第十話 卒業をむかえて
何度も模擬戦を重ね、実際のレースではどうすべきかを考える。何パターンもレース展開を考え、お互いの意見をぶつけ合う。
「それだと内ラチ沿いから来られるだろ?」
「焦って追ったら、馬が疲れるだけだって」
「抜けられる隙間がなかったら?」
自主トレの合間に紙に書いては議論するのが当たり前になっていた。
相変わらず他の生徒とは必要以上に関わる事はなかった。それを不便だとか考える気にはならなかった。
「良いんじゃね? 仲良しごっこをしに来てる訳じゃねぇし、チームワークがどうとかって仕事をやろうって訳じゃねぇしな?」
「別にギスギスするつもりはないけど、先に喧嘩売って来たのはあっちだから放置で良いだろ?」
詠一も響太も同意見なようで、他の生徒がどういった自主トレをしているのか、何も知らないまま日々は過ぎて行った。
卒業式の前夜、ストレッチをしながら三人で話す。
「二人に私の背中を見せてやるからね」
「それは俺のセリフだからな。ここまで一位で来たんだから、ここで三嶋や詠一に譲るつもりはないぞ」
「俺だって、もう華音と響太の背中ばっか見るのは嫌だぞ。最後の最後に、俺の背中を拝ましてやるからな」
学校を卒業して、免許交付されたら友達であってもライバルだ。デビューしてからも、今のように仲良くしていられるだろうかと思う時はある。
(大丈夫だよね、この二人となら。女だからと見下したり、負けたらかって僻んだりしないんたから)
男の子に対し、嫌悪感と闘争心しかなかった頃が懐かしいとさえ思ってしまう。
(視野が狭かったんだよね。あの頃の私ってブリンカーとチークピーシーズつけてたのかもな)
前から見えなくなるぐらいに耳を絞っていた状態かなと思いながら、翌日の卒業式に備えて早目に休んだ。
卒業式の日は二月とは思えないぐらいに晴れ渡っていた。卒業式の式典の前に行われる卒業供覧模擬レースは、本当に競馬学校での最後の騎乗となる。
全ての準備を終えた三人は何度か深呼吸をしてお互いの顔を見る。
「「「全人馬無事でっ‼」」」
三人で拳を突き合わせる。全ての鞍上と馬の無事を祈り誓った。
最終模擬戦が終わり、響太は見事一着になった。
「あぁーっ。もうちょっとだったのに」
「残念だったな、三嶋」
「くぅー。何で抜かせらんないかなっ⁉」
「ふふーん。やたらめったら追えば良いってもんじゃないっての」
二着だった華音が悔しさを全面に出しているのが面白く、四着だった詠一は必死に笑いを堪えていた。
「詠一っ‼ 笑い過ぎっ‼」
「ワリィ。だって面白過ぎなんだもんよ」
涙を浮かべてゲラゲラと笑いながら、詠一は拳を突き出す。
「模擬戦、無事終わったな。響太、おめでとう」
「ああ。三嶋も詠一も頑張ったよな」
「うん。今度はレースで勝負だからね」
成績一位の響太。二位を競っている華音と詠一は最終的に華音が二位を確保した。三年間一度も響太を負かす事は出来なかったが、デビューしたら必ず勝ってやるという思いを胸に抱いていた。
卒業式で華音は大きく大きく息を吸い込んで名前を呼ばれるのを待っていた。
(卒業……。三年って長いと思ってたけど、あっという間だったな)
目を閉じると浮かんでくるのは、あの日テレビで見たダイワスカーレットの勇姿だ。
(ダイワスカーレット……。あなたが駆けた馬場に、私行くよ)
そして、競馬学校で過ごした三年間が次々と瞼の裏に浮かんでくる。
男の子ばかりの入学式。初めて出来た男友達。ああでもないこうでもないと語り合った自主トレ。暇があれば筋トレをして過ごした日々。
(変な噂流されたりもしたけど、あんなのデビューして野次られたりするのに比べたらどうって事はない。負けて悔しい思いをするのに比べたら、どうって事はない。私は騎手になるんだから)
スピーカーから聞こえる同期達の名前を胸に刻む。
「三嶋華音、栗東古川厩舎」
名前を呼ばれ目を開ける。堂々と胸を張って卒業証書を受け取ると、頑張ってきて良かったと胸がいっぱいになった。
華音と響太、詠一は並んで競馬学校の建物を見上げた。
「いよいよ……だね」
「ああ。免許交付を受けたら、俺達は騎手だ」
「だな。そうなったら今以上にライバルだからな」
顔を見合わせてニッと笑う。
「誰が一番最初に勝つかだよね。もちろん私は譲らないからね?」
「ふふん。俺が一番だぞ。三嶋にも、詠一にも悔しがらせてやるからな」
「俺だって負けねぇからな。学校の成績だけじゃ騎手の技量は測れないってところを見せてやるから、覚悟しとけよ」
女の子だからと特別扱いせず、華音としっかり向き合ってくれた古川の厳しくも優しい顔を思い出す。
(古川調教師。響太には勝てなかったけど、二位は確保出来ました。私、頑張ります。調教師のところの馬で勝ちます)
騎手免許交付を受けて、晴れて華音は古川の厩舎所属騎手三嶋華音として騎手の道を一歩踏み出した。




