君を忘れたりしないさ
「出来たのじゃ」
そう言われたのは、ヒューリーが作業小屋に入って暫く経った頃だった。
「じゃあ、行こうか」
次にすることはオーラの結晶化。
「みんなは好きにしてていいよ」
こういう時、待たされる方が辛いのはよく知っている。
「わかったわ」「頑張りなさい」「ふぁあ…」
レイチェル…眠いなら寝てていいよ。
こうして、僕は初めての結晶化に挑戦することに。
「何もしないのかい?」
そして驚きだ。
僕は何もしないらしい。
「そうじゃ。ジンはオーラが減ることに耐えれば良い。簡単じゃろ?」
「……枯渇すると、不安になるんだよね。心配だなぁ」
オーラを消失すると、途端に不安になる。
それは僕だけなのだろうか?未だにわからないまま。
「安心せい。儂がおる」
「心強いよ」
不安はあるけど、頼もしさも同等にあるんだ。
泣き言は言うまい。
「では、始めるぞ。集中するから、話しかけんでくれ」
その言葉に頷いて応える。
「っ!」
ヒューリーが左手で僕の腕を掴むと、そこからオーラが出て行ってしまう。
そのオーラの行方を追うと、ヒューリーの右手へと集まり始めた。
そして三十分ほど時間が経つと……
「あっ…ヤバい…」
枯渇する……
そう思ったのも束の間、僕は意識を失ってしまった。
「出来たのじゃ。これがジンのオーラの結晶じゃ」
差し出されたのは真っ黒な水晶。
みんな同じ色なのかな?魔獣のそれは色が色々あるけれど。
「結構大きいね。これを入れ物に入れるのかな?」
「そうじゃ。胸元に穴があろう。そこへ入れて塞げば完成じゃ」
作業台には僕が入る身体が安置されている。
注文通り髪は真っ黒で、体格も今と変わらない。
顔は目を瞑っていて正確なところはわからないけど、今の面影を若干残したイケメンフェイスだね。
歳の頃は二十歳くらいなのかな?
恐らく何処へ行っても大人として通用するように、ヒューリーが良かれと思ってしてくれたんだろう。
気の利くハイエルフだね。
これなら二十年くらい同じ場所に留まっても怪しまれづらいだろう。
「オーラ結晶は、お主の元のオーラの結晶より大きくしてある。大きく思うのはそのせいじゃろうな」
「ん?何故大きくしたのかな?」
もう少し小さくていいのなら、苦しむ時間も短く済んだよね?ね?ね?
「小さな理由としては、器が大きければ大きいほど、移動後のオーラ量もそれに伴い大きくなる。
大きな理由としては、本体よりも移す器の方が小さければ…失敗に終わるからじゃ」
「ありがとう!信じていたよ!うん!」
僕は彼を信頼している。
ホントだよ?
今日は小春日和。
空に広がる青はシミ一つなく快晴だ。
そしてここは上台地の中でも見晴らしがよく、セフィリアの好きな場所でもある。
「では、良いか?」
「うん。任せたよ」
小高い丘の上は拓かれており、木々も存在しない。
遮るもののない場所だけど、今は風すら感じないのは四隅に置かれたオーラツールのお陰なのだろう。
他の三人とスザクは、その四隅よりも外からこちらを見守っている。
「移動は一瞬じゃ。痛みもない。その入れ物の横で横になるのじゃ」
「うん」
中央には石のベッドが置かれている。
その上には僕が入る身体が。
僕はその身体の横に寝転がる。
「入れ物と片方の手のひらを合わせよ」
「それって、手を繋げば良いのかな?」
実演してみせると問題ないと言われた。
「ジンの手のひらにはオーラロードが開通しておる。
そして入れ物も同じじゃ」
「なるほど。そこを通るんだね」
何が通るのかは知らないし、知る必要もない。
ここまで来れば、僕はただ従うだけ。
「意識を奪うが、心配はいらぬ。起きれば終わっておるからのう」
「ははっ。何も心配なんてしていないよ。でも、それは助かるかも。僕は怖がりだからね」
僕の軽口にヒューリーは薄く微笑むと、肩に手を置いた。
あっ。これ…逆らえない…やつ…だ……
「どうじゃ?気分は」
気付くと、ヒューリーだけじゃなく、ラヴも僕の顔を覗き込んでいた。
「うー…ん。少し気怠さはあるかな。でも、他に異常はないみたいだね」
起き上がり手を動かしてみたけど問題なく動いた。
そして横を見ると……
「自分が寝ている姿を見ることになるなんて、幽体離脱を体験している気分だよ」
少し不気味な光景。
