第4話「暗殺者の正体」
晩餐での毒殺未遂事件の翌日から、私は独自に調査を始めていた。
ジークハルト殿下から「関わるな」と命じられても、引き下がるわけにはいかない。私の存在価値が毒見役としての機能にしかないとしても――それでも、彼を死なせたくはなかった。
薬草学の師であった老侍医の記録室に通い、宮廷内の薬品出納記録を密かに照合する。
香草ソースから検出された夜光草とシアン化合物。その管理記録を洗っていくうちに、不審な共通点が浮き彫りになった。夜光草の持ち出し申請を出していたのは離宮の侍従長――レオンハルト殿下の側近中の側近だった。
点と点が、残酷なほど一本の線に繋がっていく。
――そして温室ですれ違った際に感じた、あの甘く粉っぽい香り。あれは白斑茸の粉末だったのだ。
(やはり、レオンハルト殿下が……)
さらに調べを進めるうちに、王家にのみ密かに伝わる禁書庫の記録から、通常の解毒では抗えないという劇薬『冥府の滴』の存在にも行き着いていた。
万一に備え、老侍医と共に幾晩もかけて中和法を探り、自律活性型の解毒粉末を調合しておいたのは、我ながら用心深すぎる備えだったのかもしれない。だが今、この胸騒ぎが正しかったのだと悟る。
確証を掴んだその日の夕刻、レオンハルト殿下の使いから手紙が届いた。
『ジークハルトの件で相談したいことがある。離宮の東屋へ来てほしい』
罠だと分かっていても、逃げる選択肢はなかった。彼が次にどんな手を打つつもりなのか、ここで完全に暴かなければジークハルト殿下の命が危ない。私は帯の裏に自作の特効薬と解毒粉末の小瓶を忍ばせ、道すがら顔見知りの近衛兵に「戻りが遅ければ、東屋を見てほしい」とだけ言付けると、冷たい夜風が吹き抜ける離宮の東屋へと向かった。
東屋の中には、豪奢なティーセットが用意されていた。
レオンハルト殿下はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、優雅に紅茶を注いでいる。
「来てくれたね、ロゼリア嬢。寒かっただろう。まずは温かい紅茶でも飲んで落ち着くといい」
差し出されたカップ。湯気とともに立ち上る香りを吸い込んだ瞬間、私の背筋が凍りついた。
甘く濃厚な紅茶の奥から漂うのは、夜光草など足元にも及ばない。
(……王室秘伝の致死毒、『冥府の滴』)
いくら「毒喰らいの血」を引く私であっても、即座に中和できず内臓を焼き尽くす最悪の劇薬。
私がカップに手を触れずにいると、レオンハルト殿下はふっと口元を歪めた。
「どうしたんだい? 毒喰らいの令嬢ともあろう者が、怯えているのか?」
その声から、先ほどまでの柔和さが完全に消え失せていた。
金糸の刺繍に包まれた青年の瞳から仮面が剥がれ落ち、どす黒い憎悪と冷笑が露わになる。
「……レオンハルト殿下。あなたが晩餐会の香草に毒を仕組ませたのですね」
「ふっ、気づいていたか。さすがはバルティエの娘だ」
レオンハルト殿下は舌打ち交じりに笑い、乱暴に椅子へ背を預けた。丁寧な口調は跡形もなく消え去っている。
「忌々しいんだよ。生まれが卑しいというだけで、どれほど才覚があろうと日陰者扱い。弟というだけで全てを与えられ、誰もがジークハルトばかりを崇める。挙句の果てには、どんな暗殺からも守ってくれる都合のいい『毒喰らいの盾』まであいつの手に入るのか?」
歪んだ嫉妬に満ちた目が、私をねめつける。
「お前が死ねば、ジークハルトは最大の盾を失い、婚約者を守れなかった無能として宮廷での求心力を失う。……飲めよ、ロゼリア。私のものにならないなら、あいつを絶望に突き落とす道具として果てろ」
「お断りいたします」
私が毅然と言い放ち、踵を返そうとした瞬間――潜んでいた二人の護衛が背後から私の腕を力づくで拘束した。
「くっ……離しなさい!」
「飲ませろ」
レオンハルト殿下が冷酷に命じ、護衛の一人が私の顎を乱暴に掴んで無理やり上を向かせた。漆黒の毒液が注がれたカップが、無慈悲に唇へと押し当てられる。
「ロゼリアーーッ!!」
夜の静寂を切り裂き、東屋の扉を蹴破る轟音とともに怒号が響いた。
抜剣し、鬼気迫る形相で駆け込んでくるジークハルト殿下の姿が見える。
「ジーク、様……っ」
けれど、その叫びよりも一瞬早く――喉奥へと注ぎ込まれた『冥府の滴』の灼熱が、私の胃袋を無残に焼き尽くした。
視界が激しく明滅し、口元から血が溢れ出す。
崩れ落ちる私の身体へ向かって、絶望に染まったジークハルト殿下が手を伸ばすのを最後に、私の意識は漆黒の闇へと沈んでいった。




