運命が交錯する日
「ねえ。次の街まで後どのくらいなの?」
三人の旅は続いており、現在は海岸線を西へ向かい進んでいた。
三人が乗る馬車は乗り合いのもの。
中はそこそこ混んでおり、疑問を投げかけたセフィリア以外の二人はそんな一期一会の中で談笑していた。
「赤毛のお嬢ちゃん。次の街まではまだ半日は掛かるよ」
答えたのはレイチェルでもラヴでもなく、乗り合わせた恰幅のいい女性だった。
「そんなに…」
その答えに絶望を露わにするセフィリア。
「この子、退屈が大嫌いなのよ。ごめんなさいね?」
「セフィーはじっとしていられない子供」
退屈なセフィリアを二人は煽る。
しかし、そんな二人に対してセフィリアは怒った様子を見せなかった。
それには少し理由があった。
その理由を辿るには少しだけ時間を巻き戻さなければならない。
「スザクー?戻って来なさい」
数日前。順調に旅を続けていた三人は、遂に南の海岸へ辿り着いていた。
そんな三人が訪れたのはやや大きめな街。
従魔として街の中へスザクを入れていたが、この街でも収穫はなく、次の街へ向かう為に街の外へ出たところ。
街へ訪れた東の入り口ではなく、西の入り口。そこで異変が起きた。
「ラヴ。どうしたのよ?」
「…スザクが急に走っていってしまったの」
スザクが走っていったのは、西の方角。
やや北寄りではあるものの、自分達が向かう方向と一致していた。
「ラヴ、どうした?」
「スザクが行ってしまったわ」
「?」
その言葉にレイチェルは疑問が浮かぶ。
「催した?すぐに戻ってくる」
「…そうだと良いのだけれど」
レイチェルは楽観視しているが、ラヴはもう戻っては来ないと半ば確信している。
「別に一刻を争う状況じゃないわ。待ちましょう」
そこにセフィリアが言葉を挟んだ。
どうも二人には温度差がありそうだと、機敏に感じ取ったようだ。
「ダメね。二日経っても戻って来ないわ」
あれから交代で街の外でスザクを待っていた三人だが、そのスザクは依然として姿を現さなかった。
「…スザク。私が涎垂らしたから嫌になった?」
「スザクの器はそんなに小さくないわ。恐らくだけど、自然に帰ったのよ」
レイチェルは今にも泣きそうな顔をしていた。
ラヴはすぐにフォローするが、こちらもショックは大きい。
それは寂しいといった風のレイチェルとは違ったもので、自分に統率能力が足りなかったという現実に対してのもの。
「いつかは自然へ返す予定だったの。それが早まっただけよ。
さ。二人とも。
馬車が出るわ。行くわよ」
そう告げるラヴの肩は震えていた。
それを見たので、レイチェルも我儘を言えなくなる。
この旅で初めて三人から笑顔が消えた瞬間だった。
「お嬢ちゃん。ほら、見てみなよ」
時は戻り、馬車の中。恰幅の良い女性がセフィリアへ向けて声を掛けた。
「ほら、あの大岩が見えたら街はもうすぐさね」
その言葉を受け馬車の前方へ寄り、セフィリアは馭者席へ身を乗り出して前方の景色を見つめた。
「凄いわね…まるで壁よ」
「上台地と呼ばれているらしいわ。その下にある街の名前も大岩に因んだものよ。確か…ロックヤードバニアだったかしら?」
海からは少し離れた内陸。
そこに突如として現れた街のシンボルは、二人の元王女すらも感動させるものだった。
「レイチェル。貴女も見てみなさいよ」
「…いい。上台地にはエルフが住んでるって噂。もう会いたくない」
セフィリアとレイチェルの二人が訪れていたエルフの里では大した出来事は起こらなかった。
それでも、レイチェルは覚悟を決めていた。
ハイエルフのディケラと対面した瞬間、死すらも覚悟していたのだ。
だから、もうあんな思いはしたくない。
「エルフ…いるのかしら?」
その言葉に反応したのはラヴ。
アメリアだった頃を含めて、未だかつてエルフを見たことがないことから興味を惹かれたのだ。
「私に聞かれてもわかるわけないわよ」
「それもそうね」
レイチェルは200年以上を生きる存在。
それは興味がなくとも歴史を知り、生きた分だけの知識を蓄えている。
そんなレイチェルだからこそ、眉唾なものから常識的なことまで知っているのだ。
本人に常識があるかは謎だが。
「でもレイチェル。ハイエルフのディケラから頼まれごとをしていたのよね?その約束が果たせるんじゃない?」
エルフの里。
そこで里長のディケラから頼まれていたこと。
