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ホムラの7月【Ⅱ】

 旧訓練所の裏手は立ち並ぶ大きな木の影が日差しを遮っていて風もよく通り、夏場訪れるには最適の場所。少し床の高い訓練場へ上がるために地面と間に設けられた石の段も、私たちが座るに丁度いい腰掛けになってくれている。


 そこへ几帳面にハンカチーフを敷いて座っているのがヤミだ。毎度のことながらよく高級な支給品をお尻に敷けるなぁと感心する。私とは物への価値観が違うんだろう。私はどちらかと言えば貴重品ほど戸棚にしまっておくタイプで、仮に王様から伝説の剣を貰ったら金庫に入れて一生使わないと思う。

 きっとこの疑問を口にしたらヤミは顔色一つ変えずに「だって物は使うために作られたんでしょ?」と言い捨てるに違いない。聞かなくても分かる。

 だから聞くのはもっと別のこと。


 「でもさ、私より先に来るなんて珍しくない?」

 「ん……」

 私の質問にヤミは石段に座ったまま紅い瞳をこちらに向ける。

 綺麗な顔だ。何回見ても素直に頷ける。こんな猛暑日でさえサラサラな黒髪に一切日焼けのない白い肌。私を見つめる紅い瞳はまるで宝石でも嵌め込んだかのように綺羅びやか。

 これだけ綺麗なんだからちょっと角が生えてようが翼が生えてようが関係ない、そう思わせるだけのポテンシャルがヤミにはあった。


 少なくとも、“今の”私はそう思う。

 

 私がそんな感慨に浸っているとこちらを向いたヤミは先程の質問に少し嫌味の混じった口調で答える。

 「今日は訓練入れてなかったから。申請書も提出してなかったし……サボりのホムラとは違う」

 「サボりじゃないわい」

 人聞きの悪いこと言わないでください。そのワードは私に一番効く。


 「ヤミも知ってると思うけどさ、うちには共通カリキュラムと自己カリキュラムがあるわけで、自己カリキュラムのほうは時間内にやる自主練みたいなもの。メニューも個々で考えるんだよ」

 「知ってる、入団して三ヶ月経つし」

 「つまり必要な施設と器具と内容をまとめて申請書を提出してたらその時間何をしようとフリー。バカみたいに時間を全部使う必要もないし、余った時間は休息に当ててもいい。今日の私はたまたま早く終わっただけなの」


 「……あくまでそういう建前ってだけで皆時間一杯使ってるけどね、休憩時間はあいだにあるし」

 「ぐっ!」

 「それに怪我を気にして調整が必要なプロ騎士でも無いんだし、私たち候補生は時間あるだけ訓練するべきだと思う」

 「がはっ!」

 私の心を守る自己弁護の壁が正論でボロボロと崩されていく。


 ま、そうなんだよねぇ……。

 時間は有限。国を背負って立つ魔導騎士を目指す候補生としては、自主練と言えど手は抜けない。私みたいにわざと短く終わるメニューでも組まない限り余る時間なんて無いのだ。

 

 言い訳ブレイクされ項垂れた私は大人しくヤミの隣に座る。あいにくハンカチーフなんてものは持ってないので腰に巻いてた上着を敷いた。

 そして例のブツをヤミに手渡す。

 「はいどうぞ、冷えてるよ」

 「ん、ありがと」

 いつものように氷水で冷やされた炭酸飲料の瓶をヤミに渡し、自分も栓を開けて喉に流し込む。キンキンに冷えた潤いと炭酸の刺激、茹だっていた体にはたまらないご褒美だ。特に炭酸飲料好きというわけではないけど、この時期に飲むこいつはやっぱり別格だと思う。


 「ぷはーっ!」

 「……うまい」

 豪快に余韻を楽しむ私とは反対にヤミはコクコクと味わうように飲み進めていた。うーむ……どこぞの小動物みたいで可愛いな。

 ヤミは飲み物に限らず何でもちょっとずつ口に入れる癖がある。パンと食べる時も氷菓子を食べる時も本当に微量ずつ食べていく。それでいて大口の私より早く食べ終わってるんだから謎だ。ヤミ七不思議の1つである。


