第十一話 騎手デビュー
3月3日土曜日に華音達は騎手デビューをする。
華音は阪神の1レースで響太と詠一は2レースに出場が決まった。
「私のほうがレースが早いから、初勝利は私が一番乗りだね」
「三嶋は相変わらず生意気だな。1レースに出たからって勝てるとは限らないからな?」
「そうだぞ、華音」
「古川調教師もイケるって言ってくれたもんね」
華音は古川厩舎、響太は辰野厩舎、詠一は静川厩舎の所属だ。
「もうちょっとだったのに……」
「俺もだ」
「俺も……」
三人の初レース及び土曜日の全レースが終わった。華音と響太は最高順位は二着。詠一は三着だった。
調整ルームの食堂の隅っこで溜め息を吐きながら、一日のレースの反省点と改善点を話す。
「緊張……してたのかも……」
「なら、明日は大丈夫じゃないか?」
「響太も詠一も緊張してた?」
華音は二人の顔を交互に見る。詠一は頷いたが、響太は首を左右に振った。
「緊張してなかったの?」
「してなかったのかよ」
華音と詠一が訊くと、響太は頷いた。
「緊張なんてしてたら馬に伝わるだろ?」
もっともな事を言われて、華音は机の下でギュッと両手を握り締めた。
(こう言うところもだ……。私が響太に勝てないのって……)
自分の不甲斐なさを突きつけられたが、明日は少しは緊張せずに済むかも知れないと思って華音は自室に戻った。
(明日もレースはある。しっかりしろ、私っ!)
華音は両手でパンッと両頬を叩いて早目に休んだ。
3月4日(日曜日)
華音は昨日と同じく1レースから騎乗がある。前検量を終えて、騎手控室の隅で目を閉じていた。
(大丈夫……。落ち着け、私……。馬の呼吸と進路に気をつけて……ちゃんと声を出す……)
何度か呟いて、大きく大きく深呼吸をする。そして、同じように深呼吸をしている詠一の姿を見た。
まだまだヒヨッコの新人だが、騎手は騎手だ。少しのミスも許されない。
ほんの少しのミスが人の命と馬の命を奪ってしまう事になるのだから。
(よしっ! 頑張ろう)
華音は号令の声を聞き立ち上がった。
四日の3レースで響太、詠一は5レースで初勝利を上げた。
「おめでとうっ!」
華音はやはり最高順位は二着で終わったが、仲が良い同期の勝利を祝った。
「ありがとうな、三嶋」
「サンキュー、華音」
「二人共、メチャ格好良かったよ。栗東に帰ったらコーラで乾杯しようね」
自分だけが勝てなかった悔しさは確かにあった。置いてけぼりになった気がしなかったかといえば嘘だ。
だが、まだ騎手としてのスタートラインに立ったばかりなのだ。
(悔しがる暇があるなら技術を磨こう。一つでも多く騎乗依頼がもらえるように頑張ろう。へこたれないんだからっ!)
翌日の月曜日、休みだというのに朝から筋トレをし、レースの録画を見直している華音の姿があった。
3月10日(土曜日)
「三嶋」
「はい。調教師」
「思いきっていってこい。こいつの力を引き出せるのは、お前だって信じてるからな?」
「はいっ!」
1レースが始まる前、古川は華音の背中をバシッと叩いて笑った。
なぜだか緊張感が薄れた。強面の古川の目尻の皺にホッとした。そして、古川の馬で勝ちたいと思った時の気持ちを思い出した。
(うん。私は大丈夫。古川調教師も背中を押してくれたんだからやれる)
号令がかかり、パドックに向かい、何度も調教に乗っていた若い牡馬の鬣を撫でる。
「頑張ろうね。大丈夫だよ。いつもの調教の時のように走れば良いんだよ。あんたはゲートを出るのも上手いし、速く走れるんだから」
実地研修にきていた時からあれこれ教えてくれていた厩務員に足を上げてもらう。
「こいつ、メチャ調子が良いから、頑張ってやってくれ」
「はい」
小声で話していると更に気持ちが落ち着いた気がした。
(私は一人じゃない……。競馬は一人でやるもんじゃない……。調教師がいてくれる……。厩務員さんが頑張ってくれてる……。調教助手さんが頑張ってくれてる……。その頑張りを私が無駄にする訳にはいかない)
華音はもう一度大きく深呼吸をした。
「いけぇー」
「もう少しだぁー」
「逃げ切れぇー」
ゲートを出て華音は直ぐに先頭に立った。ペース配分はしてはいるが、先頭に立ち続けた。
ゴール板手前で競りかけられたが、それでも先頭は譲らず一着でゴール板を駆け抜けた。
(勝った……。私、勝ったよ……)
ゆっくりとスピードを落としながら、涙が滲んでくるのを我慢した。
「三嶋、良くやったな」
「調教師ありがとうございました」
「ん? 儂は何もしとらんぞ」
照れくさそうに笑う古川に思い切り頭を下げる。
「やったな、三嶋」
「華音、格好良かったぞ」
響太と詠一にヘルメットをペシペシと叩かれ祝福をされる。
「ありがとう。残りのレースも頑張ろうね」
「ああ」
「おうよ」
その日、華音はもう一勝をした。




