輪廻再会
「どうすんのよ!?」
駆ける二人と剣聖レイモンドとの距離はやや離れている。
しかし、上手く逃げなければ追い付かれるのは自明の理。
「レイモンド卿の狙いは私一人!別々に逃げるわ!」
「ちょっとっ!?」
苦楽を共にしてきた仲間を見捨てることが出来るくらいに世渡りが上手ければ、セフィリアは今のセフィリアではなかっただろう。
そんな渋るセフィリアを横目に、ラヴは言葉を続ける。
「逃げ切れる可能性はあるの。もし、捕まってしまったら、また助けてくれるわね?」
「…わかったわ。信じてる」
その言葉に、ラヴは胸が少し痛む。
しかし、それを説明している余裕はなかった。
頷き合い、二人は左右二手に別れるのであった。
「やっぱり、バレてるわね…でも、後少し…」
走っているラヴの後方には、徐々に大きくなる剣聖レイモンドの姿が。
やはり地力が違う。
それでもラヴに諦める気配はなかった。
後少しなのだ。
後少しで、欠けたモノが埋められる。
「いたっ!」
剣聖レイモンドとラヴの距離は30m。
剣聖レイモンドにとっては後少しのところだったが、軍配はラヴに上がった。
「ジンっ!」
名前を叫び、ラヴは跳んだ。
全てを委ね、飛び込んだのだ。
「ラヴ。会いたかったよ」
ラヴが飛び込んだのはジンの腕の中。
「追われているようだね」
「ヨシヨシして!」
上台地でいつもの様に過ごしていたジンは、テリトリーにより剣聖レイモンドのオーラを捉えていた。
『かなりの強者だね。何もなければいいけど』
そう考えたジンの行動はただ一つ。
その強者に接触して目的を聞く事。
何もなければ良い。
でも、何かあるなら、穏便に済ませてもらえる様に頼むつもりだった。
力づくでも。
それくらいには、この街に愛着を持っていた。
それだけの期間、ここで過ごしたのだから。
◇◆◇
「強者の気配に釣られて降りてみれば…これは…」
上台地でいつものように過ごしていたんだけど、下が騒がしくなりそうだったから降りてみれば……
「ラヴだ。間違いない。あの管理者さんが教えてくれたように、僕らにだけわかる感覚。
まるで失くした最後のピースを見つけた時の様な」
この感覚がする方へ向かえば、全てスッキリする。
そう身体が伝えてくるけど、僕は行かない。
「だって、そうだろう?」
いつも、どんな時でも。
「来るのは君からだった」
さあ、おいで。
その角を曲がり、僕の元へ。
「見えた…ん?様子がおかしい」
100m先の曲がり角を曲がってきた少女。
前世のラヴそっくりな金の髪を振り乱している。
それはいい。だって、間違いなくラヴなのだから。
問題はその背後。
これは……テリトリーで捉えていたオーラだ。
「ジンっ!」
前世では終ぞ呼ばれなかった名前を叫び、金髪の少女が飛び込んできた。
これは今世で待ち望んだもの。僕はそれを優しく抱き留めるが、それでも後ろの気配から視線を逸らすことはなかった。
もう、失わない。その一心で。
「ラヴ。会いたかったよ」
「ヨシヨシしてぇ…」
随分甘えん坊さんになったね。
いや、元からこうだったか。
「追われているようだね」
「うん…助けて」
「当たり前だよ。なんて言ったって、僕は君の主人なんだからね」
前世でもよくあった。
ドッグランへ連れて行くと、友達とはしゃぎ回るラヴ。
楽しそうにしているところへやって来る、少しだけヤンチャな別のワンちゃん。
自分より小さな相手とは上手く遊べていたんだけど、ラヴは自分より大きな犬とは全く遊べなかったんだよね。
そうした時はいつも僕の足元に隠れてやり過ごしていた。
それは今も変わらない。
変わらなくて良い。
変えるつもりもない。
「アメリア様!もう逃げられませんぞ!」
様?なんだか理由がありそうだね。
「君は誰かな?この子は僕のものだ」
三十後半に見える茶髪の男性は、僕よりも少しだけ背が高く、体格は僕よりもかなり大きかった。
「僕の…モノ…だと…」
僕の言葉が気に入らなかったのか、その男性の顔色は次第に真っ赤に染まっていく。
「貴様ぁ!アメリア様に何をしたっ!?」
「何って言われても…躾?」
沢山愛情を注いできたけど、それはこれからも変わらない。
恐らく躾はもう必要ないだろうから、そう伝えた。
「アメリア様!離れてください!其奴を叩っ斬ります故!」
男が剣を抜いたことにより、周囲は騒然とし出した。
街中で剣を抜く。
この人は短気なのかな?
