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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第二十五話 エイルノワール


 フォルチュンヌの競走馬登録が無事に済み、育成牧場にいる画像や映像が華音のスマホに送られてきた。


 栗毛の馬体とクルンとした目が可愛い。


「おい、三嶋」

「うはははは」


 ニマニマとフォルチュンヌの映像を見ていると、古川がスマホの向こう側に顔を見せた。


「お前な携帯を見ながらニマニマとか……。男でも出来たのか?」

「ちっ! 違いますっ!」

「そうなのか? まぁ、レースに支障をきたさないなら男が出来ても構わん年齢としだが」


 古川はガコンとパイプ椅子に腰かけた。


「そんなに……ニヤケてました……?」

「おう。大仲じゃ良いが、お天道様の下じゃ変人だと思われるぐらいたったぞ?」

「うう……。気をつけます……」


 スマホをポケットにしまった華音に古川は騎乗依頼を告げた。


「はい。分かりました」


 成績が上がっている華音には重賞の依頼も来ている。古川からの騎乗依頼だけでなく、他厩舎の依頼や美浦みほからの騎乗依頼も来るようになっていた。


「あ、それとな。鳥本が乗る馬の話は聞いたか?」


 華音は深く頷いた。響太は順調に成績を伸ばしていて、G1にも出場している。


「セレクトセールで落札された三億円馬……ですよね?」

「ああ。京都でデビュー戦だとよ」


 響太の乗るエイルノワールは血統が良いという事と落札額から注目されていた。


(響太の成績なら当たり前だよね。若手だけどリーディング上位って注目が集まってるし)


 華音はエイルノワールを見ておきたいなと、響太の所属する厩舎へ行ってみる事にした。




「お? 三嶋。何だ? 調教の伝え忘れでもあったか?」


 今朝、調教をつけさせてもらったから数時間振りの再会だ。華音はあちこちの厩舎の馬を調教させてもらっている。


 色んな馬の背中を経験する事が出来るからだ。


 華音はペコリと頭を下げた。


調教師せんせいのところの……」

「ははは。エイルノワールか。三嶋には調教させてなかったな」

「はい」


 並んで馬房に入っていく。今朝調教した馬が馬房から顔を出したりするのをかまいながら歩いて行くと『エイルノワール』と名札が掛かっている所にいた馬がチラリと視線を向けた。


 黒鹿毛の美しい馬体と二歳とは思えない落ち着いた雰囲気に華音は口が開いたままになった。


「良い馬だろ?」


 その声に華音は振り返った。


「響太」

「そろそろ見に来るんじゃないかって思ってた」

「まぁね」


 響太がエイルノワールに手を伸ばして鼻面を撫でる。


「俺、こいつでダービー狙ってるんだ」

「ダービー……」


 響太の口から出た『ダービー』というセリフに華音は息を飲んだ。


「先輩達には生意気って思われるだろうけどな」

「そ……そんな事ないよ。だって、夢や目標があっても良いと思うもん」


 響太の背中をバシバシと叩きながら言う。


「私だって言う。有馬記念に出て優勝するっ! 生意気だって言われても言うっ! 響太にも源田さんにも小園さんにも、もちろん鷹羽さんにだって私の背中を見せてやるんだからっ!」

「三嶋……」


 華音はキッと響太を見上げた。


「ダービーを一緒に獲るんだって言える馬に出会えたなんて、めちゃくちゃ幸せじゃない。運が良いなんて言葉を超越するぐらいでしょ?」


 黙って後ろで聞いていた調教師が大きな声で笑った。


「ははは。そうだぞ、響太。俺も定年までそんなに時間がある訳じゃない。ダービー馬の調教師にならせてくれ」

「はい。調教師せんせい


 響太は真っ直ぐな目で調教師に返事をした。


(響太……。学校時代からライバルだって思ってたけど、今凄く上に行っちゃった気がする……。でも、私も負けない。絶対の絶対の絶対に響太に追いつく。追いついて、追い抜かしてやる)


 華音は決意を新たに拳を握り締めた。


 調教師が響太の腕をポンポンと叩き、響太はうんうんと頷いていて、華音まで感動をしていた。


「んでさぁ……。響太ぁ……、助けて……」


 感動のシーンをブチ壊すような情けない華音の声がした。響太が見ると、エイルノワールが華音のパーカーのフードを咥えていた。


 引っ張り上げられ、インナーも捲れ上がり華音の腹が見えている。


「え? あっ! ノワールっ! お前、何してんだよっ⁉」

「こら。離すんだ、ノワールっ!」


 響太と調教師が言うが、エイルノワールは涼しい顔をしている。


 だんだんと服が捲り上がっていき、華音は必死で押さえているが、ブラジャーが見える寸前だ。


「ふええぇ……。見ないでぇ……」


 響太達の声に走って来た厩務員が人参をチラつかせて、ようやく華音は馬による腹見せから解放された。


「大丈夫か、三嶋。ああ……、フードがガッツリ破れてる……」

「えっ⁉ マジっ⁉」


 華音がパーカーを脱いでフードを確認すると、エイルノワールの唾液がついた部分がザックリと裂けていた。


 馬に噛まれると大変な事になるのは分かっていたが、まさかぶら下げ状態にされるとは思っていなかった華音は無残な姿になったパーカーを見詰めていた。


「うう……。買ったばかりなのにぃ……」


 華音は恨めしげにエイルノワールを見上げるが、フイと顔を逸して馬房の奥にいってしまった。


「ムキィーっ! 覚えてなさいよっ⁉ あんたと一緒にレース出る時にはコテンパンにやっつけてやるんだからねっ!」


 馬相手にムキになる華音に、調教師も厩務員達も苦笑いを浮かべていた。




 後日、響太は新しいパーカーを華音に買って渡した。


 喜ぶ華音を見てホッとしたが、その後しばらく目に焼きついた華音の腹を思い出しては首をブンブンと左右に振っては、詠一に不審がられていた。







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