第三十九話 宝塚記念へ
年が明け、ニ〇二十四年が始まった。
フォルチュンヌは元気いっぱいだった。
「我が儘暴走ヤンチャ姫は元気だな。トモの張りも良いし」
「響太ぁ……」
古川厩舎に訪ねてきた響太はフォルチュンヌを見て率直な感想を口にする。華音はジト目で響太を見上げた
「思いっきり褒めてんだぞ? これ以上ないってぐらいに褒めてるんだ。誤解すんなよ?」
「褒められてる気がしないんだけどぉ……」
響太はニッと笑ってフォルチュンヌを撫でようとして、慌てて手を引っ込めた。
「ヤベェ。手喰われたらたまんねぇな」
華音はケラケラと笑う。
「なぁ。ノワールとフォルって距離的にはあんま変わらないよな、宝塚記念とか一緒に出られたら良いよな」
「宝塚かぁ……」
「どのレースに出るってのは調教師や馬主が決めるし、馬の調子もあるけどさ」
夢という程のものではないが、お互いをライバルと認めた二人が想像してみた。
「良いね。ノワールとガチ勝負。ね、フォル」
フォルチュンヌは任せろと言わんばかりに首を上下にさせた。
✤✤✤
「次走は6月23日の宝塚記念だぞ、三嶋」
華音はただ黙って古川の顔をジッと見詰めていた。
「おーい。聞いてんのか?」
フリーズしてしまった華音の顔の前で古川は手をヒラヒラさせた。それでも、華音は身動きが出来ずにいた。
「しっかりしろ。初めてG1に出る訳じゃなかろう?」
「え……あ……はい」
呆れ顔の古川の言葉に、華音はようやく口を開いた。
G1がどうとかではなく、年始に響太と話した事が本当になった事で驚いたのだ。
「お前、投票サイトのチェックとかしてなかったのか?」
「え? えへへ」
気にならなかった訳ではない。ただ、票数が低かったりしてショックを受けたくなかったという気持ちで見たくなかったのだ。
何度か詠一が見せようとしていたが、華音はダッシュで逃げていた。もちろん、記者にも『今、何位ですよ』と言われるのを避けるのに余念がなかった。
「まぁ、良い。メンバーはかなりの実力馬揃いだ。胸を借りるつもりでなんて言わん。ブチかましてこい。俺はお前とフォルなら勝てるって信じてるからな。もちろんバッチリ仕上げてやる」
「はいっ!」
人気のある実力馬に加え、騎手も実力者揃いだ。
「あ、エイルノワールも出るからな」
「はいっ!」
返事をした華音は馬房へと向かった。フォルチュンヌは馬房から顔を出して、雨を眺めていた。
「フォル。宝塚記念に出られるんだよ? 宝塚記念」
フォルチュンヌに言葉が分かる訳もないと思うが、華音は伝えずにはいられなかった。
「頑張ろうね。勝とうね」
華音はフォルチュンヌの鼻面を撫でてやり、宝塚記念優勝への闘志を燃やした。
✤✤✤
本来なら阪神競馬場で開催される宝塚記念だが、現在改修工事の為に京都競馬場で開催される。
新人の頃から一番多く騎乗したのが京都競馬場だった華音は、馬場チェックをしながらグルリと周囲を眺めた。
そしてまた一足一足、しっかりと馬場状態を確認して歩く。
(レースの時には雨あがってると良いな。……あれ?)
自分が思った以上に緊張していないなと思い、華音は小さく笑った。
京都競馬場 11R 第65回宝塚記念 G1 15:40発走 芝2200m
雨は降ってはいないが重馬場の状態だ。
(とにかく足元に気をつけよう)
フォルチュンヌの背に跨った華音はチラリと響太を見た。直接対決という気持ちがある二人は朝から一度も言葉を交わしていなかった。
(お互い気をつけようね、響太)
ファンファーレを聴きながら、華音はそう思っていた。そして、響太も。
ゲートが開いて、いつも通りに綺麗にゲートを出たフォルチュンヌは中団の前目に位置を取った。響太は華音より少し後につけた。
1コーナーを過ぎると縦長の展開になった。向こう正面に差しかかっても、ほぼ順位は変わらなかった。
(残り千メートル……。そろそろ動くか? 三嶋)
3コーナーの登りを過ぎ下り切った辺りで馬群が詰まってきても華音は位置をキープしていた。
(外に出さないっ⁉)
4コーナーを周って、エイルノワールだけでなく他馬も外ラチ側に進路を取った。
「フォルっ! このまま行くよっ!」
華音の声を合図にフォルチュンヌは内ラチ沿いを直進した。確かに距離のロスはないが、馬場状態は悪い。
「行けっ! あんたなら行けるっ! 前に誰もいないっ! 遠慮なく進めっ!」
フォルチュンヌがグンッと猛ダッシュをかけた。滑る芝をものともせず、フォルチュンヌは恐ろしい程の加速を見せた。
観客席から地鳴りのような歓声があがる。
外ラチに出した馬達が一塊で駆ける中、ただ一頭で走るフォルチュンヌはゴール板を一着で駆け抜けた。
「ハァ……ハァ……。フォル、やったね。優勝だよ、優勝」
ゆっくりとスピードを緩めると、華音の声に応えるようにフォルチュンヌは一度首を上げた。
走り終えたフォルチュンヌの鬣ブルブルの儀式を派手に決めた。
乱れた髪を直すような仕草はフォルチュンヌの『気持ち良く走れた』ではないかと華音は思っている。
「お疲れ様。最高だよ、フォル」
そこに響太とエイルノワールが近づいてきた。響太が笑いながら腕を伸ばす。
「三嶋。お前何てコース取りするんだよ」
「皆、外に行くって思ってたからね。ならガラガラの内は走り易いじゃない」
華音も腕を伸ばして、グータッチをする。
「全く……。むちゃくちゃだよ。お前もフォルも」
「褒めても何にも出ないからね?」
凛とした華音とフォルチュンヌを見て、負けた悔しさよりも何か違う感情が響太の胸を占めていた。
『三嶋さん。G1二勝目ですね。率直な感想をお願いします』
「本当に本当に嬉しいです。まだ足元がフワフワしてる気がしてます。もしかしたらリアルな夢を見てるんじゃないかって」
観客席から笑いと拍手がおこる。
『それにしても4コーナーを周ってからのコース取りは驚きでした。あれはいつ考えられたんですか?』
響太は嬉しそうに答える華音の姿をジッと見ていた。
(本当、完敗だよ。三嶋のあの発想と度胸、俺も見習わなきゃな。次は有馬で勝負したい)
まだまだ勉強しなきゃならない事がたくさんあると思った響太の顔は晴れやかだった。




