ヤミの4月【Ⅰ】
「はぁ……」
窓ガラスに映る角の生えた女の子が大きくため息をつく。
私、なんて顔してるんだろう。
異色の特例魔導騎士候補生。
肩書だけ聞いたら素敵な響きだけど実際はそう良い物じゃない。
春先に入団してから二週間ほど経つが、私は訓練所での生活に肩身の狭さしか感じていなかった。だってここにいるのは人間ばかり、私のような悪魔はいない。
特に目立って卑下される言動も差別を感じる扱いも無かったが、私に対する態度は極めて生温いものだった。
どの人も私が話しかけた瞬間に“良い人の仮面”を被る。
「困ったことはない?」「分からなかったら聞いてね?」
まるで刑務所の面会室、壁一枚隔てた向こう側から包装された親切を放り投げてくる。
それが悪いとは思わない。彼女たちなりの誠意なのだろう。
だからこそ、自然に気を使わせてしまう自分の存在が申し訳なく感じて。同時に自分から壁を破っていけない自分に苛立ちを感じる。
政府も面倒くさい制度を作ってくれたものだ。
私は変わらず窓ガラスを見つめながら思案にふける。座学の内容はさっきから入ってきていない。
大陸全土を巻き込んだ先の大戦が終わってから、種族間交流を阻んでいた物理的な壁は取り払われた。それは私の知らない世界、出会うこともない英雄たちが成し遂げた遠い遠い話だ。
でも同時に私たちの身近な生活も一変した。他の土地の文化や技術、それらが交わることによる新たな概念の発生。大陸は混乱と成長が渦巻く過渡期へ突入したのだ。
当然発足した中央政府も新たな制度を急ぎ作る必要性にかられたわけで、スローガンの一つとして掲げられたのが全種族の共同参画社会の実現。
この国の魔導騎士団も大陸中に広がるその波に乗らざるを得なく、制定されたのが異種族を魔導騎士として受け入れてみよう……という投げやりな策。
そして見事選ばれた第一期生が私ということになる。同期にも異種族が何人かいるはずだけど複数の訓練所に振り分けられたらしく会ったことはない。
私たち異種族側からしたら何で人間族の社会に合わせなきゃダメなんだろうと思いつつ、先の大戦では敵側だった種族も多いから強いことは言えない。
対する一般の人間たちも厳しく制定された差別禁止法が怖いのか、初めて見る異種族に困惑しているのか、非常に恐る恐るな接し方をしている。
まだまだ未成熟な多種族混合社会は大変ふわっとした雰囲気に包まれていた。
「……さん、ヤミさん?」
「へ?」
教壇を見ると眼鏡をかけた教官が私の方を見ていた。しまった……当てられてのかな。
一度考え事を始めると周りが見えなくなる、私の悪い癖だ。
「は、はい! え、ええと……その……」
焦って教本をパラパラめくってみるもどのページをやってるのか分からない。それどころか何の教科の授業をしてるのかさえ分からない。
「あ……えっと……だから……」
混乱し言葉にさえ詰まる。立ち上がったまま本に顔を埋める私に周囲の視線が突き刺さり、緊張と恥ずかしさで熱くなった体が頬を紅潮していく。手もプルプル震えてきた。
「あの、ヤミさん」
「はいっ! ごごごめんなさ――」
「もしかして……体調が悪い?」
「――え?」
本から顔を外して教官を見ると、真面目な女教官は深刻な顔で心配そうに私を見つめていた。
いつもの鬼族のように厳しい表情が母のような女性のそれに戻っている。
「ごめんなさい、私ったら全然気がつかなくて」
「い、いえ……」
「体調が優れない時はなるべく早く言ってください。今専属ドクターに連絡するから――」
「あ、ああ! 大丈夫です! 自分で医務室まで行きますから!」
「そ、そう?」
「はい!」
そう言って私は荷物を持ち、足早に教室を出て行く。
本当に具合が悪いわけではないが、あの状況で訂正するのも気恥ずかしく、何より自分に視線が集中する教室の空気に耐えられなかった。
「はぁ……」
教室の扉を閉め大きくため息をつく。
