第四十一話 決戦の有馬記念
『栗毛の舞姫フォルチュンヌVS漆黒の稲妻エイルノワールのラストバトル』
「うわぁ……。誰だよ、こんな仰々しい煽り文句書いたやつ……」
「見てて恥ずかしい……。てか、フォルが『栗毛の舞姫』なんて呼ばれてたのなんて知らないんだけどぉ……」
「我が儘暴走ヤンチャ姫なのにな」
「響太ぁ……」
華音が何を言わんとしてるか分かった響太はニヤケながらそっぽを向いた。
「もうー。てか、これわざと持ち込んだでしょ? 誰よ、もうー」
中山競馬場の調整ルームの食堂に置いてあった競馬新聞にはフォルチュンヌとエイルノワールのカラー写真付きで一面にデカデカと書いてある。、華音と響太は先輩の誰が置いたのかとキョロキョロと見回す。
先輩達はニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
「そもそも、ノワールとフォルってそんなに一緒に走ってもないよね?」
「宝塚記念の時の印象が強かったんだろ?」
「そうかも」
華音と響太はやれやれと椅子に座った。
「ま、良いけど。ちゃんと宝塚記念の時のリベンジはさせてもらうからな?」
「ふふーん。今度も勝たせてもらうからね」
二人はニッと笑ってグータッチをした。
有馬記念は明日に迫っている。
✤✤✤
二〇二十四年十二月二十二日(日曜日)
中山競馬場 11R 第69回有馬記念 G1 15:40発走 芝2500m
華音は夢にまで見た師走の大舞台、有馬記念のゲートをジッと見詰めている。
(これが……これがフォルとの最後のレース……)
有馬記念に出られる嬉しさと、もうフォルチュンヌとレースに出られない淋しさが胸に押し寄せていた。
(ねぇ、フォル。成長したよね、フォルも私も)
競走馬登録すらしていない仔馬の背中を任せると突拍子もない事を言われた日から、ずっと共に駆けてきた。
西日の所為でフォルチュンヌの馬体が更にキラキラと輝いている。
『華音。君の人生は君の物だ。君が主役なんだ。だから精一杯頑張るんだぞ? 反省はしても後悔しないようにな』
競馬学校の入学式で贈られた父の言葉を目を閉じて思い出す。
(パパ、ママ。ジィジ。見てて。私、勝つから。一緒に口取り写真撮ろうね)
競馬場のどこかで見守っていてくれる大切な家族に誓った。
見事に晴れ渡った中山競馬場に響き渡るファンファーレ。
華音はグッとゲートの向こうを見詰めた。フォルチュンヌも凛とした顔をしてゲートに入った。
ガシャン
ゲートが開き、華音はいつもより中団の前目の外につけた。華音より内枠だった響太も中団ではあるが内にいた。
先行争いをしている二頭につられないように押さえながら、一周目のスタンド前に差しかかる。
(響太……。いつの間に……)
華音は気がつけば響太が順位を上げている事に気づいた。黒鹿毛の馬体が西日で光っていた。
(焦るな、私。焦ってペースを乱したら、フォルが気持ち良く走れないんだから)
3コーナーの手前で華音はフォルチュンヌを詰まってきた馬群の外に出した。前の馬が下がってくると思い、4コーナーから直線コースに入る瞬間に、更に外に出した。
響太の乗るエイルノワールが真横にいる。それでも、まだ前には馬がいる。
華音の目はその二頭をしっかりと捕らえ、フォルチュンヌに掛け声をかけた。
「行くよっ! フォルっ! 全部まとめて追い抜いてやろうっ!」
フォルチュンヌはグンッと更なる加速を始めた。
フォルチュンヌが前に出るとエイルノワールが前に出る。
エイルノワールが前に出るとフォルチュンヌが前に出る。
「フォルっ! 負けるなっ! 私達は勝つんだっ!」
壮絶な追い比べに大歓声が沸き上がる。
他馬が遅れを取っているのか、フォルチュンヌとエイルノワールのスピードが速いのかは、観客席の人々には分からない。
ただフォルチュンヌとエイルノワールが並んでゴール板を駆け抜けたのを歓声と拍手で見届けた。
「フォル。お疲れ様」
華音は揺れるフォルチュンヌの首筋をポンポンと叩きながら泣いていた。
「ありがとう、フォル。あんたは最高の相棒だよ」
夏に陽介からフォルチュンヌの引退を告げられてから我慢していた涙は後から後から溢れた。
(もう……泣いても良いよね。ゴールしたし……。ゴーグル着けてるから、誰にも分からないから……)
立ち止まったフォルチュンヌの鬣に顔を埋める。
「フォル、大好きだよ。フォル……」
その様子を響太は少し離れたところで見ていた。
(三嶋……)
小刻みに震える肩を見ない振りをして声をかけた。
「三嶋。写真判定まだだけど、とりあえず戻ろう」
「え? あ、うん」
ゆっくりとスタンド側に戻ると大歓声が湧いた。華音と響太は同時に掲示板を見た。
「響太。おめでとう」
「ありがとう、三嶋」
一着にはエイルノワールの馬番が灯っていて、フォルチュンヌは二着だった。
「フォルチュンヌーっ! 良い勝負だったぞぉー!」
「良い仔を産んでくれよぉーっ!」
「ずっと見守ってるからなぁーっ!」
観客席からの声に響太が華音を振り返る。
「俺が優勝だってのに、あの観客達酷くね?」
笑いながら言う響太に華音はニッコリと笑い返した。
暗くなった中山競馬場にライトが灯され、フォルチュンヌと華音はゆっくりとスタンド前に歩み出た。
多くの人達が見守る中、フォルチュンヌの引退式が始まった。
デビュー戦からの映像が流され、華音はジッと見詰めている。
(本当に……もう……)
馬主の陽介、調教師の古川も涙ぐんでいるように見えた。
華音はマイクを手渡され、大きく息を吸い込んだ。
「こんな時間までこんなにたくさんのかたが残ってくださって、本当にありがとうございました。そして、フォルチュンヌの走りを……ラストランを見届けてくださり感謝しています」
大きな拍手とカメラのシャッター音が響く。
「新人の私にフォルチュンヌはたくさんの景色を見せてくれました。フォルチュンヌがいなかったら、私はまだ重賞すら獲れていなかったかも知れません。フォルチュンヌは本当に名前通り、私の運命の女神だったと思います」
必死で涙を堪えている華音に、また大きな拍手が起きる。
「今日でフォルチュンヌは引退をし、繁殖牝馬となります。きっと……きっと良い仔を産んでくれると思います。その時は、また応援をよろしくお願いします」
華音は深く深く頭を下げた。
「俺達はフォルチュンヌの仔も応援するぞぉーっ!」
「いっぱい良いレースをありがとうなぁーっ!」
「格好良かったぜぇーっ!」
華音は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
そして、両手を挙げて大きく手を振った。




