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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第三十二話 SNSで


 「三嶋」


 華音が調教終わりに声をかけられ、振り返った先に立っていたのは源田だった。


「源田さん。お疲れ様です」

「おう。お前、鼻の頭が真っ赤だぞ?」

「うへぇ。今日、寒い上に調教が多くて」


 そう言って華音は両手で鼻を隠した。


 トレセンは坂の上にある上に周りは山々が多く、たまに雪が積もるような場所だ。早朝から調教をしていると、寒さで肌荒れがする。


「調教を頼まれるのは良い事だぞ? 雑な乗り方をする奴に頼む調教師せんせいなんていないんだからな?」

「はい」


 並んでゆっくりと歩いてスタンドへ向かう。


「それにしても冷えるな。うどん食うか? おごってやるぞ」

「え? 良いんですか?」

「ああ」


 しばらく無言で歩いていると、源田がふいに立ち止まった。それに気づいた華音も足を止め源田を見上げた。


「お前、本当に成長したよな」

「あ……、はい。ありがとうございます」


 ジュベナイルフィリーズの事を言っているのだと華音は気づいた。



✤✤✤



(あ……。ああ……)


 長い長い写真判定の結果、掲示板の一番上に点ったのは源田の馬番だった。


 確定ランプが徐々に滲んで歪んでくる。


(負けたんだ……。フォル頑張ってくれたのに……。負けたんだ……)


 源田が誇らしげにウイニングランをしているのを見ていたが、ずっと見ていられる訳もなく、華音はフォルと共に引き上げた。


(良い調子だったのに……。フォルは一生懸命走ってくれたのに……)


 胸が何かで突き刺されたようにズキズキと痛んだ。


(この痛みは何……? 悔しさ? 申し訳なさ? まだまだ足りない何かが私を責めてる……)


「三嶋、よくやったぞ」


 古川の声で顔を上げる。隣には陽介が笑って立っていた。


「私……私……」


 これ以上言葉を発すれば泣いてしまうと思い、フォルチュンヌの背中から降りて鞍を外して後検量へ向かう。


 顔を洗っているとタオルが差し出された。


「月城馬主(オーナー)……」

「ありがとう、三嶋さん」

「え? でも……」

「初めてのG1でハナ差三センチだったんですよ? 相手は源田さんですよ? 凄いじゃないですか。確かに悔しいですが、ね」


 陽介は満面の笑みで華音の肩に手を乗せた。


「競馬に準優勝はありません。でも、僕はあなたとフォルチュンヌ褒めます。立派でしたよ」

「ありがとうございます」


 本当なら『次頑張ります』と、言葉にしたかった。グッと唇を噛み締めた華音に、陽介はさも当たり前のように言った。


「古川調教師(せんせい)と次走について話さないとですね。体調管理はしっかりしておいてくださいよ?」

(体調管理……? え?)


 それは『次走も鞍上は三嶋華音で』という意味だろう。陽介は手を挙げて古川のほうに向かって行った。



✤✤✤



「源田さん……。ネギ盛り過ぎでは……?」

「何言ってるんだ。ネギは風邪予防が出来るんだぞ?」


 源田に『座って待ってろ』と言われた華音が先輩に給仕させるのは申し訳ないと思って恐縮しながら待っていると、目の前におかれたのは山盛りのネギが乗った丼だった。


「いや……、それは聞いた事ありますけど……。ちなみにこれ、何うどんなんですか?」

「キツネうどんだ。ネギの下に揚げが埋まってる」


 源田は向かいに座ると普通のキツネうどんをすすり始めた。


(うう……。こぼさないように食べないと)


 華音は丼の端っこからネギを汁に沈めながら、ソロソロと食べ始めた。


 冷えた体がゆっくりと温まっていく。


「お前さ」


 華音が半分ほどうどんを食べた頃、源田がボソリと口を開いた。華音が箸を止めて源田を見る。


「本当、成長したな。今まで、あんなに俺を最後まで徹底マークしてきた奴はいなかったぞ? 大抵、どっかで諦めるかついて来られなくなるんだ」


 源田はゴクリとお茶を飲んだ。


「馬の力を過信していたり、仕掛けのタイミングが合わなかったりしてな。そもそも馬の走り方はそれぞれなんだ。それを見誤ってついてこようとしても無理がある」


 華音は源田の一言一句を逃すまいとしながらも頷いた。


「お前は完璧だった。ただほんの少しの差が出ただけだ。こんな事を言うのは変だって分かってるがあえて言う。次、同じように走ったら、俺が負けるかも知れんぐらいだと俺は思う。自信を持て。自信過剰にならない程度で」


 源田の真剣な真剣な目と言葉に、華音は深く深く頷いた。


「ありがとうございます。自分を見失わない程度に自信持ちます」

「そうしろ。だが、次も俺が勝つからな」

「次は私が勝ちますよ。覚悟しててくださいね」


 一気に優しい顔になった源田に華音も笑って返した。


「あーあ。俺にもそれぐらい可愛い返しをしてくれたら良いのに」


 華音の後ろからヌボーっと現れたのは小園だった。


 華音が苦虫を噛み潰したような顔になり、源田が横を向いて吹き出した。


「源田。お前もクソ生意気」

「すみません。小園せ・ん・ぱ・い」

「クゥーっ! 俺よりリーディング上位だからってっ!」

「抜かしていただいても良いんですよ? 後開催日は五日しかないですけど」


 噛みつきまくる小園と満面の笑みで慇懃無礼を働く源田が絡むと話は長くなる。


 それを嫌という程知っている華音は相手をしているとうどんが冷めると思い食べるのを再開した。


(何でこの二人、全くの逆の性格してるのに仲が良いんだろなぁー)


 ネギが山をなさなくなりうどんに絡みついているのを楽しみながらチュルチュルと食べる。源田と小園のジャレ合いをBGMに。


(これ食べ終わったら何しようか? 今日はジムないしなぁー)


 そんな事を考えていると、響太と詠一がスタンドに入って来た。


「三嶋、ここにいたのか」

「華音。またうどん食ってる」


 二人は源田と小園に頭を下げて空いてる椅子に座った。


「華音。これ見たか?」

「ん? SNSか?」


 華音と小園が詠一の手元を覗き込む。そこには華音の画像やフォルチュンヌの画像とコメントがあった。


『三嶋華音とフォルチュンヌのコンビ最高』


『フォルチュンヌってかっこ可愛いよな』


『フォルチュンヌって陽がさしている時には金髪美人って感じに見えるよ』


 源田も覗き込んで笑っている。


「へぇー。良い反応だな」

「この三嶋とフォルチュンヌ、ポスターみたいだな。こうやって世間の評判が上がるのは良い事だぞ」


 小園はうんうんと頷いて笑いながら華音を見た。


(私の事を競馬ファンの人達がこんな風に……。嬉しいな)


 何よりも嬉しかったのは『次こそG1を獲れよ』といった励ましが多かった事だ。


 華音は嬉しさを噛み締めた。







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― 新着の感想 ―
いいですね! 前にもコメントしましたが、私は競馬についてまったく無知なので重賞とかG1とかいわれてもさっぱりわかりません。 ですが、どんどん上に進んでいるのであろうことはよくわかります。 一気に最新…
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