困ったことに先程のような勘違いは初めてではない。今までにも何度かあった。
原因の一つは特例候補生に対する訓練所側の手厚いサポート意識。迎え入れてる身としては万一のことがあってはならないと、私に対する扱いが過剰にデリケートになってる節がある。
ちょっとした立ち眩みや擦り傷でも大げさに騒がれ、訓練も訓練にならない。あの人たちは私をいずれ戦場に立つ魔導騎士に育ててるという意識があるのかな。
もう一つ原因を挙げるとすれば緊張すると顔がすぐ赤くなる私の体質のせいだ。
元々病的なまでに肌の白い私は紅潮がぱっと見て分かりやすい、おまけに人前に立つことが苦手で慌てるとすぐ緊張する。挙動の不審さも相まって体調不良に見られるんだと思う。
とういうか、これからどうしよう……。
医務室に行くと言って出てきたものの本当に行く気はないし、他に目的があるわけでもない。
完全に暇を持て余した私はふと廊下の窓の外に目をやる。
「ん……?」
その時、視界の端に見たことのない桃色の花びらが映った。
風に乗ってヒラヒラと流れ行く綺麗な花びらは、どうやら訓練所の裏手から運ばれてきてるみたい。
あそこに行ってみたいな……。
何の確信があったわけでもない、頭より先に体が動く。
私は見えない糸に引っ張れるように座学中の訓練所を飛び出し外へ。春の暖かな空気を肌に感じながら訓練所の裏手、今は使われてない古い施設が立ち並ぶ区画へ足を踏み入れた。
老朽化した木造独特の匂いと芽吹き始めた植物の匂いが入り交じる道。
入団の際に施設案内は一通り受けたが、当然この辺りは初めて来る場所で右も左も分からない。頼りになるのは奥から運ばれくる花びらの道だけ、私は無我夢中で進んだ。
そして――
「……わぁ」
辿り着いたのは旧訓練所の裏、そこには桃色の花を咲かせる木々が風に揺れていた。
あまりに綺麗な光景に声にならない声が漏れる。故郷でこんな木は見たことがない。
一人家を離れてから、候補生となってから、訓練所に来てから、ずっと締め付けられていた自分の心が初めて解放される気さえした。
「これ……なんていう木なんだろう」
ポツリと呟いた疑問。別に誰に向けたわけでもない口をついて出た言葉。
しかし……それに答える声があった。
「サクラって言うらしいよ」
「……え?」
「うちの国では見ない木だよね、たぶん他所から持ち込まれて植えられたんじゃないかなぁ。春になると毎年綺麗な花を咲かせるらしくて――」
聞いておいて悪いけど、説明の内容なんて頭に全く頭に入ってこなかった。
いきなり見知らぬ人が出現したことによって、私の緊張ゲージが頂点まで沸騰する。
グツグツと煮立った心臓から送られた血液が全身を紅潮させ、口と鼻から蒸気が出てしまうのではと錯覚するほどだ。
「随分と驚いた顔してるけどさ、私もちょっと驚いてるんだよ?」
「へ?」
「まさか私だけのお気に入りスポットに先客がいるなんて。しかも話題の悪魔っ娘」
「えと……あう……」
そう微笑みかけたのは長い亜麻色の髪をなびかせる女の子。着てる服から考えるにたぶん私と同じ候補生。
でも私と違って背が高く全体的に大人っぽい雰囲気、手や足もすらっとしてて綺麗……。
「ま……これも何かの縁かな」
あれ、なんだろ。
今の一瞬だけ彼女の笑顔に暗い影が混じった気がした。
でもその影は春の風に吹かれすぐに消える。
「私はホムラ、あなたは?」
「私は……ヤミ……ヤミって言います!」
「ふむ、良い名前だ、気に入った!」
「え?」
「ヤミには特別にこのお気に入りスポットを訪れる権利をあげよう!」
「えぇぇぇ!?」
「その代わりと言ってはなんだけど、私の話し相手になってくれないかな?」
「……なっ! で、でも私は……悪魔……だから……」
「知ってる」
「だから――ヤミが良いんだ」
花びら舞う桜の下、戸惑う私をまっすぐ見つめる瞳がある。
これが……私とホムラの出会いだった。




