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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第二十八話 フォルチュンヌ初重賞へ


 華音とフォルチュンヌは二走目も危なげ無く勝利した。


「三嶋。次走は十一月十二日のデイリー杯だからな」

「デイリー杯二歳ステークス……。それって……」


 古川から告げられたのは重賞G2への出走だった。


「そうだ。G2だ。今のフォルならいけると思っとる。お前には荷が重いとかは言わん。思ってもないからな。あいつの背中はお前の指定席だ。馬主オーナーも鞍上はお前だと言っとるからな」

「はい」


 古川にも陽介にも競馬新聞の記者から取材があった。フォルチュンヌの鞍上を変えるのかという質問が殆どだった。


 その話はもちろん華音の耳にも入っていた。


(良い馬の鞍上はベテランとかに行くのは当たり前だもんね。良い馬の鞍上は良い騎手って)


 華音も何度も経験してきている事だ。


 斤量が優遇されているからと、女性騎手や見習いの減量特典を活用して新馬戦や未勝利から勝ち上がり、後はベテランへ乗り替わる。


 切なさはあったが、自分のお手馬に出来るだけの実績も実力もないと諦めていた。


(重賞になると馬質が良い強い子がいっぱいだもんね。もし……もしフォルがG1に出られるようになったら乗り替わりあるのかな……。私、ずっとフォルに乗らせてもらえるって思ってるけど……)


 フォルチュンヌが二勝してから、何度も何度もそんな事が頭をよぎった。


 馬主オーナーである陽介は『フォルチュンヌの鞍上は三嶋華音』と言ってくれたが、確約がある訳ではない。


(下手な乗り方したら切られても文句は言えないもんね……。よしっ! とりあえずジム行ってこようっと。頑張るぞぉー)


 華音は張り切ってジムに向かった。



✤✤✤



 新馬戦、二戦目とフォルチュンヌは圧勝したが、世間の評価は『さすがに重賞では駄目じゃないか』というのが大半だった。


 華音の心に火を着けたのは『やっぱり勝ち上がってきた牡馬には勝てないだろう』という評価だ。


「牝馬だってやれるってところを見せてらろうじゃないっ! 私のフォルは、そんじょそこらの牡馬になんて負けないんだからねっ!」


 スタンドでうどんを食べていた華音はスクッと立ち上がり割り箸を手にして声高らかに叫んだ。


 華音の突然の言動に響太と詠一は向かいの席でヒソヒソと囁きあった。


「おい、詠一。三嶋がうどんで酔っ払ってるぞ」

「響太、何とかしろよぉ……」

「いやいや。こういう時こそ詠一の出番だろ?」

「何でだよ。ムチャ言うなって。俺、酔っ払いは苦手なんだよ」


 フンッと鼻息荒くいう華音が小学生の頃の事を二人に話したのはつい最近だ。


 小学生の頃、華音に意地悪をしていた男の子の中の一人から手紙ファンレターが届いたらしく、華音はブチ切れたのだ。


 『今更謝罪とかふざけんなぁーっ! ウザいっ! ウザいっ!』


 大仲で途中まで読んで破り捨てた華音の怒りように、百戦錬磨の古川がビビっていたぐらいだと厩務員達が噂をしていた。


 メラメラと炎が見える程に怒り狂っていた華音が通りすがりの響太と詠一を捕まえて、ガルガルとまくし立てようやく華音の怒りは収まった。


 話を聞いた響太達は面食らったが成る程と納得した。


(だから三嶋は男だからとか、女だからとかって事に敏感になったんだよな。気持ちは分かるけど……。この怒りようじゃ和解なんて無理ゲーだろ)

(あー。小学生男子にあるヤツか。けどさ、小学生卒業した後とかならまだしも、賞金をそれなり稼ぐようになった華音に擦り寄るとか、金目当てだって思われるって想像力ないのかよ……)


 響太と詠一は華音に初めて声をかけた時に腰が引けて見えたのは勘違いではなかったのかと思った。


(まぁ、その時の怒りが三嶋の成長のエネルギーになってんだよな。先輩達がいるスタンドで叫ぶのはどうとは思うけど)


 響太は苦笑いを浮かべながら華音を見ている。


 叫んだら気が済んだのか、華音はストンと椅子に腰かけてフゥーと息を吐いた。


「なぁ、三嶋」

「ん? 何?」

「俺、フォルなら勝てるって思ってるからな?」


 響太の言葉に華音は小さく笑って頷いた。


「牡馬とか、牝馬とかじゃなく、フォルは強い。俺は真剣に本気で思ってる。正直、ノワールと同じ馬齢じゃなくて良かったって思うぐらいに」

「響太……。ありがとう」


 実際、まだフォルチュンヌとエイルノワールは同じレースで走った事はない。だがこの先、同じレースに出る事があるとは思っている。


「とにかく、私はフォルと勝つよ。初重賞をフォルと獲るんだ」


 機嫌を直した華音はすっかり冷めてしまったうどんを再び食べ始めた。



✤✤✤



 十一月十二日(土曜日)


 阪神競馬場で開催されたデイリー杯二歳ステークス。


 十頭立ての九頭が牡馬という状況で、フォルチュンヌは新馬戦と同じように快勝した。


(私……。私……)


 華音は空をグッと見上げた。


(勝てた……。初めて重賞を……)


 華音はフォルチュンヌの首筋に顔を押し付けた。


「ありがとう……。ありがとう、フォル。フォルは最高の相棒パートナーだよ」


 じんわりと浮かんで来そうになる涙をグッと堪えてスタンドのほうにフォルチュンヌと戻った。


 新馬戦の時以上の歓声と祝福に再び涙が滲みそうになるが必死に我慢をした。


 古川も陽介も本当に嬉しそうで、華音の胸はいっぱいになった。鞍を外す手が震える。


 後検量を終えた華音を二人は黙ってハグをしてくれた。言葉はなくとも、どれだけ喜んでくれているのかが伝わってきた。


調教師せんせい馬主オーナー……)


 口取りでレイを掛けられて誇らしげなフォルチュンヌと満面の笑みを浮かべた陽介を見ても、華音の手はまだ震えていた。


 『重賞初勝利』と書かれたプラカードを源田が持ってくれた。華音は恐縮しまくったが、源田はにこやかに笑う。


「ほら、堂々としろ。お前の努力が実を結んだんだぞ?」

「はい……。ありがとうございます」


 観客席からの温かい拍手と祝福に華音は必死で声の震えを押さえていた。


『応援ありがとうごさいました。最高の状態に仕上げてくれた調教師せんせいや厩務員さんに感謝しています。これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします』


 深々と頭を下げた華音に再び大きな拍手が湧いた。


 その観客の中に父の博則と母の朱音が居て涙ぐんでいた事を華音は知る由もなかった。








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