第二十七話 フォルチュンヌのデビュー戦
九月十七日(土曜日)
中京競馬場5R 芝1200m
(凄い曇ってるなぁ……。雨降らないと良いけど。変な降り方したら蒸し暑くなるもん。暑さに弱い馬の体にはつらいかも知れない……)
華音はまだまだ残暑酷しいパドックを見ていた。ミストなどで対策はしているが、それでも暑さにヤられる馬が出ている事は確かだ。
『夏の中京はヤバいぞ』
デビューしてから何人もの先輩達から言われてきた。人も馬も熱中症に注意しなければならない。
(フォルの体調の変化には気をつけなきゃ)
騎乗号令がかかり、華音はスゥーと息を吸い込んでパドックへと向かった。
トクントクン
ゲートに入る前の輪乗りをしている時も、今までと違う緊張感がある。
フォルチュンヌの頭の良い馬だった。教えられた事はきちんと出来るし、指示を理解して走る事が出来た。
追い切りをした時から華音は胸の高鳴りを押さえられなかったのだ。
今も落ち着いた様子で歩いている。
「頑張ろうね、フォル。フォルなら大丈夫だって信じてるよ。帰ったら一緒にリンゴ食べようね」
三つ編みの鬣を撫でてやると、フォルチュンヌは凛とした顔でゲートに入った。
初出走の馬達ばかりで落ち着くのに時間がかかったが、ゲートが開いてフォルチュンヌはスッとスタートを切った。
(やっぱり……三嶋ってスタート上手いよな……)
響太はモニターをジッと見ていた。
(どんな馬でも出遅れさせないって技術だよな。どうやってタイミング計ってるんだろう……)
モニターの中でフォルチュンヌは中団後方にいた。馬群の中で前を見据えるようにしていたはずなのに、4コーナーの手前で気がつけば華音の姿ははっきり分かる外側につけていた。
(大外をブン回すつもりか?)
ロスのある大外なのに、フォルチュンヌは楽々と前に前にと順位を上げ始めている。
最終のコーナーを周り馬群がバラけた瞬間だった。
(え?)
響太はゴクリと息を飲んだ。
フォルチュンヌが一気にグンッと前に出た。先行馬の馬に並んだ瞬間にかわし、あっという間に先頭に立ち、後続馬をこれでもかと引き離しにかかった。
(う……嘘だろ……? 第二エンジン点火みたいな……。それに三嶋……、鞭使ってたか……?)
手綱を緩めたのは分かるが、華音は鞭を使うことなく、フォルチュンヌは単独で直線コースを風を切り駆けている。
観客席から大歓声が湧く。新馬戦とは思えないぐらいの歓声が競馬場内に響き渡った。
フォルチュンヌは一頭で悠々とゴール板を駆け抜けた。
「フォル、お疲れ。良い走りだったよ」
華音は相棒の首筋をポンポンと叩いてやる。フォルチュンヌはゆっくりと立ち止まると、首を左右に振った。綺麗な鬣が揺れて光っている。
「さぁ、帰ろうね。調教師も陽介さんも喜んでくれるよ」
フォルチュンヌはゆっくりと走り出した。スタンドに近づくとスタンドの観客から声がかかる。
「スゲェーぞ、三嶋ぁー」
「おめでとうー」
「圧勝だなぁー」
華音がニッコリと笑って右手を挙げると拍手が起きた。
(新馬戦じゃないみたいだね、フォル)
古川と陽介が立っているのが見えた。二人共、満面の笑みを浮かべている。
鞍を外し後検量を終えると、源田と小園が髪がクシャクシャになるぐらいに華音を撫でる。
「良い競馬だったぞ。良かったな」
「はい。今私に出来る精一杯で頑張りました」
「お前、やるじゃないか。さすが俺の一番弟子だな」
「誰が小園さんの一番弟子なんですか。嫌です」
「おまっ! 源田には可愛いのに俺には生意気だなっ!」
華音は頬を膨らませ、小園はプリプリと文句を言い、源田は必死で笑いを堪えていた。
華音とフォルチュンヌの快勝に新聞記者達も騒ぎ立てていた。
(フォルの事を訊きたいんだろうし、インタビューとかは調教師と陽介さんに任せようっと)
華音は隙をついてその場を後にした。
✤✤✤
翌週の火曜日、陽介は子供のような笑顔を浮かべて古川厩舎の馬房を訪れていた。
「三嶋さん。本当に良い競馬でした。ありがとう」
「褒めるならフォルを目一杯褒めてやってください」
「もちろんです。フォルの好きなリンゴを一箱でも二箱でも買って差し入れしなくては」
「さすがにそれは……」
馬主になれるぐらいに財力がある陽介ならトラックに山積みしそうな気がした。
当のフォルチュンヌはレースの疲れもなく飼い葉を完食していた。
陽介は目を細めながらフォルチュンヌを見詰めている。
「次のレースも頼みますよ、三嶋さん」
「はい」
「古川調教師と相談して次走を決めなきゃな」
初めて会った時の姿からは想像出来ないぐらいにウキウキとしている陽介は大仲に向かって行った。
「大人っぽいのは真剣な話をしてる時だけだったんだね。ねぇ、フォル」
華音が手を伸ばすと、フォルチュンヌは鼻を押し付けてきた。華音は鼻面を撫でた後ギュッと抱き締めた。
(今まで味わった事がない緊張感と興奮と爽快感だった……。本当にありがとう、フォル)
目を閉じるとありありと浮かんでくるのは掲示板に表示されていた『大』の文字だ。
(凄い気持ち良かった……。この先も、ずっとフォルで勝って行きたい……。フォルとならやれるよね? 頑張ろうね。最高の相棒だよ)
グリグリグリ
フォルチュンヌは華音の顔に鼻面を押しつけてくる。
「ちょっとフォル。撫でてあげるからぁー」
きっと大仲では古川と陽介が次走について話しているだろう。
(どんなレースでもフォルとなら大丈夫な気がする)
華音は疲れを感じさせずにいる頼もしいフォルチュンヌを目一杯甘えさせていた。