 そのまま半分ほど飲み干した所でヤミの小さな口は瓶から離れ、抑揚のない平坦な口調で話し始める。

 「ほんと、ホムラは変わらない」

 「え?」

 「素直なくせに、面倒くさい性格してるところ」

 「あはは……申し訳ない」

 出会って三ヶ月ほどの相手に見透かされるほど薄っぺらい人間だったのか私は。

 一応これでも十年ほど一緒に育った姉とは別れるまで理解しあえなかった実績はあるんだけど……。


 「でも、今更変わってほしいとも思わないよ、それがホムラだし」

 「…………」


 確かにヤミの言うとおりなんだ。私はどうしようもなく面倒くさい人間だよ。


 今日のことだってシステムを言い訳にするのならヤミのように最初から出ないという選択肢もあった。自己カリキュラムは別に強制じゃない、その日訓練するかしないかも自分で決めることができる。やりたくないのなら体調不良とでもうそぶいて休めばいい。

 なのに私は身にもならない適当なメニューを組んで訓練に出て、いっちょ前に汗をかいて何かやった気分を味わってる。あげく同期がまだ訓練してる中をこっそり引き上げ、こうしてサボり場所でジュースを飲んで寛いでるのだ。

 

 私には真面目に訓練をやりきる意欲も、割り切って堂々と休む覚悟もない。

 バレないように上手く手を抜くことだけ覚えた。

 その結果自分の後ろめたさに嫌気が差し、言い訳と自己弁護の無限ループ。



 「ほんと……なにしてるんだろ」

 私が目指してたのはこんな自分のはずじゃ無かったのに。

 

 「あ……う……あぁ!」

 「ん?」

 落ち込んで視線を瓶に落としいたら隣から変なうめき声が聞こえた。

 「ヤミ……?」

 視線を向けるとヤミが顔と手をワナワナーとしていた。口をパクパク手をパタパタ、閉じたり開いたりの繰り返し、何か言おうとしてるが喉で渋滞が起きて出てこない。こんな様子のヤミを私は今までにも見たことがある。

 「え……ええと……」

 暑さのせいか白い頬が林檎のように紅潮していて、ちょっと涙目にもなっている。

 どうしたんだヤミさんや、少し落ち着きなさい。


 「あ、あのっ……」

 「……うん、どうしたの?」

 こういう時はヤミの混乱が収まるまで待ってあげたほうがいい。ヤミが私のことを分かってるように、私のこの三ヶ月でヤミのことは多少理解したつもり。

 もうヤミの言動で驚いたりは――



 「缶蹴りしよう!」

 突拍子なさ過ぎて石段から転げ落ちた。


 「ホムラ?大丈夫?」 

 「だ、大丈夫だけど……」

 缶蹴り?いきなり何を言い出すんだこの子は、今そんな流れだったかな。

 

 「あのねヤミさん、一つずつ確認していっていいかな」

 「うん、缶蹴りっていうのはまず鬼が缶を蹴って――」

 「それは確認しなくていい」

 「うん」

 「私たちさ、何をして遊ぼうかなーって話してたかな?」

 「して……ない?」

 「してないよね、疑問形じゃなくていいよ」


 「次にそれ、ヤミが持ってるのは缶じゃなくて瓶だから」

 「あっ……!」

 ヤミが衝撃の事実に気づいたような顔をする。私が鍵を失くした時の顔と良い勝負だ。

 「え、ええと……なら瓶蹴り!」

 「いやだよ、危ないよ」

 「ぐっ……」

 ガクッと膝をついて完全に崩れ落ちた。そんなに缶蹴りがしたかったのか。

 ヤミはそのまま亀のように固まってしまった。


 仕方ない……こういう時は私から動かないとね。


 「ごめんごめん、時間も余ってることだし何かで遊ぼうか」

 「……!」

 一瞬でヤミの表情がパァァァと明るくなる、私が言うのもなんだけど単純だなぁ。

 ヤミは普段仏頂面だから分かりにくいけど子供っぽい反応が多い。実際の歳は……聞いたことないから分かんないや。 


 訓練所ので生活は私の方が一年先輩だけど、候補生は訓練所に入った年度と年齢が合致するわけじゃない。才能依存の世界だから年下の先輩や年上の後輩は普通にいる。特にヤミの場合は人間じゃないから見た目と年齢が比例してる保証もない。

