4日目 不在の条件
夏休み四日目。
どんよりした雲ながら降らない予報に公園へ向かえば、集まる子どもたちの姿と、昨日は見なかった姫の、低い柵に寄りかかるようにして座る姿がある。
「よっ」
挙げられる挨拶の手。
これに急な人見知りを発動した素振りで軽い会釈を返した小夜は、不思議そうな視線を受けつつ、自分も姫と同じような格好で隣に立った。
そうして、そこから子どもたちを見、昨日聞いたとおり、来ていない幼馴染みを確認する。由衣が昨日来ていたのは、従兄弟たちの親に頼まれたためであり、小夜と同じく帰省しているものの、ラジオ体操には来たくて来た訳ではないという。
――アンタと違ってね。
それはそれは嫌な笑顔であった。
(まさか、姫のことをそんな目で見ていたなんて……)
由衣の従兄弟たちは、昨日初めて会ったため、あの子ども集団にいるかは分からないが、ラジオ体操の用意をする大人とは別に、親と思しき姿もちらほらいるため、あの中の誰かが従兄弟たちの親なのだろう、きっと。
その目的は、不審者を警戒してのこと。
そして由衣にとっては、昔に見かけたことのある姫こそが第一に警戒すべき不審者であり――それなのに、そんな姫に好き好んで絡みに行く小夜は、姫に好意を寄せているかなりの好き者と思われていた。
甚だ遺憾である。
姫が警戒すべき不審者という点においては、何一つ間違ってはいないと思うが、小夜が姫をそういう目で見ていると思われていたのは、これ以上ないほど心外だった。
その上、由衣は言うのだ。
警戒すべき不審者と評しながら、姫のことを「まあ、正直顔はあんまり憶えてないけど、まともな格好させたら、イイ線行きそうだった気もするし」と。
そんな馬鹿な。
こんな、どう見てもくたびれた男が、どの線でイイ方向に行けると言うのか。
(いや、でも……もしかしたら、世間一般ではそういう認識なのかも?)
小夜には全くもって理解しがたい話だが、時に世間は小夜的にピンと来ない人の容姿に、高評価を付けていくことがある。もちろん、小夜と同じように感じる者もいるから、たまたま少数派なだけだったのかもしれないが。
とはいえ、まさか……いやしかし。
「あーっと、小夜?――ひっ!」
戸惑う声をかけられ、ぐりんっと音がしそうな勢いで、子どもたちから姫へ顔を向ける。疑り全開の見開いた目で、くたびれに青ざめを加えた顔をまじまじ眺め、
「姫って……イケメンとか言われたことあった?」
「は? い、イケメン? なんで――」
「ないよね? ないでしょ? ある訳ないもんね!? ありえないと言って!」
「な、なんなんだよ、一体。どうした? というか……俺に恨みでもあんの?」
前置きのない全否定をぶつけられ、少なからず傷ついた様子の姫を前にして、小夜が正気を取り戻すまで、あと少し。
* * *
姫はイケメンか否か。
急な問いかけには「ごめんなさい」と謝罪した小夜だが、それはそれ。
興味本位で「で?」と促したなら、死んだ魚のように光の失せた目が静かに横へ逸らされた。ボサボサ頭も掻きつつ。
「あー……ない、こともない、かな」
「マジで?」
「だから。なんつー目を向けてくるんだよ。いいだろ、別に。それでどうってもんでもないんだから。たかだかソイツのお眼鏡に適った程度のことだろ?」
「それはまあ。たで食う虫が好きな人もいるとかなんとか聞いたことあるし」
「……ずいぶんとつっこみどころの多いお耳と記憶力で」
姫が呆れ果てたように首を振る。
「とにかく、言われたところでってヤツさ。大体にして、イケメンとのたまったヤツは、それ以降、会うこともなくなったしな」
「え? それって……」
姫をイケメンと認識している者がいた――それだけでも小夜にとってはだいぶダメージが大きかったのだが、付け加えられた話はそれ以上に小夜の目を剥いた。
「つまり……世界規模で姫をイケメンと認めていない、認められないって話じゃ」
「何故そうなる」
「だって、姫をイケメンって言ったら、存在ごと消されちゃうんでしょ?」
「あのな? 誰がそんな物騒を言った? 会えなくなったって言っただろ? 言葉の通り、会えないだけで、ヤツらはその後もきっちり生きてるぞ?」
「え? 姫をイケメンって言ったのって、一人だけじゃないの? 他にもまだ?」
「……そこまでショックを受ける話でもないだろうに」
いつものくたびれ感以上の疲れを見せる姫だが、小夜は冗談ではなく、本当に驚いていた。驚いて――ふと、引っかかりを覚えた。
イケメンという評価、それ自体の見方を変えたなら、それは好意的とも呼べるもので、そんな好意を口にした途端に姫に会えなくなるというのなら――……。
不意に浮かんだのは、姫が自称する「かぐや姫」の物語。
自称の経緯を深く尋ねたことはないが、その意味するところはもしかして。
そんな風に小夜が思ったなら、
「そーいや、昨日も来てたのか?」
「え? うん……あれ? 姫も来てたんじゃないの?」
――来ていたが、由衣がいたから小夜にも見えなかった。
こうして気安く話し合う一方で、姫を自分とは違う存在と位置づけている小夜は、特に何も考えず、そう口にした。姫と会える人間には、姫と会える波長のような不思議なモノが必要で、波長のない由衣が一緒だと、そこにいても小夜の目には映らない存在なのだと。
対する姫は、怪訝に眉を寄せた。
「ここにいなかっただろう? 昨日はなんとなく気分が乗らなかったんだよ」
「そう、なんだ」
「小夜は……俺のことを一体どういう存在だと思ってんだ?」
とても人間に近いが、人間の枠には収まらない存在。
「えーっと、夏休みのラジオ体操の時に現れる、不審者? 変人? 怪人?」
「うっ……」
本心はひた隠し、そんなことをへらりと告げたなら、思ったよりも傷ついたていの姫が、かと言って否定しきれない様子でうなだれた。




