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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第六話 実地研修前


 どんな事があっても競馬学校では早朝に起床し、体重測定をし、馬の世話や訓練が始まる。馬は生き物だ。餌などの世話は待ってはくれない。


 馬は胃の中が空の状態は体に悪いのだ。だから、朝はなるべく早く餌をやらなければならない。


「おはよう。調子はどう?」


 担当している馬に声をかけ、敷き藁を替え、馬房の掃除をする。


 華音の担当馬の一頭は気難しい馬で、機嫌が悪いと世話をしようとしても抵抗する時がある。


 先輩の中には噛まれた者もいると噂がある馬である。


「飼い葉残さず食べたんだね。良い子、良い子」


 飼い葉桶を見て綺麗に食べ切ってあってあるとホッとする。


「ちょっとぉー。じゃれつかないでよ」


 今朝は機嫌がよく、作業をしている華音に擦り寄ってきてちょっかいをかけてくる。


 華音が背を向けると、鼻面で上着の裾を捲り上げたり、振り返った華音の顔に鼻面をくっつけたりしてくる。


「もう、駄目だってばぁー。朝ご飯食べないの?」


 青草を掴み鼻面に近づいてやると、モッシャモッシャと食べ始める。


「美味しい? 今日の訓練頑張ろうね」


 ポンポンと首筋を叩いてやると、もっとかまえと言わんばかりに顔を近づけてくる。華音は首筋や鼻面をしっかりと撫でてご機嫌をとる。


(今日は機嫌良いなぁー。これなら振り落とそうとしてきてりしなさそう)


 馬の世話も楽しいが、やはり馬に跨っての訓練が好きだと思う。出来るならずっと乗っていたいと思っていた。





 生徒全員でやる訓練もあるが、一人一人がやる時は真剣に見て上手いところを目で盗む。


 瞬きを忘れる程にガン見をして、どんなに些細な事であっても確実に盗みたいと思っている。


「次、鳥本」

「はい」


 響太の騎乗を華音も詠一も凝視していた。ピシッと真っ直ぐに伸びた背。身長は騎手としては普通ではあるが、手足がスラリと長く、騎乗姿勢をとると柔軟性がある体が無理なく馬に寄り添う感じに見える。


「響太はやっぱスゲェよな。人馬一体って感じしねぇ?」

「うん。本当に悔しいんだけど、勝てないって思わされるよね。けど、絶対負けたくないって思ってる」

「俺もだ。響太に勝ちてぇよ」


 華音も詠一もずっと響太から視線を逸らさずに、見て技術を盗もうとする。二人共、デビューをしたら響太はリーディング上位に行くんだろうなと想像していた。それでも勝ちたいと言う気持ちは下がる事なく、むしろ増していくのだった。




「なぁ、響太。響太って何でモテるんだ? イケメンだとしても坊主頭でモテるとかなくね?」

「へ? いきなり何だよ?」


 自主トレの休憩中に唐突に言った詠一に響太が唖然として聞き返した。意味の分からない華音はキョトンとしてしまう。


「華音、聞いてくれよ。普通、坊主頭ってダサいとか言われそうなのに響太は女の子にキャーキャー言われんだぜ。何かムカつくんだよ」

「へ? そうなの?」


 競馬場の見学や体験学習等で学校を出る事もあるのだが、その先々で響太は女の子の視線を集めていたと詠一は言う。


 だが、当の響太は至ってクールだ。そもそも自分がイケメンだと思っていないのだろう。


「てかさぁ、騎手に見た目が良いって必要か?」

「馬券買ってもらう為にも見た目が良いってのは必要じゃね?」


 響太が冷静に返し、それに詠一が反論する。


「そんなモンか? 馬券買ってもらっても、騎手の取り分にはならないだろ? 騎乗料とか賞金に上乗せされる訳じゃあるまいし……」

「じゃなくて、見た目人気でオッズも変わるだろぉー?」

「俺は騎乗が上手いとかで人気になりたいんであって、見た目なんてどうでも良いけどな」

「くぅーっ! イケメンの余裕がムカつくっ!」


 華音はしばらく黙って聞いていたが堪え切れなくなりゲラゲラと笑い出すと、二人は華音の方を向いた。


「三嶋、笑い過ぎ」

「華音、笑い過ぎ」


 よくある響太と詠一の不毛なやり取りは、過酷な学校生活の中で華音の癒しとなっていた。


(競馬学校でお腹が痛くなるぐらいに笑うなんて思わなかったなぁー)


 悔し涙を流す事もあるが、響太や詠一に笑わせられる日々。そして、様々なカリキュラムをこなして行き、先輩達の技術を見て学び、実践に活かせるように自分の物として行く。


 時たま、朝の体重測定に引っかかるかもと夜に廊下を全力疾走をしたりする事もあったが、大した怪我をする事もなく三人は順調に成長をしていた。



✤✤✤



 厳しい学校にも少し慣れた頃、実地研修の事を考える事が多くなった。美浦、栗東のトレセンにおもむき、実際に厩舎の仕事等をするのだ。


 騎手として配属される前に現場を体験しておくのは大切な事だからだ。


「響太と詠一はどっちのトレセンに配属が良いって思ってたりする? 実地研修で決めるってのもあるだろうけど、希望が出来るとしてさ」

「俺は栗東が良いな。源田さんが栗東所属だし色々教わりたい。話し掛けるのが無理でも調教とか見たいんだ」

「それは分かる。目標とする先輩のレースだけでなく、調教も見たいもんね」

「だろ?」


 源田のファンである詠一は迷いがなかった。


「俺は……どうしようかな? 栗東も魅力的だけど、美浦も良いかなって思ってんだよな」


 響太はまだ迷っているようだった。目標はレースで勝つ事という響太だから、自分のレーススタイルに合うという事を第一に考えているのだろう。


「華音はどうすんの?」

「三嶋は?」

「うん。私は栗東に行きたい。ダイワスカーレットが居た所だから」


 あれから何年も経っており、既に繁殖馬となり産駒も走っているのだが、華音の心の中では今もダイワスカーレットは駆けているのだ。


「そっか。三嶋はダイワスカーレットに憧れて騎手になりたいって思ったんだっけな」

「ダイワスカーレットが勝ったのって二〇〇八年の有馬記念だっけ?」

「うん。本当にドキドキして目が離せなかったんだ。だから私は栗東一択だよ。ダイワスカーレットと同じ景色が見たいんだ」


 当時会えなかったが……。


 今行っても会える訳でもないのだが……。


 それでも栗東トレセンは華音にとっては特別な場所なのだ。聖地と言っても良いかも知れない。


 実地研修も楽しみではあるが、更なる進化をすべく、日々トレーニングに励んでいた。







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