を隠した。
お披露目は3時のオヤツだからね。
前世でラヴには食べされられなかったけど、どんな反応をするのだろうか。
それも楽しみだね。
「アメ」
深夜の見張り番。
僕の番が終わったから次の見張り番であるレイチェルを起こすと、開口一番に飴を強請られてしまう。
「…二人だけの秘密だよ?」
「わかってる。バレたら私のアメが減るから」
別に君の飴ではない。みんなのだよ。
「はい。葡萄味」
渡したのは持ち手として木の棒が付いている飴。
「うん。これで二種類。明日はのーまるを所望する」
「はいはい。しっかり見張りをするんだよ?」
わかっているのかな、この幼女は……
口から木の棒を出し灰色のローブを羽織ると、レイチェルは外へ飛び出していった。
馬車では残された全員がスザクを枕に熟睡している。
僕に眠気はないけれど、寝た方がオーラの回復を促進するから皆に倣ってスザクを枕に寝転ぶ。
すると……
「レイチェルに甘いわよ?」
「びっくりしたぁ…起きてたんだね」
声のする方へ寝返りを打つと、そこにはこちらを見つめるラヴの姿があった。
「あまり甘やかさないで」
「なんだい?珍しいね」
ラヴが僕に意見した。
珍しいどころか、初めてなんじゃないかな?
「ジンには…立派な統率者でいて欲しいだけよ」
「僕はまだ何も言ってないよ?」
だけ。
それは含みがある言葉だね。
「おやすみ」
「明日は一杯甘やかすからね。おやすみ」
そういえば、前世と比べて全然構ってやれていなかったね。
構うとなると、必然的にスキンシップになってしまうから……見た目のこともあって避けていたんだよね。
でも、甘やかすことは出来る。
構うのは、ラヴが変化のオーラを身に付けてからだね。
そうしたら、一杯モフモフしてやろう。
ブラッシングもしてあげたいな。
あ、それは今でも出来るかも。
明日してみよう。
ああ…
眠くなってきた……
「抱っこ」
うん。甘やかすの方向性について、僕達の間で相違があるようだね。
翌朝、馬車の振動で目覚めると、僕の顔の前にラヴの顔があって驚いたよ。
「抱っこはちょっとね…」
「甘やかしてくれるって昨日言った」
レイチェルみたいな話し方になっているよ……
「そうだ。代わりに追いかけっこをしよう。いいだろう?」
「良いのっ!?するするっ!」
…早く変化のオーラを身に付けてね……
その姿でそれは違和感が凄いんだ……
前世と変わらず、こんなことで喜んでくれて嬉しいけれど。
「というわけで、僕とラヴは走るから馬車をよろしく頼むよ」
レイチェルに水を出してもらい顔を洗うと、着替えて準備は完了。
相変わらず馭者席で楽しそうに会話をしている二人の邪魔をさせてもらう。
「…どういうわけなんだ?まあ、良いけどよ」
「良いわね。私も行こうかしら?」
次の街には今日にでも辿り着けるらしい。
僕は行ったことがないけれど三人の女性は皆に経験があるのだから、そう言うのであれば事実なのだろう。
「ごめんね。今日はラヴと遊ぶ日なんだ。次の街を出発した時は馭者を代わるから、その時はジークとセフィリアの二人で走ってきたらいいよ」
「わかったわ。負けないわよ?」
僕への返事もそこそこにすぐにイチャつき始める二人。それを苦笑いでやり過ごし、僕とラヴは馬車から飛び降りる。
「さて。ただ普通に追いかけっこしても良いんだけど、どうしようか?」
「そうね……」
いつになく、真剣に悩んでいるね……
今の落ち着いた淑女然とした姿を見てしまうと、さっきまで『抱っこ』と駄々を捏ねていた人と同一人物だとは誰も思えないよ。
ここは森を切り拓いて造られた街道。
魔獣が出るエリアとは離れているから、騎士や兵士の見回りも少なく、また荒くれ者の代表格である冒険者もあまり通らない。つまり、僕達一般人が安心して通れる道なんだ。
『グルルルルッ』
「うわっ!何だ…スザクか。どうしたんだい?」
真っ直ぐ続く道を考え事をしながらボンヤリと眺めていると、巨大な影に包まれる。
そして上から落ちてきたのは、僕目掛けて飛び込んできたスザク。
体長5mはある大きな体を何とか受け止め、何故ここに来たのか問いかけてみた。
『グルルルルッ』
「僕も遊びたい、ですって」
通訳はラヴ。
流石元ワンちゃん。バイリンガルならぬバウリンガルだね。
「良いよ。三人で遊ぼう。ラヴもそれで良いね?」
「うぅ…良いわ。スザクは弟分だから特別よ?」
『アウッ』
群れのヒエラルキー。
スザクにとってラヴは初めから上位の存在。
そのラヴの主人である僕は、スザクにとって親も同然。なのかな?
まあ、スザクから見れば育ての親であるヒューリーと僕はほぼ同格なのだから、上であって然るべき…かもね。
「じゃあ、スザクから街まで逃げ切るっていうのはどうかな?追いかける鬼はスザクだけで、追われるのは僕とラヴ」
「良いわね。でも、それだとダメよ」
うん?何がダメだったのだろうか。
「ジンが遊んでくれるなら、ジンが鬼よ。私とスザクが街まで逃げるから、私たちを捕まえて」
「ああ…そういうことか」
僕に追いかけられたい。または追いかけたかったんだね。
「わかったよ。じゃあ僕から逃げ切れればラヴには新しいオヤツを作ってあげるね。
スザクにはカッコいいスカーフを買おう」
「俄然やる気が出たわ…スザク。逃げ切るわよ」
『ガウッ』
二人は本気らしい。
良いね。遊びこそ本気でやらなきゃ。
仕事は程々にね。
二人は走り出し、僕は10数えてから追いかけることに。
「さて。僕から逃げ切れるかな?」
不敵な笑みは誰もいないから出来たこと。
少し痛い大人が、子供たち相手に本気を出してみようか。




