第二十三話 感染症で無観客開催に
二〇二〇年、年が明けた。華音は前年に年間五十勝を超えていた。
(今年頑張って百勝超えて、重賞で勝つっ!)
こんな華音の気合いに水を刺すような事態が足音を忍ばせて近づいていた。
「え?」
「嘘……だろ?」
「マジ……かよ……」
久し振りに華音達は三人揃って定食屋で食事をしていた。テレビのニュースが感染症の拡大を伝えていた。
「そんなに感染力が強いウイルスなんだ……」
「空気感染……。つまり近くにいると感染るんだ……」
「大丈夫なのかよ……」
情報が錯綜しているようで、テレビ局によって報道される内容に違いがあった。
「どうなるんだ? これ……」
「私達の誰が罹ってもおかしくないっていう事よね?」
「マジか……。爺ちゃん婆ちゃん、大丈夫かなぁ……」
華音達の懸念を嘲笑うかのようにウイルスは爆発的に感染拡大をし始めた。
日に日に感染者数が増えていき、競馬界にも影響が及んだ。
「無観客……ですか?」
「ああ。感染者がこれだけ出てくりゃそういう判断になるのも致し方ないな」
古川厩舎の大仲では古川が苦々しい顔で厩務員や所属騎手を前に話している。
全員マスクをしているのだが、その表情は曇っているのが分かった。
「開催しないという判断がされなかっただけでもありがたいと思うしかない。誰が罹ってもおかしくないぐらいだからな」
古川の言葉に皆顔を見合わせてハァーと溜め息を吐く。
飲み会や食事会の禁止、人混みを避けるなどの諸注意が通達された。
(食事会とか禁止って事は重賞とかの祝勝会もなくなるんだよね。てか、無観客開催……。早くこの感染症が収まると良いんだけど……)
無観客開催という異常事態の中でも、華音は勝ち鞍を上げていた。重賞にも乗らせてもらい、掲示板入りもしていた。
だが観客席の静けさはやはり淋しく感じた。
(声援も歓声もない……。あのムカつくヤジでさえ懐かしく感じるなんて……)
人気馬に乗って勝っても、大穴をあけても静まり返った観客席の空席には風が吹き抜けているだけだった。
響太達ともお互いの健闘を讃えたハイタッチが出来ず、鞭を当てるだけにしていた。
(私が感染しても、感染させても、馬主さんにも調教師にも迷惑かけちゃうし、ね。早く感染拡大が収まりますように)
出来る限り感染症対策をしていても、感染る時は感染る。
ピコン
スマホにメッセージが来た通知音が鳴る。華音が手に取ると『響太』と表示されている。
『詠一が感染したって』
腹筋をしていた華音はガバッと体を起こした。祖父母の事を気遣っていた詠一は手指の消毒もきっちりしていたし、出歩きもしてなかった。
『三嶋は大丈夫だよな?』
『うん。今のところは……って言っておくよ。いつ感染するか分からないから』
素早く返信をする。
『お互い気をつけようぜ』
『そうだね。気をつけて頑張ろう』
響太から『了解』というスタンプが送られてくる。
華音は『ファイト』のスタンプを送った。
(詠一が……。そう言えば先輩にも感染した人がいたっけ? 詠一と接触あったかな? 詠一に訊きたいけど、高熱だったりしたらダルいだろうしな)
メッセージを送ろうとしてやめておいた。だからといって何もしないのもなと思いスタンプを送った。
『元気になれ』『頑張れ』
返事はないだろうと思っていたら、速攻でスタンプが返ってきた。
『ありがとう』
話したい事はたくさんある。励ましたい気持ちもある。
(詠一、早くよくなってよ)
華音は目を閉じて詠一の回復を祈った。
翌日、厩舎に顔を出すと古川から乗り替わりの話が来た。
「三嶋。乗り替わりの依頼が来たぞ。お前の同期の風見が感染したからって」
「あ、感染したのは聞きました」
「そうか。風見には可哀想だがチャンスだぞ?」
華音の騎乗依頼の分に詠一の騎乗依頼の分がプラスされるからだ。
「詠一は可哀想だとは思ってますけど、馬にも馬主さんにも迷惑をかけてしまってるのは事実だし、良い具合に仕上げてくださってる調教師達の為にも頑張ります」
「ああ」
「じゃあ、馬見てきます」
「おう」
華音はペコリと頭を下げて大仲を出た。
詠一が乗る予定だった馬を順番に見ていく。古川厩舎以外の馬も見に行った。馬の癖などを聞いて頭に叩き込む。
(詠一だからとかじゃなく、乗り替わりなんて珍しい事じゃない。別に卑怯な手を使った訳じゃないから、私は精一杯やるよ。私にって言ってくれた馬主さんの為にも)
自分の乗っていた馬が乗り替わりで他の人が乗る事になった時の切なさは何度も味わった。
でも、その馬に合う騎手に乗せるのは当たり前の事なのだと思えるようになった。
(詠一の乗ってた馬を私が乗って、そのまま私にって言ってもらえるように頑張ろう)
華音は詠一の代わりを無事につとめた。
その内の何頭かは華音の継続騎乗が決まった。
「うぉー! 俺がブッ倒れている内にぃー!」
「まぁ、今回のは仕方がないって」
「響太ぁー。お前の余裕がムカつくんだぁー!」
完璧に回復した詠一と順調に騎乗数も勝ち鞍も積み上げている響太のジャレ合いは面白く、十何年か前の誰がさん達みたいだと周りの先輩達はゲラゲラと笑っていた。




