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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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20/21

第十九話 見ているだけの有馬記念


 二〇十八年十二月二十三日


 有馬記念の日がやって来た。


(ああ……。有馬記念の日に中山じゃなく阪神にいるなんて……)


 華音は羨ましく思いながらモニターを眺めていた。隣では響太も詠一もいて、羨望の眼差しを向けている。


 二人が目標としているのは有馬記念ではないが、やはりG1の舞台に立ちたいのは間違いない。


 二人は声にこそ出してはいないが目が真剣だ。周りにいる先輩達もジッとモニターを見詰めている。


(来年こそ、あそこに居たいって皆思ってるんだよね。先輩だとか後輩だとかの区別なんてなく……)


 自分がいつあの歓声の中にいられるなんて分からない。ただ、少しでも早く行きたいと華音は強く強く思った。



✤✤✤



 

「今年のレースが全部終わったね」

「そうだな」

「だな」


 十二月二十八日金曜日で一年のレースが終わった。


 三人は開催最終日の翌日の夜、草津駅前の焼き肉屋の個室にいた。


「んじゃ、とりあえず乾杯な」

「何に?」

「そりゃ、響太の同期内の最多祝いと華音の三十勝達成おめでとう……だろ?」


 それ良いなと顔を見合わせて笑う。


「じゃあ、響太。四十五勝、おめでとう」

「サンキュー」

「華音。三十勝達成おめでとう」

「ありがとう」

「えっと……頑張った俺。来年こそっ! 乾杯っ!」

「ははは。乾杯っ!」

「乾杯っ!」


 今日だけは体重の事を考えずに食べようと、三人は好きな物を食べる。


「華音のダートの時の追い込みが……」

「響太は逃げも追い込みも自在で……」

「詠一のスタートが……」


 なんだかんだ競馬の話しになるのは仕方がない。


「詠一の怪我から復帰後の頑張りは凄かったよね」

「俺もそう思うぞ」


 ふいに華音と響太に褒められ詠一は肉を口に入れたままフリーズした。


「約二ヶ月休養してたのに、騎乗依頼ももらえてたし勝ち鞍も上げてて。私、詠一って調教師せんせいにも馬主さんにも期待されてるんだなって思ってたんだよね」

「確かに見習いの減量特典は厩舎にとって魅力的だけど、それでも復帰を待っててもらえてたってのは詠一の頑張りが認められてたからだよな」


 モゴモゴと口を動かした詠一はゴクンと肉を飲み込み、箸をテーブルに置いた。


「俺……。二人がいてくれたから頑張れたんだ。焦って怪我して馬鹿だった俺を励ましてくれてありがとうな」

「詠一……」

「何だよ、しおらしくなんなって」


 面と向かって褒められて詠一は恥ずかしかったのか耳まで赤くなっている。


「へへへ。来年はさ、怪我に気をつけて年間勝利で華音を抜くからな? 覚悟しててくれ」

「ふふーん。私、負けないからね。来年こそ重賞に出られるように頑張るんだから」


 華音は顔を赤くした詠一にニッと笑った。


「じゃあ、俺は重賞五つ獲る」

「ちょっとぉーっ! 響太が言うとマジで獲りそうなんだけどっ!」

「そうだぞっ! ちょっとは遠慮しろよっ!」


 響太はドヤ顔をしながら網の上の肉をパクッと食べた。


「ああーっ! それ私が育ててた奴っ!」

「早いもの勝ち。弱肉強食だ」


 むくれる華音とドヤ顔で肉を食べる響太を見てゲラゲラと詠一が笑っていると、個室のカーテンがシャッと開いた。


 うるさかったのだろうかと三人が出入り口のほうを見ると、先輩騎手の小園健人が立っていた。


「やっぱお前等だったか」

「こ……小園さん」

「こ……こんばんは……」


 響太と詠一が緊張気味に挨拶をすると、小園はニカッと笑った。