それはこの里以外のエルフにあった時、伝えて欲しいことがあるとか、ないとか。
「それはいつでもいい。それに、大した伝言でもない」
「そう。それならいいわ」
セフィリアはその頼みを一人で引き受けたレイチェルに負い目を感じていた。
それでも、本人がそういうのならと、気にすることをやめる。
そんな三人を乗せた馬車は進む。
この後起こる出来事を、誰も予想出来ないまま。
ロックヤードバニアの馬車乗り場へ着いた一行は、荷物を下ろし、大地を踏みしめていた。
「中々の街ね。聞き込み甲斐がありそうよ」
これはセフィリアの感想。
「そうね。暫く滞在することになりそうね」
それに対し、二、三日では出立出来ない未来を想定したのはラヴ。
「エルフに会いたくないから、私は宿に籠る」
レイチェルはキョロキョロと挙動不審な姿を見せた。
「そうね。先ずは、宿をとって荷物を置きましょう」
「わかったわ。レイチェル、今日だけよ?」
セフィリアはラヴの言葉に応え、レイチェルの我儘を聞き入れる。
三人は連れ立って宿探しを始めた。
「ふう。宿を取るだけで疲れたわね…」
レイチェルは身体のサイズから分かる通り、三人の中でダントツに力がない。
ラヴはラヴで宿の交渉役でもあるから、必然的に荷物はセフィリアへと集まる。
これもスザクがいなくなった弊害なのだろう。
「中々良い部屋ね」
シャンデリアこそないものの、ベッドが三つにソファも人数分ある広々とした部屋。
偶には贅沢も良いものだと、三人の会話は弾んだ。
「レイチェル…話の途中で寝ないでよね…まんま子供じゃないの」
「ふふっ。良いじゃない。エルフが怖くて気を張っていたのよ。
それより、お腹空かないかしら?」
「どうするのよ?」
レイチェルは寝てしまった。旅の疲れが溜まっていたのかもしれない。
「今日は何もしない日よ。でも、街に出ない手はないのじゃないかしら?」
「良いわね!どうせレイチェルは起きても外には出たがらないし、私達だけで食事にいくわよ」
セフィリアは久しぶりのお酒を楽しみに席を立った。
普段の三人はレイチェルが下戸の為、夕食時にお酒を飲むことは少ない。
今日はそんなレイチェルがおらず、更には外食。
羽目を外すにはもってこいのタイミングだと、二人は意気揚々と宿を出た。
「何処に食事とお酒が楽しめる場所があるのよ?」
宿を出た二人だが、ここは初めて訪れる街だ。
「とりあえず、大通りへ行ってみないかしら?そこまで出れば、何かあるはずよ」
「それもそうね」
宿の前に立っていても仕方がない。
二人は大通りを目指すことに決めて、歩き始めた。
「セフィーはエルフに会ったことがあるのよね?」
「あるわ。学んだ通り気難しい一面は確かにあったけど、話せばわかってくれる普通の人達よ。特に子供は人と大差ないわ」
ラヴは未知との遭遇を期待しているようだが、噂のエルフはここではなく上に住んでいる。
「そう。特別な力は?」
「…貴女ね。エルフから人材発掘しても無駄よ。彼らは彼らのルールで生きているわ。私達に従うはずはない」
セフィリアは断言する。
確かに特別な力を持っているものはいたが、それはハイエルフ。普通のエルフではないし、自分を人族へ戻してくれた恩人でもある。
いくら仲間とはいえ、易々と教えられるはずもなかった。
「ん?どうしたのよ?」
まるで遠い昔の事のよう。
セフィリアが過去を懐かしんでいると、隣から声が聞こえなくなる。
違和感を感じてラヴを見ると、一点に視線を集中させ、その身体は固まっていた。
「見つけた…けど、見つかってしまったわ」
「は?」
セフィリアがその言葉の意味を理解する前に、見つけた相手が大声を上げる。
「アメリア様っ!見つけましたぞ!」
「レイモンド卿…」
「って!?剣聖じゃない!」
ラヴの視線の先を追うと、100m先で馬に跨っている大男の姿があった。
そうテキサス・フォン・レイモンド。
帝国の侯爵であり、大陸が誇る剣の達人剣聖でもある強者。
「捕まるわけにはいかないわ!逃げるわよ!」
「くっ!わかったわ!」
(運良く?レイモンド卿は馬に乗っていた。街中では不利よ)
このチャンスを逃すラヴ達ではなかった。
反対方向へ突如走り出した二人を見て、剣聖レイモンドはやはりと全てを確信した。
「逃しません!」
下馬すると、手綱を見知らぬ通行人へ預け、二人が逃げた方向へと走る。
二人は無事、逃げ切れるのだろうか。




