第三十八話 有馬記念が終わって
有馬記念のファン投票が始まった。
(フォルと出たいんだよ、有馬記念……)
華音は暇さえあればサイトを覗いていた。今もスタンドの隅の席で穴が開くほどスマホをガン見している。
「ん? 何だ、三嶋。また、スマホか?」
「響太……。だって気になるんだもん」
「分かるけど、見てたからって票は入らないぞ?」
華音はフゥと息を吐いてスマホの画面を閉じた。
それまで騎乗の情報を出すだけで、ろくにSNSなどをやっていなかった華音は詠一に言われてチェックをするようになった。そして、何度かエゴサをしてみた。
(エゴサって良い部分もあるけど、やっぱり悪意のある物を見ると気分良くないよね)
馬券を外したから書かれる悪意のある書き込みを見ると胃がキリキリする気がしてやめた。
「ノワールは結構票入ってるぽくない?」
「中間発表があるまで分からないぞ? 最終結果までもだけどな」
「うん。まだフォルはG1一つだしなぁ……」
響太とノワールはG1を二つ獲っている。SNSを見ていても有馬に出場出来るのではないかと華音は思っていた。
ポケットにスマホをしまい、ふいにざわついたほうに視線を向けた。
(あ……、鷹羽さんだ)
多くの取材陣に囲まれながらスタンドに入ってきた大先輩を見詰める。
「大名行列並の取材陣だ。有馬記念の優勝候補の鞍上だもんね」
「確かにな。てか、お前さ。俺とノワールを応援しろよ。同期だろ?」
「ははは。だね」
デビューしてから同期の数は二人減ってしまった。減量のキツさと勝てないからと引退したと聞いた。
華音は源田に紹介されたジムに通い、体重は増えてたが筋肉量の増加であり現在は四十八キログラムだ。
最低斤量四十九キログラムの馬の出走の依頼がきたら打診があるし、五十一キログラムなどでも打診がくる。
「響太は辞めないよね?」
「何だよ、唐突に」
華音はこれといって怪我をする事もなくここまでこれている。だが、響太も詠一も怪我をし休んだ事がある。
「辞めるなんて考えた事ないな。そりゃ、怪我には気をつけようと思うようになったけど」
「そっか」
華音はホッとして安心したように笑った。
「辞めた奴には辞めた奴の理由があるんだ。俺はまだ勝ちたい。お前もだろ?」
「うん。私は辞めないよ。もちろん有馬記念に勝ちたいけど、もっともっと勝ちたいんだ。もっともっと色んな馬と勝ちたいんだ」
華音の答えに、響太はニッコリと笑った。
「俺もだ。頑張って勝ちまくろうな」
「うん」
華音と響太はグータッチをした。
✤✤✤
(響太……。響太、ノワール頑張れっ!)
華音は精一杯モニターを見ながら応援をしていた。
有馬記念に出たい思いはあったが、残念ながらフォルチュンヌは出場が叶わなかった。
『響太。ノワール。応援してるからね』
出場馬が決定した後、華音は馬房まで激励をし、固い握手をした。
(響太もノワールも堂々としてて格好良いな。来年……来年こそ、あそこに行きたい。響き渡るファンファーレをフォルの背中で聴きたいんだ。何より、フォルと勝ちたいんだ)
デビューしてまだまだヒヨッコと言われる時にフォルチュンヌと出会えたのは恵まれているなんて表現では言い足りないぐらいだと思っている。
(私をG1ジョッキーにしてくれたフォルとあそこに行くんだ。絶対に)
二〇二十三年の有馬記念のゲートが開いた。
✤✤✤
「おめでとうございます」
「ありがとう。三嶋とは来年戦う事になるかな?」
ニッコリと笑う大先輩鷹羽雄太に華音は笑って頷いた。
有馬記念の祝勝会に華音は招待されていた。
きらびやかな会場にいる多くの人達の中で、何度もG1を勝ってきた鷹羽雄太の姿は輝いて見えた。
「来年こそ出たいって思ってます」
「フォルチュンヌは良い馬だよ。馬群の中でも入れ込む事なく落ち着いて三嶋の指示で動けてるしな。距離に不安があるが、古川調教師が頑張ってくれるだろう。何なら俺が乗ってやっても良いぞ?」
大先輩に茶目っ気たっぷりで言われ、華音は小さく笑った。
「残念ですけど、フォルの背中は譲りませんよ? あの子の背中は私の特等席ですから」
「ははは。昔の俺なら大丈夫かも知れないが、今の俺に暴走ヤンチャ姫の手綱はキツいかもな」
昔は気性難の馬も扱えていたが、最近はそれもきつそうだと言われている。
『稀代の天才騎手も寄る年波には勝てない』とは言われているが、それでも気難しい馬や気紛れな馬を勝たせているのだから、華音は憧れているし尊敬もしている。
(マスコミやアンチも笑顔でかわせるところも尊敬してます)
きっと内心悔しかったり、つらい思いも何度も経験してきただろう。それらを乗り越えてきたのだから、尊敬という言葉では語れない気がした。
「三嶋」
「響太。惜しかったね」
「ああ。精一杯頑張ったけど届かなかった」
響太とノワールは二着に終わっていた。
「でも、まだ来年がある」
「うん」
「来年は俺とノワールの祝勝会に呼んでやるからな」
「ふふーん。それはこっちのセリフだよ。来年は私とフォルの祝勝会に呼んであげるからね」
二人はグータッチをして、来年へと向かって歩き出した。