「嫌よっ!レイモンド卿!貴方は帝国へ帰りなさい!」
帝国?はて…何処の帝国だろう?ラヴの出身地なのかな?
バベル王国じゃなくて少しホッとしたよ。
「帰れませぬ!アメリア様を連れて帰らなければ、我が侯爵家は取り潰しの上、私には死罪が待っています!それほど、皇帝陛下はお怒りなのです!」
ラヴは皇室に所縁があるのだろうか?
いや、そんなことどうでもいいね。
「わかったよ。兎に角、君は僕達の邪魔をするんだね?」
理由なんてどうでもいい。
僕とラヴの邪魔をするのなら、こちらに非があろうとも折れる気はない。
それに、この男は誰かに仕える身。
今和解出来たとして、それは仮初に過ぎない。
その仕える相手がやはり僕達のことを気に入らなければ、そこにはなんの意味もなくなる。
「ジン!気をつけて!相手は剣聖よ!」
「剣聖…なるほどね。通りで強い気配を感じたわけだ」
剣聖。剣の里のみんなは元気にしているだろうか?
剣聖アルバートも。
「じゃあ、君もグレード師匠のお弟子さんなんだね」
「グレード…まさか、剣王?貴様…門弟か!?」
門弟なのかな?破門はされてないけど、教えは受けていた。じゃあ、門弟か。
「多分ね」
「新たな剣聖か?いや、聞いていないが…」
知らないよ。そんなこと。
いや。知っているけども、そんな話をしている場合なのかな?
「違うよ。僕は剣聖なんかじゃない」
「…少々腕に覚えはあるようだが、引け。知っている通り、同門は斬れん。破門されてしまうからな」
それも知っているけれど、その程度なのかな?
その程度で僕とラヴの間に割って入るのか?
「じゃあ、そっちが引きなよ。僕は破門とか一閃確殺流とかどうでもいいんだよね」
「なんだとっ!?貴様!それでも剣に身を置く者の言葉か!?」
やっぱりその程度なんだね。
「この子のことに比べたら、全てが些末な出来事だよ。君は違うみたいだね?じゃあ引くのはそっちだ」
「…高弟に逆らうのか?」
「だから、僕にとってそれはどうでも良いことなんだよ。
君のことは大体わかった。
理屈ばかり並べて正当性を担保していないと動けない、結局『自分が可愛いだけの人』だってことがね」
気持ちがないなら引くべきだ。
それが嫌なら話し合いなんてせずに、さっさと斬りかかればいい。
ほら、今も人が増えてきてる。
沢山の野次馬が見守る光景。
一人は剣を抜き、こちらを威嚇している。
もう一方は、女の子を後ろに庇い、未だ腰の剣を抜いていない。
敵だらけになっていることに気づいていない?
それとも、そこはどうでも良いのかな?
「…死ね」
「まだ死ぬわけにはいかないよ」
転生して16年…僕達が待ち望んだ時を漸く迎えたんだ。
死ぬわけには行かないよ。
そんな僕が剣聖から視線を切ることなく剣に手を掛けた次の瞬間、剣聖が視界から消えた。
ドゴーン……パラパラパラ……
消えた剣聖は近くの建物へ突っ込み、壊れた建物の破片が周囲へ降り注ぐ。
「エスエル。僕は大丈夫だから、手を出さないで欲しい」
不可視の攻撃。
それを可能とする存在に、心当たりは一つしかなかった。
チリリンッ
左の鈴が鳴った。
ありがとう。
「まだ生きてるよね?さ。続きといこうか」
どれだけ強くなろうとも、僕は好戦的にはならなかった。
そんな僕でも通さないとならない意地の一つや二つはある。
その一つは間違いなくラヴとのこと。
例えその相手が剣王でも、ヒューリーでも、エスエルでも。
どれだけ格上の者が相手だとしても、僕は引かない。
「…何をした?」
ガラガラと壊れた壁を払いのけ、剣聖が姿を現した。
「それを馬鹿正直に教えるとでも?さ。仕切り直そうか」
僕には油断も驕りもない。
オーラも信じられないほど落ち着いている。
さて。ラヴに良いところを見せないとね。




