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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第四話 競馬学校騎手課程へ


 華音と博則が大喧嘩をしてから数日後、朱音は華音の部屋のドアをノックした。


 部屋の中から小さな声で返事がする。朱音はそっとドアを開けた。


「華音。大切な話があるからリビングにいらっしゃい」

「はい……。ママ……」


 博則に猛反対をされてから、華音は食事以外の時間を自室で過ごすようになっていた。勿論、博則とは一切口をきかない冷戦状態だ。


 それほどに騎手になりたいのかと博則は落ち込み、朱音は騎手という仕事がどんな物かと再度検索し理解を深めようとしていた。




「華音」


 リビングに入ると博則は名を呼んだが、華音は口を真一文字に結び目も合わせずに博則の斜向はすむかいに座った。


「乗馬教室や競馬学校の事をパパ達も調べた。改めて訊く。華音は本気なんだな?」

「うん、本気。私は騎手になりたい。たから、乗馬教室に行きたい」


 華音ははっきりと口にして、数日振りに博則を見た。博則は真剣な顔で真っ直ぐに華音を見ている。


 博則はスゥーと大きく息を吸い込み、ゆっくりと話し始めた。


「そうか。なら乗馬教室に行く事は許すが、それには条件がある」

「条件……?」

「一つは一年は必ず続ける事。乗馬教室が一年続けられないなら騎手になるのは無理だ。もう一つは、勉強の手は抜かない事。世の中、勉強だけが全てじゃない。だけど、必ず必要になる」

「はい」


 真剣な博則を真っ直ぐに見て華音は答えた。


「それともう一つ。乗馬教室で落馬する事があるかも知れない。もし……万が一、骨折するような落馬をしたら乗馬教室は辞めて競馬学校も諦めるんだ」

「え……?」


 博則は両手を膝の上でギュッと握り締めた。華音は提示された条件を何度も何度も頭の中で繰り返し考えた。


「かなり厳しい条件だとは思ってる。相手は馬だ。言葉も通じないし、何があるか分からない。更にいうなら、乗馬教室で落馬するのと実際レースで落馬するのでは危険性が違う。分かるか?」


 華音はしばらく黙っていた。騎手の事を調べて行く中で、レース中の落馬で亡くなった騎手や騎手を辞めざるを得ない怪我をした人達の事を知ってししまった。それでも、騎手への憧れは薄まらなかったのだ。


 華音は真っ直ぐ博則を見詰めた。


「はい、パパ。約束します」

「……そうか。乗馬教室へはお祖父ちゃんが送り迎えしてくれるように話はつけてある。手続きはしておいてやるからな」

「ありがとう。パパ、ママ」


 華音は、いつものおねだりをした後のように『パパ大好き』とは言わなかった。華音なりに真剣な話の時は甘えてはいけないのだと考えたのだ。


 華音が部屋に戻ると、朱音がコーヒーを博則の前に置いた。


「ありがとう……。あの条件を出せば華音は諦めると思ったんだけど……な」


 博則は自嘲気味に笑いながら向かいに座った朱音を見た。朱音は一口コーヒーを口にすると博則を見詰めた。


「私は、さすが博則の子だと思ったわよ? 真面目で真っ直ぐで。あの歳で将来の事をしっかりと考えてるのよ? 自慢して良いわよ」

「そうか……?」

「ええ」


 朱音には言わなかったが、博則は出来るなら中学に行って他の事に興味が湧いた華音が、騎手の夢を諦めるなり他の職業へ就きたいと言ってくれるのを願っているのだ。


(今は諦めなくても良い……。出来れば、別の夢を見つけてくれないかなぁ……)




 部屋に戻った華音は、博則から出された条件を画用紙に書いて壁に貼っていた。


「本当に……厳しい条件だって思う……。でも、私は諦めない。絶対、騎手になる。絶対、G1に……有馬記念に出て一等賞獲るんだ。私のダイワスカーレットに乗って」


 数週間後から華音は祖父の送り迎えで乗馬教室に通い、先生達も驚く程の才能を見せた。



✤✤✤



 乗馬教室に通い始めた華音は、クラスの男の子達にからかわれても何も言い返さずに無視をするようになった。


(騎手になったらお客さん達に悪口言われるのも我慢しなきゃ駄目なんだもん。私は今から我慢する事を覚えるんだから)


 色々と騎手の事を調べていて、馬券を外したり、アンチと呼ばれる人達から酷い事を言われる事もあると知ったのだ。


 今までのように言い返す事は出来ないのが騎手の仕事だと思った華音なりの『騎手になる為の勉強』だった。


(乗馬教室に行く前に宿題を終わらせなきゃ)


 集中して勉強をするようになり、華音の成績は下がる事なくむしろ上がっていった。


 そして小学生を卒業し、中学生になっても華音の夢は変わらず『G1を獲れる騎手になる事』だった。


 博則は、厳し過ぎる条件を守った華音から『競馬学校騎手課程の受験をしたい』と言われても反対をする事も出来ず頷くしかなかった。


(もし合格しなかったら諦めてくれるだろうか……? あの倍率なら不合格の可能性だってあるんだから……)


 だが博則の願いも虚しく、華音は八月の競馬学校騎手課程の一次試験に合格し、十月の二次試験も無事合格した。


 受験者は百三十二名だったが、一次試験の合格者は二十三名。そして、二次試験の合格者は男子六名女子一名の合計七名だった。



✤✤✤



 競馬学校入学式当日


 狭き門を見事にくぐり抜けた華音に心の中では反対をし続けていた博則も感無量だった。


「パパ……。私の我が儘を聞いてくれてありがとう。ママ、少しは体を休めてね」


 髪を規定通り短く切り、競馬学校の制服に身を包んだ華音は少し大人びて見えた。


「華音、怪我だけはしないでくれよ?」

「頑張るのよ? 応援してるわ」

「うん」


 博則は華音の両手をグッと握り締めた。


「パパ……?」

「華音。君の人生は君の物だ。君が主役なんだ。だから精一杯頑張るんだぞ? 反省はしても後悔しないようにな」

「ありがとう、パパ。私、頑張るから」


 博則は何度も頷いていた。


 競馬学校騎手課程は三年間の全寮制。朝が早く体重まできっちりと管理される生活。そんな事よりも華音の胸は夢と希望でいっぱいだった。







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