第三十七話 おかえりフォルチュンヌ
フォルチュンヌの疲れはかなり溜まっていたようで、秋の気配が漂う頃にようやく帰厩した。
「フォル、おかえり」
フォルチュンヌは飼い食いが良くなり馬体重も増えふっくらしていた。
「これから絞りながら調子を上げていくぞ。次走は馬主と相談しなきゃならんがな」
「はい」
華音はフォルチュンヌの首筋をポンポンと叩いた。
「また一緒に頑張ろうね、フォル」
暫く離れていたからか、フォルチュンヌは華音が離れようとすると前掻きをして引き止める仕草をした。
「ははは。我が儘お嬢は本当に淋しかったらしいな。もう少しの間、ご機嫌を取っとけ」
「はい。そうします」
古川はそう言って大仲へ戻って行った。
「三嶋。フォルの次走は毎日王冠だ」
「毎日王冠……。千八ですか」
「距離延長だが、これを逃すならお前と馬主が走らせたいと考えてる有馬には出られん」
有馬記念は二千五百メートルだ。フォルチュンヌには未知の距離である。
「馬主は、さすがに天皇賞春は難しいと思ってるが、有馬記念に出られるなら出したいってな」
「そうですね。私がどうこう言える訳ではないのは分かってますが、距離延長していければと思ってます」
短距離馬が長距離を走れないのはスタミナの問題がある。かといって、長距離馬が短距離で勝てるかと言えばそうでもない。
馬の適性距離を見極められなければ、敗戦ばかりを積み上げてしまうし、馬にも負担がかかる。
「精一杯力を尽くすから、お前は自分を鍛えておけ。それこそ、天皇賞春を走り終えてもスキップ出来るぐらいにな」
「調教師……。天皇賞春を走った後にスキップしたら、私またネットのオモチャにされますってぇ……」
華音が何かと話題にされているのを古川は若い厩務員や調教助手達に教えてもらっていた。
華音はかなり渋い顔をしていたが、陽介は肯定的だった。
『フォルの人気でも良い。三嶋さんの人気でも良い。どちらの人気でも良いから、有馬記念で投票してもらえるなら』
(馬主……。気づいたら三嶋の有馬に出たいに感化されてないか……?)
そうは思ったが、古川もフォルチュンヌに天皇賞秋や有馬記念を勝って欲しいとは思っていた。
(世間は女の三嶋がG1を勝ったと大騒ぎしとったが、俺は調教師としてフォルの可能性に賭けてみたい……)
華音の思いと陽介の思いと古川の思いが一致した。
十月八日(日曜日)
東京競馬場 11R 第74回毎日王冠 G2 15:45発走 芝1800m
休養明けであり、距離延長となるフォルチュンヌは一番人気ではなかった。
(一番人気じゃなくてもかまわない。一番人気が勝つのが競馬じゃないんだから。大穴いくつも開けてきた私が言うんだからね)
いつの間にか華音は重賞からくる重圧を感じなくなっていた。
(どのレースも大事なレース。気持ちを引き締めていこう)
フォルチュンヌも久し振りのレースなのに入れ込む事もなく、落ち着いて堂々としていた。
ガシャン
ゲートが開き、華音は中団でも前目に位置を取った。
(前の馬……入れ込んでる……。いつダレてくるか分からないな。気をつけなきゃ)
向こう正面に入りようやく落ち着いた様子の馬は、思った以上に早くスタミナ切れをおこしたのか華音は内に入り上手くかわした。
そのまま内ラチ沿いを行っても良かったのだが、先頭を走っている馬が内に入ってしまい、追い抜きたい華音は後ろを確認した。
(よしっ!)
充分距離があると判断した華音は先頭の馬の外にフォルチュンヌを出した。
「行くよっ! フォルっ!」
その声を合図にフォルチュンヌはグングンとゴール板へと向かった。
「もう少しだよっ! フォルっ! 負けるなっ! 負けるもんかぁーっ!」
距離が伸びた分、後続馬に差を詰められはしたが、フォルチュンヌは一着でゴール板を駆け抜けた。
(うへぇ……。二百メートル増えるだけで、接戦になっちゃった……)
フォルチュンヌにとって久し振りのレースという事もあったのだろう。
「お疲れ様、フォル。ありがとうね」
フォルチュンヌは多少疲れたようたったが、ゆっくりとスピードを落とし方向転換すると気持ち良さそうにブルブルと鬣を揺らした。
「普段も綺麗だけど、思いっきり気持ち良く走れた時のあんたは本当に綺麗だよ」
華音がポンポンと首筋を叩くとフォルチュンヌは、『さぁ、帰るか』という表情をしてゆっくりとスタンド方向を向いた。
(本当、フォルは日本語分かってんじゃない? 前世は日本人だったとか? もしかして転生してきた……とかだったら面白いかも)
スタンドで歓声を送ってくれている観客達は、まさか勝利騎手の華音がそんな事を思っているとは想像もしていないだろう。
引き綱を持って出迎えてくれた担当厩務員が不思議そうな顔をしている事に華音は気づいた。
(あ……。もしかして変な事を考えてたのバレてたりする……? 響太にも考えてる事が顔に出てるって言われたよなぁー。気をつけよっと)
フォルチュンヌも何か感づいたのか、鞍を外した華音の後頭部に鼻面でコツンと喰らわせた。
フォルチュンヌに乗っている時は変な想像をしてはいけないと反省した華音だった。