「お前等全員、よく頑張ってたよな」

「ありがとうございます……」

「ありがとう……ございます……」


 華音が黙っているのに響太と詠一は気づいた。先輩に声をかけられているのにと思って華音を見た。


「み……三嶋っ⁉」

「か……華音っ⁉」


 華音は響太と詠一が小園と話している隙に、ひたすら肉を焼いて食べていた。


 その姿を見て小園がゲラゲラと腹を抱えて笑う。


「ちょっ! お前、先輩が声をかけてくれてんのに」

「華音っ! せめて挨拶しろって」


 響太と詠一は焦るが、小園は薄っすらと涙を浮かべながら響太と詠一に手をヒラヒラと振った。


「三嶋。まだ怒ってんのか? ごめんって」


 華音がチラリと小園を見た。華音は肉を口いっぱいに詰め込み、ハムスターかリスのようになっている。


 モグモグと咀嚼した華音がジト目で小園を見ている。


「俺が悪かったって。機嫌直せよな?」

「小園さんが悪いんですからね?」

「分かった、分かった。本当、マジで俺が悪かったから」


 そう言いながらも、小園は笑いを止められていない。響太と詠一は意味が分からなくて二人の顔を交互に見ていた。


「本当に悪いって思ってます?」

「思ってる。本気で思ってるから」

「分かりました……」

「よっしゃ。んじゃな。ゆっくり食え」


 まだむくれたままの華音が言うと、小園は笑いながら個室のカーテンを閉めた。


「み……三嶋。お前……先輩と何があったんだ?」

「ほぼタメ口とか……」


 華音はゴクゴクと烏龍茶を飲み、ハァーと大きな溜め息を吐いた。


「小園さんが……」


 響太達はゴクリと息を飲んだ。


「小園さんが、私がお客さんに『貧相な尻してるな』って言われたの聞いてて、爆笑したんだもん」

(尻っ⁉)

(爆笑っ⁉)


 響太も詠一もヒクヒクと頬を引きつらせた。


「今まで言われたヤジのどれよりもムカついたのに」


 そう言った華音は頬をプゥと膨らませた。


 勝っても負けてもヤジられるとは思っていた。響太も詠一も何度もヤジられてはいたから分かるが、女性である華音が『どこを見てるんだ』と怒りがわいていたのに小園は爆笑したと言う。


(え……。一番ムカついたのがソレか……?)

(他にもムカつくのあっただろうに……)


 恐らく華音が勝った所為で馬券をハズした客だろう。


(まぁ……うん。てか、尻って……)

(騎手に肉感的な尻を求められても……なぁ……)


 華音は、思い出しムカつきが止まらなくなったのだろう。皿に残っていた肉を網の上に置き、またガツガツと食べ始めた。




 ガッツリ追加の肉を頼み、そろそろお開きにしようと響太が伝票のバインダーを手に取ると万札が三枚はさまっているのに気づいた。


「え? え? これ……もしかして……?」

「何で……万札が……?」


 バインダーは個室の出入り口近くに置いてあった。


「まさか……小園さん?」


 華音が呟くと響太はハッとした顔をした。


「最後の注文をした時に店員が伝票をコレに挟んだ後、何かカーテンが揺れた気がしたんだ」

「じゃあ、その時にコッソリ……?」


 華音は店内を見回したが小園がどの個室に居るか分からなかった。


 店員に訊けば分かるとは思ったが、あえてやめておいた。


(年明けの二日には調教で会えるもんね。その時にお礼を言おう)


 華音達は、店内のどこかにいる小園に頭を下げて店を後にした。




 年明けに華音は小園に会い礼を述べた。


「頑張った新人ルーキー達へのご褒美だ。俺が新人の時に先輩達にしてもらってきた事だから気にすんな。お前が先輩になって後輩にしてやれば良い。分かったな?」

「はい。でも、ありがとうございました」


 深々と頭を下げる華音の肩をポンと叩いた小園は優しい笑顔だった。







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