いや、わかってはいたのだけどね。
「ジン!どこも痛くない?」
「大丈夫。逆に痛覚は薄くなってる感じがするね」
別に怪我をしたわけじゃないから何とも言えないところではあるけど、感覚的にね。
「良かった…良かった…」
「心配をかけたね。ところで、ヒューリー。彼はいつ頃目覚めるのかな?」
心配そうに僕だったモノを見つめるセフィリア。
そしてそんなセフィリアの手をしっかりと握っているレイチェル。
「オーラ切れじゃからのぅ。オーラが全回復すれば…そうじゃの。明日の朝までには起きるはずじゃ」
「そう。ここに置いておくのかな?」
「もう処置は済んでおる。連れ帰って問題ないのじゃ」
終わってみれば本当に一瞬だったね。
準備は念入りだったけれど。
「身体に慣れるためにも、僕が家まで運ぶよ」
「それがよかろう。先程まで其方の身体だったのじゃからな」
自分のことは自分が一番知っている。
運ぶだけなら誰が運んでも大差ないだろうけど、やっぱり見た目のこともあるし他人とは思えないから。
彼が起きるまで、この成功は喜べない。
少ししんみりとした空気の中、僕達はハイエルフの家へと戻ることに。
「目が覚めたかい?」
ゆっくりと瞼を開ける僕だったモノ。
現在は夜の帳が下りたところで、彼と部屋を照らすのは光のオーラツール。
「誰……?」
「自分の名前は分かるかな?」
混乱しているのだろう。視線を左右に振っている。
「じ、ジークリンド…」
「そう。君はジークリンドだ。最後の記憶は覚えているかな?」
この寝室には、僕とジークリンドしかいない。
いきなりセフィリアと会わせて問題が起きても面白くないからね。
「……わからない。自分は…」
「君の一人称は俺だったよ」
これは混乱か、それともここまでなのか。
「俺?…確かに、そうだったかも」
「親の名前は思い出せるかな?」
一つ一つ。ゆっくりと。
「…カーバインとリベラ」
「そうだね。他の家族は?」
静かな時が流れる。
でも、彼は苦悩の中。
「…ロキサーヌ…テレス…」
「大丈夫。自信を持って。合っているよ」
身体を動かせるようになってきたのか、ジークリンドは身体を起こし、両手で顔を覆う。
「君は何歳?」
「ぼ…俺は……」
年齢は難しいのかな。
「学園には通っていた?それとも学院?」
「学園…いや…学院にも入った記憶が……」
少しずつ思い出せている。
どこまで思い出せるのか、思い出しすぎてしまうのか。
「剣術大会はどうかな?参加した?不参加だった?」
「剣術……そうだ。僕は剣聖から教えを受け…」
それは幼少期の記憶だね。
「叔父さんが剣聖アルバートだもんね」
「そ、そう。とても厳しい人だった…」
そうだね。
少し寂しいけれど、あの剣は君に託そう。
「学院での生活は、どのくらい覚えているかな?」
話を戻そう。
待てない人がいるからね。
「えっと…そうだ。学院は学園と違って休めなかったな。俺は一人で鍛錬に励みたかったのに、時間がなくて……そう。剣術大会の為に」
「そうだね。何の為に参加したのかな?」
思い出す。君なら必ず。
「っ!…なんだったか。あ。国王陛下から推薦された…から?」
「…そうだね」
何かが邪魔をしている。
自己防衛本能か。
セフィリアを思い出してしまうと、悲しみや辛さも思い出してしまうから。
仕方ない。無理をさせようか。
「アルバート王国に何が起こったか、思い出せる?」
「王国に?……いや、わからない」
思い出せないではなく、わからない、か。
やはり記憶に蓋をしているね。
「思い出せないなら、僕が教えようか?」
「…その前に。ここは何処で、アンタは誰なんだ?」
これがジークリンドか。
僕なら絶対に聞かない。
相手が誰かわからないのに、弱みを握らせることはしないから。
素直で良い子だ。
捻くれ者ではみ出し者の僕とは大違いだね。
カーバインとリベラの教育と愛情の賜物なのだろう。
勿論、他の周りの人達のお陰でもある。
「ここはハイエルフが住まう上台地。僕はジンだよ」
「ハイエルフ?あん…ジンさんがそのハイエルフなのか?」
うん。思考も出来るし、記憶以外は問題なさそうだね。
ジンという名前に心当たりはないみたいだし、本当に前世の記憶はないようだ。
「違うよ。僕はそのハイエルフの友人さ」
「そうか」
何故、祖国の話を聞かないのか?
