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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第三十四話 桜花賞


 山手のトレセンにも桜が咲き、桜花賞の季節がやって来た。


 心配していたフォルチュンヌの調子も上がり桜花賞に出場する事が決まっていた。


「フォル、頑張ろうね。フォルなら勝てるって、私は信じてるよ」


 フォルチュンヌは当たり前だと言わんばかりの顔で華音が持っているリンゴをショリショリと食べている。


「勝ったらリンゴ山盛りと角砂糖あげるからね」


 仲睦まじい姿をこっそりと見て古川はホッとしたようだ。


(走りたがりのフォルが調子を崩してどうなるかと思ったが、もう安心だな)


 大仲に戻ると苦笑いを浮かべた。今、古川厩舎の大仲には様々な飲み物の箱がドッサリと積み上げられている。


 数日前の出来事だ。


「月城馬主(オーナー)……。これは……?」

「陣中見舞いです。スタッフの皆さんを少しでもねぎらいたくて」


 次々と運び込まれる箱の数々に古川も厩務員達も目を白黒させていた。


(さ……さすが金持ちは違う……)


 翌日、古川厩舎の小さな冷蔵庫は撤去され真新しい冷蔵庫が設置された。


『今年も暑そうですから、皆さん熱中症には注意してくださいって事で送りました』


 突然届いた冷蔵庫の送り主が陽介だと知り電話をかけた古川に、サラリとペットボトルのジュースをおごるかのように言われて、古川が乾いた笑いしか出てなかったとフォルの担当厩務員が教えてくれた。


(フォルの未来と古川調教師(せんせい)や厩務員さん達と陽介さん。それから応援してくれる皆さんの為に今の私の精一杯目一杯で頑張る。フォルと有馬記念に出たいなら、実績と存在感が必要だもんね)


 フォルチュンヌは調教で調子とヤル気と食欲を取り戻し、馬運車に乗り込む時にはピカピカ光って見えるぐらいにツヤツヤだった。



✤✤✤



「桜花賞って良いよな。まさに花があるって感じだし」

「小園さん。少し静かにしてやってくださいよ」


 騎手控室で平常運転の小園に、源田がクイッと親指で隅の長椅子を示した。そこには距離を取って並んで座っている華音と響太の姿があった。


 華音はフォルチュンヌと出場する。響太はノワールではないが、お互いをライバルと認め合った二人が初めてG1の舞台でぶつかり合うのだ。


(確かにノワールにも勝ちたい気持ちはあるけど、私は響太に勝ちたい)

(フォルは確かに強い。俺はノワールだけじゃないってところを見せてやる)


 そこだけ空気が違うようで、小園はゴクリと息を飲んだ。


(あいつら……。マジで良い顔するようになったじゃねぇかよ)


 馬に跨る前から駄目なんじゃないかと卑屈になっている訳じゃない。ピリピリと気合いが入り過ぎている訳でもない。


(こぇー奴等だな。本当に若手かよ)


 既にベテランと呼ばれるようになった小園は、将来有望な若手が二人も現れた事が嬉しかった。




 阪神競馬場 11R 第83回桜花賞 G1 15:40発走 芝1600m


 晴れ渡る空、咲き誇る桜。沸き上がる歓声と響き渡るファンファーレ。


 華音も響太も落ち着いていた。もちろん源田と小園が落ち着いていない訳がない。


 ファンファーレが鳴り響き、それぞれの思いとたくさんの人達の願いを背に馬達はゆっくりとゲートに入っていく。


 ガシャン


 ゲートが開き、綺麗なスタートが切られた。左手に桜を見ながらの先行争いが繰り広げられる中、華音はいつも通り中団に位置を取った。


 響太と小園も中団で、源田は後方だ。


 3コーナーを周り、4コーナーを過ぎても華音も響太も中団のままだった。


(前は源田さんの後を追って開いた隙間をぬって馬群を抜けたけど、今回は源田さんは後方だ……。三嶋、どうする?)


 華音と響太は、ほぼほぼ横並びで走っていたが、直線コースに入った瞬間、華音が馬群の外目に出た。


 響太もほぼ同じタイミングで外目に出した。


(腹が立つぐらいの凄い判断だよ、三嶋っ!)


 ゴウゴウと唸るような風の音と、馬達のひずめがガッガッガッと土と芝を蹴り上げる音がする。


 そして耳に聞こえて来たのは華音の声だった。


「フォルっ! 行くよっ!」


 その声を合図にフォルチュンヌがグンッと前に出た。


 響太も鞭を入れラストスパートをかけた。背後から凄い蹄の音が近づいてくる。


「行けっ! 行けっ! フォルっ! 勝つんだっ! 絶対に勝つんだぁーっ!」


 スタンドからは地鳴りのような歓声が上がる。


 ゴールまで二百メートル。


 華音と響太。そして後方待機していた源田が並んでいる。


「負けるもんかぁーっ! フォルっ! あんたの力を見せてやれぇーっ!」

(クソっ! これ以上はもたないか? いやっ!)


 抜きつ抜かれつで三頭並んでゴール板を駆け抜けた。




「ふぇ……。千六でこんなに疲れたら、天皇賞の春なんて走ったら次の日歩けないよ……。ね、フォル」


 ゆっくりとスピードを落としながらフォルチュンヌに話しかける。


 三つ編みにしてあるフォルチュンヌのたてがみがキラキラと揺れる。


 ゆっくりと撫でてやるとフォルチュンヌはようやく立ち止まった。


「三嶋。お前、どれだけ俺に苦戦させるつもりだ?」

「あの……」


 源田は着順が分かっただろうかと、華音は口を開きかけた。


「おめでとう。初G1制覇だな」


 時が止まった。尊敬する先輩が口にした言葉が魔法のように華音の体を停止させた。


「三嶋」

「きょ……響太……。今、源田さんが……初G1制覇って……」

「は? 何言ってんだよ。一着はお前とフォルだぞ?」


 声をかけてきた響太も笑って言っている。


(え……? フォルと……G1獲れた……? 本当に……?)

「ほら、固まってないで戻るぞ」


 響太と源田に先導されてゆっくりとスタンドのほうへ向かう。スタンドに近づくにつれ、割れんばかりの拍手と歓声が耳に届く。


「スゲーぞ、フォルチュンヌー」

「おめでとうー」

「格好良かったぞぉー」

「三嶋ぁー」


 まるで雲の上を歩いているようなフワフワした気持ちだった。


「あ……、ありがとうーっ!」


 今にも滲んできそうになる涙を堪えて、観客席に手を振りながら答えた。


 カンカン場で古川が笑って待っていてくれた。フォルから下りた華音を見る目が潤んでいる。


「よくやったぞ、三嶋」

「はい、調教師せんせい


 華音の声が震えた。古川の声も震えていた。




 ウィナーズサークルでフォルチュンヌと撮った初G1の口取り写真はパネルにして華音の部屋と古川厩舎の大仲とに飾られる事になった。そして陽介の社長室には、更に大きな物が飾られる事になっている。


(次は有馬記念のを飾らせてくださいよ? 三嶋さん)


 取材陣に囲まれてインタビューを受けている華音の姿に陽介は満足していた。







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