第十二話 騎乗依頼が……来ない
五月に入り華音は中々埋まらない騎乗依頼に悶々としていた。
デビューして二ヶ月、響太は毎週きっちり騎乗依頼をもらい既に八勝を上げていた。詠一も響太程ではないが騎乗依頼は来ていて五勝している。
(何で……? 私だって五勝してるのに……)
詠一と同じ勝利数を上げているにも関わらず、騎乗依頼は殆どない。
スケジュール帳の白さを見詰めると溜め息しか出ない。
(古川調教師は乗せてくれてるけど、他の厩舎からの依頼が……。響太は他厩舎の馬にだって乗ってるのに……)
期待の新人として響太はインタビューがあったり、そろそろ重賞の騎乗依頼がと言われている。
騎乗依頼の数と勝利数を比べると勝率は華音が圧倒的に高いにも関わらず、なぜか騎乗依頼の数は少ないのだ。
(どうしたら馬に乗らせてもらえるんだろう……)
スタンドで騎乗依頼がもらえるかも知れないと待っていても、他厩舎の調教師に挨拶をしたりしても騎乗依頼は来なかった。
レースで乗せてもらえないのならと調教でしっかり乗れる事を見てもらえればと思い調教も数をこなした。
古川も自厩舎で華音が乗れる馬がなければ、他の調教師に声を掛けてくれてはいたが返答は芳しくなかった。
『良い乗り方はしてると思うが女だしな』
大抵の答えがこれであり、古川も焦れていた。
「焦るなよ、三嶋。お前は良い乗り役だ。体内時計もしっかりしてるし、馬に負担を掛けない乗り方も出来てる。確かに依頼は少ないが勝率は新人の中で一番だろう? 自信を持て。腐るんじゃねぇぞ? 今腐ったら女だからって馬鹿にしてる奴等の思うツボだ。いつか見返してやれ」
古川に言われて深く頷いた。
実際、初勝利すら上げられていない同期や騎乗数も華音以下の同期もいる。
(焦るな、私。焦って下手な乗り方をしたりしたら、もっともっと依頼が減るんだ。ちゃんとやっていれば必ず道は拓けるんだから)
上を見ればG1を何勝、何十勝もしている先輩達がいる。
デビューして一年にも満たない自分が何をグダグダと悩んでいるのだと思う事にした。
(まだまだ始まったばかりだ。ちゃんと乗れるって知ってもらおう。とりあえず、先輩達からアドバイスをもらって身につけよう)
実地研修の時に源田から騎乗姿勢のアドバイスをもらい、華音の騎乗姿勢は格段に安定をした。
他にもアドバイスをもらって身につけられるものがあるなら吸収するべきだと思い、翌日から積極的に先輩達に話しかけてアドバイスをもらう事にした。
勿論、誰でも良い訳ではない。騎乗スタイルが似ていたり、勝率が高い先輩だったりする。
(全然違う乗り方をする人に訊いても私の乗り方に合わないし……。そりゃ全取っ替えして大丈夫ならそうするけど……。それは今じゃない気がする。とにかく、リーディング上位の先輩とか、勝率が高い先輩からにしよう)
先輩を勝率や勝利数ではかるのは物凄く失礼な事だとは思ったが、上に行きたいならそれが正解だと思ったのだ。
「すみません。今、お時間よろしいですか?」
「ん? ああ、良いよ」
「あのレースでのアドバイスをいただけないかと思いまして」
先輩といっても、全ての騎手が人間として立派かといえばそうではない。
嫌な顔をされたり、昔気質のように見て盗めと言う人もいる。もしかすると女だからと見下している人もいるかも知れない。
だとしても、華音は諦めなかった。次々と先輩に声を掛け、アドバイスをもらっていった。
「アドバイスありがとうございました」
「良いって、良いって。私だって女の子の後輩には頑張ってもらいたいから」
そう言って笑うのはデビュー五年目になる女性騎手の先輩だ。
「私のアドバイスたけじゃなく、なんならうちのパパにも話を訊くっていうのはどう?」
「え? あの……あの……それはさすがに……緊張するって言うか……恐れ多いと言うか……」
彼女はキツめの美人だが、いたずらっ子ぽく笑うと可愛いと思った。恐らく母親に似ていると噂されているのは、この笑顔の為だろう。
全国リーディングを何年も獲り続け、各レースでの最年少記録を打ち立て、海外でのG1を獲っている大先輩に、デビューしたての自分が話し掛けるなど出来るとは思えない。
「雲の上の人と言うか……。神にも近い人と言うか……」
「あはは。競馬に関わるとそんな感じだけど、家だとママにメロメロなおじさんたけどね」
「そう言う噂はかねがね耳にはしてますが、さすがにちょっとぉ……」
遠慮なく話せる存在ではない気がしている。
「そっか。まぁ、この先訊きたいって事が出てきたら話をつけてあげるから」
「ありがとうございます。その時が来たらお願いします」
深々と頭を下げた華音に、憧れの先輩騎手は手を振りながらスタンドから下りていった。
(先輩にすれば父親なんだろうけど、私にしたら雲の上なんてもんじゃないのに……。でも、良い話が聞けて良かったな)
たくさんの良いアドバイスをもらい、身につけられる部分は身につけ華音は騎手として成長を遂げていった。