 だけど自然と私はヤミを妹のように扱うことが多かった。向こうも特に嫌とは言わないから止めるつもりもない。

 

 「えーと……何か使えるものはっと」

 旧訓練所の裏にはかつて訓練で使っていたであろう備品が薄汚れたガラクタとして放置されてある。さすがに怪我に繋がる危険な物は回収されてるけど、殆どが当時のままの姿で残っていた。

 探してみるとそのガラクタの中に拳程の大きさのボールを見つけた。何かの訓練で使っていたのだろうか、少し空気が抜けてるみたいだけど投げられないことはない。

 「これでいいか。いっくよー!」


 ていっ

 

 投げたボールは残念ながらあさっての方に飛んでいった。

 空気が抜けてたのが悪いのか単純に私のコントロールが悪いのか。

 「あれ……?」

 「わわっ!」

 ヤミの頭の上を超えたボールは落ちた場所から更にコロコロと、訓練所裏に影を落としてる大きな木の根元まで転がっていく。しまったなぁ。

 「とってくる」

 「ご、ごめん……」


 ヤミは背中の翼を犬の尻尾みたいにパタパタさせならがボールを追いかけていく。随分と可愛らしい木陰の悪魔だ。そういえばヤミに尻尾ってあるのかな……今度聞いてみよう。

 「あったよー!」 

 「さんきゅー」

 大きな木の下で手を振るヤミに手を振り返す。顔はとてもご機嫌だ。


 「ふふふ、私がお手本をみせてあげよう!」


 その後にヤミが投げたボールは死ぬほど変な方向に飛んでいった。


 

 それから十分、二十分、お互いにボールを投げ合う無意味な時間を過ごした。

 空気の抜けてふにゃふにゃなボールをマトモに捕れることは少なかったし、むしろ明後日の方向に飛んでいくボールを探してる時間のほうが長かった気さえする。

 キャッチーボール自体が楽しかったかと聞かれたら全然。むしろ更に汗をかいてしまって最悪。

 でも……私たちの時間はこれでいいんだよ。つまんないことをバカみたいにやってればいい、行為に意味があるんじゃなく二人で過ごすことに意味がある。


 きっと――


 「ふぅ……」

 木漏れ日の下、立ち止まって汗を拭うヤミを風が優しく撫でた。

 肩口で切りそろえられた黒髪が風に揺れ、その中に隠れた小さな角が時折顔をだす。

 ハーフデーモン――悪魔の血を受け継いだ異色の特例魔導騎士候補生。

 そんな肩書が見えなくなるほど、今のヤミは無邪気で無垢な普通の女の子だ。


 私に向けられた笑顔は眩しすぎて、苦笑いで返すことしかできない。

 

 「ホムラ!次は私からいくよ…………ん?ホムラ?」

 

 本当に……ヤミが本当の友達なら良かったのに。

 いつも考えてしまう叶わない願い。私はそれをそっと胸の奥に仕舞い込んだ。

 だって彼女をそういう存在にしたのは自分自身なんだから。


 今更……なにいってんだ。


 「……ホムラ?」


 「ごめん、なんでもないよ」

 きっとヤミには……言うべきことじゃない。無駄に困らせるだけ。だから――


 「はぁ……なにを面倒なこと考えてるの?」

 「え?」


 私の心を知ってか知らずか、ヤミはいつもより少しだけ強い声で切り出す。

 「あのさ、ホムラが何を考えてるか分からないけど、これだけはハッキリ言っておくよ」

 木漏れ日のステージに立つヤミが、影の中に立つ私をじっと見る。

 

 「私は、あの日ホムラと出会えて良かった」


 ヤミの言葉と同時に強い風が私たちの間を駆け抜け、天を覆う木々を揺らした。

 緑の葉がヤミへの上へと舞い降りる光景に、自分がかつて見た景色が重なり蘇る。


 「聞いてホムラ、私は……あの日……!」

 

 暖かい風がまだ心地よく、今は緑に染っている木々が桃色の花を咲かせていた頃。


 私がヤミと出会った。あの春の記憶が――


 


 鮮明に、蘇る。

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