第三十三話 存在を示すんだ
有馬記念を真剣に見ている華音には、誰も声がかけられないオーラが漂っていた。
(ううう……。あそこに行きたい……。レースに出られない上に、どうして私は阪神にいるんだろう……)
阪神での騎乗依頼があったからなのだが、せめて中山競馬場にいたかったと思ってしまう。
モニターの中では、激しいレースが繰り広げられている。
(来年は……フォルと行けないかな……?)
小園に聞かれたら『甘い。有馬記念を舐めるな』と言われるだろうかと想像した。
源田なら『俺の背中を拝んでおけ』と言われるだろうか?
(それでも、私は有馬記念で勝ちたい。私だけのダイワスカーレットのフォルと勝ちたい)
先頭の馬がゴール板を駆け抜け、大歓声が沸き上がる。二〇二十二年の有馬記念が無事に終わった。
華音は来年の有馬記念こそと思い拳を握り締めた。
✤✤✤
二〇二十三年一月三日
古川厩舎の大仲で華音はフォルチュンヌの次走を告げられた。
「次走は中山での京成杯だ。鞍上は言わずとも分かるな?」
「はい。精一杯頑張ります」
ジュベナイルフィリーズから約一ヶ月だが、フォルチュンヌの疲れもなくいけるとの判断だ。
「その次はデイリー杯クイーンカップを考えてる。もちろん、フォルの様子次第だがな。心積もりはしておけよ」
「はい」
京成杯は有馬記念が開催される競馬場だ。そして、デイリー杯は東京競馬場である。
(フォルと有馬記念に出たいなら、中山はしっかりと攻略しないとな)
馬によって芝が良い、ダートが良いとあるように、右回りが良い、左回りが良いという事がある。
競馬場に合わせての乗り方をしなきゃいけない。
(ま、こいつは器用だから大丈夫だよな。本当、いつの間にこんなに成長したんだか)
初めて華音を見た時の痩せっぽちな女の子と思ったのが遠い昔のようだと古川は思った。
今の華音なら任せられると古川は心底思っていた。陽介は日々注目され取材が増えてきていた華音とフォルチュンヌとのコンビの記事を読んでホクホク顔だった。
(古川調教師と僕だけが見抜いていた三嶋さんの騎手としての才能……。自分のところの馬を優先してもらえなくなって、他の調教師達はさぞ悔しいだろうな。三嶋さんに乗ってもらえば、馬の才能も開花していただろうに)
かなり前から陽介は自宅の最寄りの京都競馬場だけでなく、所有馬が出る競馬場だけでなく他の競馬場へ出向き騎手の騎乗スタイルを見たり、早朝からトレセンに行って調教を見ていた。
何人も何人も見ていて、お眼鏡に叶ったのはほんの数人だけ。
その中でひたむきに打ち込んでいながら、才能を発揮し切れていない華音を見つけた。
(今更、他の馬主にフォルの騎乗させたい三嶋さんを譲るつもりなんてサラサラない。三嶋さん、頑張ってよ。有馬記念に行って欲しいから)
陽介も華音の有馬記念への思いに感化されていた。
(フォルは早い内に繁殖に上げたいから、今年か……来年にさ)
フォルチュンヌの引退の時期は、まだ華音には言えていない。華音の燃えたぎるような有馬記念への闘志に水を差したくないからだった。
✤✤✤
「そっか。もうフォルは重賞がメインなんだな」
「ノワールだってそうでしょ?」
「まぁな」
華音と響太はスタンドの隅でストーブにあたって暖をとっている。
「その内、フォルとノワールの直接対決あるよね?」
「何だ? わざわざ負けたいのか?」
「残念でした。フォルが勝つもんね」
負けん気が強い華音とフォルチュンヌは似ているなぁと響太は思ったが、さすがに口にはしなかった。
「まぁ、他のレースでは三嶋の背中を見せられてるから、ノワールに乗ったら俺の背中見せてやる」
「良いよ。レースの最中だけなら、響太の背中見ててあげる。でも、ゴール板は一番に抜けさせてもらうから」
「おぉー。言うじゃないか」
二人でケラケラと笑い合ってはいるが、レースに出ればライバルだ。華音も響太もお互いをライバルと認識している。
響太が初めて天皇賞・秋に出る前のインタビューではっきり口にしたのだ。
『たくさんの上手い先輩がいます。ライバルなんて烏滸がましくて言えません。あえて言うなら三嶋華音がライバルだと思っています。三嶋華音とフォルチュンヌのコンビと戦ってみたいですね』
おかげで華音は、数日間記者達に追い回されそうになり、かくれんぼをしているかのようにコソコソしなければならなかった。
詠一は『響太のライバルは華音だよな。俺にとっては二人はライバルというより目標だ。二歩も三歩も遅れを取ってるけど、いつか二人の隣に並んでみせるから待ってろよ』と笑っていた。
三人で忘年会をしようと食事に行った時にお互いの目標を語った。そんな事を口にする詠一をらしいと華音も響太も思った。
「俺、華音より先に有馬記念をノワールで獲ってやろうかな」
「ああー。ヤダヤダ。響太がそう言うと本当に獲りそうで嫌なんだけどっ!」
「ふふん。嫌ならフォルも今年の年末までに存在を示さなきゃな」
有馬記念のファン投票は十一月の半ばからだ。それまでにG1を一つでも獲りたいなと華音は思っていた。
(存在感……。存在感……。G1だけじゃなく、重賞は落とせないよね。勝って勝ってフォルと有馬記念に行くんだ)
✤✤✤
華音が思い描いたように、フォルチュンヌは一月十五日のG3京成杯と二月十一日のG3デイリー杯クイーンカップを危なげなく勝利した。
その後、古川から次走を聞いてはいたが、飼い葉の食いが悪いという事で見送りになった。
「フォル。疲れちゃったの?」
華音が馬房にいくとフォルチュンヌは甘えてはくるが、やはり毛艶がイマイチな気がした。
「しばらくゆっくりして、春から頑張ろうね。私、それまでにいっぱい勝って勝って勝ちまくっておくからね」
華音はフォルチュンヌの鼻面や首筋を撫でてやり、実績を積む約束をした。




