第二十六 本当の意味でのライバル
響太とエイルノワールのデビュー戦は八馬身差の圧勝だった。
(凄い綺麗で伸びやかな足さばき……。初めて会った時に新馬とは思えない落ち着いた子だなって思ったけど、レースでもしっかり競馬出来てる子だなぁ……)
調教師と厩務員の馬を作る腕が良いと思うし、何より響太と手が合ってると思う。
(強いのは認める。ただ、買ったばかりのパーカーを駄目にされた恨みは忘れてないからね? 響太が新しいのを買ってくれたけど)
ブツクサと文句を一通りいうと、育成牧場にいるフォルチュンヌの事を思い出す。
フォルチュンヌがデビューするまではまだ越えなくてはならないハードルがいくつもある。
(月城さんは私に乗って欲しいって言ってくれたけど、厩舎はやっぱり古川調教師の所なのかな? 確か馬房の空きがなかったら入れないんだよね? フォルの入厩の時期っていつだろう?)
環境馴致やゲート試験もある。毎年、何千頭と産まれてもデビューすら出来ない馬もいるのが実情だ。
とある馬主の馬が閉所恐怖症なのかどうやってもゲートに入れず数千万円が飛んだという話も先輩が話していた。
(フォルだってデビューが決定するまで分からないよね……。でも……、何か感じるんだ。何かが動き始めたって)
それは、テレビでダイワスカーレットを見た時と同じような感覚だった。
ドクンドクンドクン
何かが沸き上がるような高揚感。
(早くフォルに会いたいな。早く跨りたい……。どんな背中してるんだろう……)
期待に胸膨らませて、その日華音は二勝し、また実績を積み上げた。
✤✤✤
二〇二十二年五月、フォルチュンヌは古川厩舎に入厩をした。
「三嶋。あれこれ忙しいとは思うが、なるべく時間を取って信頼関係を築けよ?」
「はい、頑張ります」
馬房に入ったフォルチュンヌは少し落ち着きがなかったが、暴れたりはせずにいた。
「フォル。頑張ってゲート試験合格してよ? 一緒にレース出るんだからね?」
クリクリとした目で華音を見詰めているフォルチュンヌの首筋を撫でてやる。
(この子と勝ちたい……。何でだろう? 本当に本当にそう思うんだ……。今まで乗ってきた子ともそう思って来たけど、フォルは何か違う……)
重賞にも何度も出させてもらっている。優勝こそ出来てはいないが、掲示板入りだけでなく馬券内にも絡んではいる。
それでも勝ち切れない事は華音の中で何かが足りないのだろうと自覚している。
ジムに通い筋肉をつける事や体幹を鍛える事もだが、レースのイメトレも何百としてきた。
(まだまだ経験値が足りない……。でも、諦めない。一歩でも二歩でも進まなきゃ、頂上には辿り着けないんだから!)
フォルチュンヌの調教の事は信頼している古川と厩舎スタッフに任せるのが一番だと思い、自分が出来る事をしようとジムへと向かった。
✤✤✤
「三嶋。フォルチュンヌの新馬戦決まったんだって?」
「いつだ?」
「響太、詠一。決まったよ。九月十七日の中京だよ」
スタンドでキツネうどんを食べていた華音に響太と詠一が声をかけてきた。
「俺、さっきフォルチュンヌ見て来たんだけどさ。何ていうか良い面構えしてるよな」
「ちょっとぉー。面構えとか言わないでよ。フォルはレディなんだからね?」
響太はスポーツドリンクのペットボトルをもて遊びながら笑う。
響太とエイルノワールは宣言通りにダービーに出場したが、残念ながら優勝を逃していた。
それでも実力はあると評判で、鞍上の響太の評価も更に上がっている。
「褒めてるんだぞ?」
「本当にかぁー? 響太は鈍感のニブチンのノンデリだからな」
「詠一……。お前どこまで言う訳?」
相変わらずな二人の会話に、華音は吹き出しそうになる。
だが、響太のダービーでの悔しそうな顔を思い出してしまった。
「私さ、響太の気持ちが分かったんだよね」
響太と詠一が真面目な声で言う華音を見る。
「響太さ、ノワールでダービー獲りたいって言ってたじゃない? 私ね、フォルで有馬記念勝ちたいんだ」
二人がゴクリと息を飲んだ。華音の表情が、それまで見た事がないような感じがしたのだ。
(三嶋……。何で……何で三嶋が大きく見えるんだ……?)
(華音……だよな? え? 俺、今華音と話してるよな……?)
まだ重賞の優勝もしていないし、G1にも出た事がない華音が、ベテラン騎手達のような雰囲気を纏っているかのように見えた。
(三嶋……)
ふと、響太は新聞記者のインタビューで華音の事を訊かれた事を思い出した。
『鳥本さん。同期の三嶋さんの活躍はどう思われてますか?』
響太は思っているままに答えた。学校時代から真面目で真剣に競馬に向き合っていて、必ず活躍すると思っていたと。
『女性騎手だから良い馬に恵まれてなかっただけで、もし良い馬に乗れたらバケるんじゃないかという噂があるんですよね。どう思われます?』
その時、響太の胸はドクンと大きな音を立てた。
「そうですね。たらればの話はしたくないですが、どんな騎手でもチャンスを活かせば良いと思います」
その時はそんな当たり障りがない事を答えた。
その事を思い出しながら真っ直ぐに見ている華音に何も言えずにいる。
(三嶋が……。もし三嶋がノワールのように活躍出来る馬に出会えたら……)
体も鍛え、理不尽なヤジにも動じなくなった。キックバックで負傷をした時も馬の安全を確保しながら走り切り、鞍を外し後検量を終えるまでしっかりと立っていた姿は響太も驚いた。
(三嶋って……学校の時と比べて一番伸びてるんじゃ……。そう言えば何度も最低人気の馬を勝たせたじゃないか……)
ゾクリと背筋が寒くなる気がした。
(俺……。同期の中で俺が一番だって自惚れてたんじゃ……。三嶋は俺の気持ちが分かるって言ったけど……。俺は今、詠一の焦りや気持ちが分かる……)
競馬は同じ馬質、同じ調子で走る訳ではない。
(分かってた事なのに……。俺は……三嶋に追い抜かれる訳がないって思い上がってたんじゃ……)
響太が本当の意味で華音をライバルだと認めた瞬間だった。




