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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第二十九話 ご褒美の上にご褒美


 華音が初重賞を獲ってから一番最初にしたのはフォルチュンヌへのご褒美としてリンゴと青草の購入だった。


 その後、厩舎スタッフ達に勝祝として飲み物を箱買いして大仲に積み上げた。


 そして、自分へのご褒美は何をしようかと考えた。


「んー。やっぱり……これだよね」


 スタンドの隅に座りスマホをポチポチと操作をする。


(これ欲しかったんだよね。移動費用とか、諸々の事を考えてなるべく贅沢しないようにしてたけど。G2の賞金あるから楽々買えちゃう)


 騎手の競馬場への移動する交通費は自腹である。その為にある程度の金額を手元に置いておかないといけないのだ。


 それは新人や若手であっても、ベテランでも変わりはない。


「三嶋。何見てるんだ? ああー。成る程」

「通販サ……ええっ⁉」

「あ、響太。詠一」


 二人は華音の手にしているスマホ画面を覗き込んでいた。響太はニッと笑ったが、詠一はゴクリと息を飲んで、華音のスマホ画面を指差した。


 そこに映されていたのは『ONZO』の文字だ。


「つ……ついに買うのか……? 『ONZO』のジーンズ……』

「うん。響太も買ったじゃない。詠一はまだ悩み中だっけ?」

「悩み中ってかマジ欲しいって思ってんだよ……」


 響太は華音の前の椅子に腰かけた。詠一は立ち尽くしている。


「俺は何度も詠一には言ったぞ? 買ったほうが良いって。普通のジーンズを買うのと値段変わんないんだぞ? てか下手なジーンズより安いし、調教が楽なんだからお得だからな」

「ねぇねぇ、響太。使用者として聞かせてよ。どんな感じ?」

「マジで最高」


 響太はドヤ顔で親指を立てた。


「やっぱり? 先輩達にもリサーチしたんだよ。そしたらね、『動きやすい』とか『騎乗姿勢とりやすい』とか聞いたんだよね」

「そうなんだよな。マジで乗りやすいんだぜ。騎乗姿勢が楽ってのはマジのマジ、大マジ」

「よし、買っちゃう。憧れのONZOのジーンズ」


 華音はうんうんと頷いて、購入画面を表示した。


「えっと……洗濯とかの事を考えて……よし、購入ー」

「うわぁ……。一気に三本も買うのかよ」

「だって夏場は汗かくじゃない? 洗濯して乾かないのを履くのも嫌だしね」


 華音がウキウキした顔で言うと、詠一が握った拳をプルプルさせた。


「俺もっ! 俺も買うっ! 響太と華音が履くなら俺も履きたいっ!」

「詠一……。子供みたいだよ?」

「買えよ。今直ぐ注文しろ。届くまでに日数かかるんだから」


 詠一はコクコクと頷いて、ポケットからスマホを取り出してポチポチやりだした。


 華音と響太は、そんな詠一の姿を微笑ましく見ていた。


「ん? ああ、三嶋。ここにいたのか」

「あ、古川調教師(せんせい)。何かありました?」


 スタンドに入って来た古川は華音を見つけるとスタスタと近寄って来た。


「どうしたんで……」

「三嶋っ!」


 どうしたのかと問おうとした華音の両肩をガシッと掴んだ古川は、満面の笑みを浮かべた。


「フォルの次走、馬主オーナーと話して決めたぞ。十二月十一日の阪神ジュベナイルフィリーズだ。お前は継続騎乗だ」

「ジュベナイル……フィリーズ……? ジュベナイルフィリーズっ⁉」


 驚いて立ち上がった華音だったが一瞬にしてフリーズした。まさに瞬間冷凍という感じで固まり、その後ズルズルと腰が抜けたようにヘナヘナと座り込んだ。


「お……おい、三嶋。大丈夫か?」

「せ……せん……せい……。ほ……本当……ですか……?」


 ヘタリ込んだ華音は古川を見上げた。


「ああ、本当だ。お前の初G1だぞ」


 響太と詠一はヘタリ込んだ華音の肩を揺さぶった。


「やったな、三嶋っ! G1だぞ、G1っ!」

「華音っ! G1に出られるんだぞ?」


 華音はギュッと太ももに置いた両の拳を握り締めた。


(私と……フォルが……G1に……? そりゃ、フォルの成績と賞金額だと当然だと言えば当然……なんだけど……。私がG1に……)


 いつかはと思っていた。思ってはいたけれど、現実となればこんなにも動揺してしまうものなのかと思い、震える手を見詰めた。


 手入れはしていても砂や手綱を握っている所為で荒れていて女の子らしくない手が震えている。


「私……G1に出られるんだ……。フォルと一緒に……」

「そうだ。もう一度言うぞ? 鞍上はお前だって馬主オーナーが言い切ってる。乗り替わじゃなく、お前だ」


 古川が華音の前に膝をつきゴツゴツとした無骨な手で肩をポンポンと叩く。


「フォルの調整は任せろ。必ず良い状態に仕上げてやる。お前は体調を整えておけ」

「は……はい。調教師せんせい


 古川はニッと笑ってスタンドから立ち去った。まだ床に座り込んだ華音を残して。


「おい、三嶋。大丈夫か? 立てるか?」

「う……うん」


 響太の手を借りて立ち上がった華音は、まだ信じられないといった顔だった。


「てかお前さ、フォルの成績ならジュベナイルフィリーズいけるって思ってなかったのか?」

「え? いや、そんな事はないよ? ただ……」

「乗り替わだって思ってた……とかか?」

「う……うん。正直思ってた……」


 何度『乗り替わりはしない』と言われても、本当にずっとフォルチュンヌの鞍上でいられると思ってはいなかった。


「自信を持てって。フォルの背中はお前だけのものだ」

「うん。ありがとう、響太」

「そうだぞ。あの我が儘暴走ヤンチャ姫を制御できるのは華音だけだぞ。俺」

「詠一っ! 我が儘暴走ヤンチャ姫って何よぉーっ!」


 詠一は走って逃げ出した。


「馬鹿な奴……。何で三嶋の目の前で言うかなぁー」

「え? マジでフォルって我が儘暴走ヤンチャ姫って言われてんの……?」

「三嶋が知らないほうがビックリだぞ?」


 響太が言うにはフォルチュンヌはヘイキューブが嫌いで青草が好き。調教終わりに飲む水は綺麗に洗った桶に汲みたてじゃないと桶を蹴る。オヤツはリンゴで人参だとそっぽを向く。


「暴走ってのは、攻め専さんを振り落としそうになるぐらいに爆走して、腕が千切れるかと思ったって言わせたとか」

「フォルが……? マジで……? 私の前ではそんな素振り見せないけど……」


 華音はフォルチュンヌの事を本当に大人しく言う事をきく良い子だと思っていた。


「ふむふむ。なら、我が儘暴走ヤンチャ猫かぶり姫って事だな」

「更に酷くなってるぅ……」


 フォルチュンヌとG1に出られるのは嬉しいが、フォルチュンヌの違う面を聞かされて目眩がする華音だった。






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