それは怖いからだ。
無意識のうちに、その話題を避けている。
「君がいたアルバート王国は『やめろっ!』…残念だけど、やめないよ」
やはり、聞きたくないんだ。
想像したのか、少し思い出せたのか。
それはわからないけど、怖いのだろう。
「滅びたよ。バベル王国の手により、滅ぼされた」
「嘘を言うな!」
両手で僕の襟を掴む。
でも、力は入っていない。
「嘘じゃない。王族は全員死んだよ。カーバインも国王への義理を果たす為に、戦争に参加して散った」
「…うそだ……」
辛いよね。それは僕も覚えているからわかるよ。
「嘘だよ」
「は?」
「全員じゃない」
どうやら、本当にセフィリアの記憶がないのだろう。
伝えても思い出せるのだろうか。
固く閉ざした、記憶の扉を開けられるのだろうか。
「君は王族の一人と国外逃亡を図った」
「は?意味が……いや…あ、れ?」
引っ掛かった。
「その人は第三王女であり、君の最愛の人」
「お、れの…最愛…?」
苦痛に歪む顔。
頑張れと心の中で応援することしか出来ない。
「君たち二人は逃亡の途中、故郷の男爵家へ立ち寄った」
「……」
シーツの一点を見つめ、動かなくなる。
「そこでリベラ達に結婚を報告すると、式を挙げることになったんだ」
「っ……で……つ……」
遂には何事か呟き始めた。
それでも僕の言葉は止まらない。
「晴れて結婚したジークリンドと第三王女だったけれど、男爵領へバベル王国軍の別部隊が襲いかかる。
家族を町へ残し、二人は敵陣を突破して、森の奥深くまで逃げ込んだんだ」
「母上…テレス…みんな…」
そこまでは思い出せたかな?
でも、大切なのは、誰と一緒だったか。
「これで目出度しといきたいところだったけれど、強敵に襲われてしまう。
ジークリンドは気付けなかった。敵が真後ろまで来ていたのに。
そして敵の凶刃はジークリンドへ向かって振り下ろされてしまった」
今でも、思い出すと辛い。
これは僕も同じなんだ。
ただ、他に愛するモノがいたから、僕は立ち上がれた。
「死ぬとわかっていたのに、それはいつまで経ってもやってこなかった。
何故なら、僕が受けるはずだった死の刃を、代わりに受けた人がいたから」
「………」
震えている。もう、そこまで思い出せたんだね。
「誰かは、わかるよね?」
「ふっ…ふっ…ふっ…」
過呼吸。辛く苦しくても、死ぬことはない。
「名前を呼んであげてくれないかな?」
彼は震えて呼吸が荒いまま。
「ジークリンド。逃げちゃダメだ」
震えが増し、嗚咽混じりの呼吸へと変わる。
それでも、君はその名を呼ばなくてはならない。
「呼べっ!愛する者の名をっ!」
僕の大声を聞いてか、彼の震えはピタリと止み、呼吸さえも止まる。
「っ…セフィリアァァぁあっ!!!」
上台地全域へ、ジークリンドの慟哭は広がっていく。
「あああああああっ!!」
「うるさいわね!そんなに大声で呼ばなくても、聞こえてるわよ!」
「……えっ…あえ?」
呼びかけに答えたのはセフィリア本人。
僕は元僕だからジークリンドのことを任せられたけど、セフィリアでも出来たと思う。
ただ、セフィリアも傷つくのが怖かっただけじゃないかな?
愛する人に忘れられるって、想像するだけでとても怖いからね。
さ。これで僕は邪魔者だ。
邪魔者はとっとと退散しよう。




