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いつかあの頂上(てっぺん)に  作者: 志賀 沙奈絵


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第九話 模擬戦


 実地研修を終え、千葉の競馬学校に戻った華音達は、それぞれ一回りも二回りも成長していた。皆が違って見えているのはお互い成長したからなのかも知れないと思っていた。


 華音達が楽しみにしている模擬戦が近付いて来ると、より一層訓練に気合いが入る。


(模擬戦でも源田さんに教えてもらったの試してみよう……)


 電動木馬だけでなく実技の授業でも自然に出来るようにまでになっていた。教官にも『安定感が増した』と褒めてもらえた事で華音は自信を持った。


 模擬戦の中でも実際の競馬場で行われるレースがあるのが一番の楽しみだ。模擬戦は現役騎手や教官も参加してのレースになり、テスト以上に実力や技術の差があらわになる。緊張はするが本番のレースの雰囲気を体験する事が出来るのだ。


「現役の人、誰が来るんだろうね」

「若手の誰かかな? 二十代とかの」

「二十代だと源田さんは来ないよな。実際のレースじゃ勝てる気がしないけど、模擬戦なら今の俺でも真剣勝負出来そうだろ?」

「三十代の人も来たりするから、源田さんかもよ?」

「そうなったら、俺緊張しまくるかも知れないな」

「でも、ワクワクするよな」


 三人で顔を突き合わせると現役騎手の誰が来るかの話題に花が咲く。詠一の言うようにデビューすれば一緒に走る機会は何度もある。


 だが、良い馬の騎乗依頼が多い先輩騎手達にデビューしたての新人が勝てるかと問われれば、大半の人々は『無理だろ』『先輩騎手だ』と口を揃えるだろう。


 未勝利戦や新馬戦であっても、やはり騎乗技術や経験値がある先輩達に勝てる可能性は低いと言わざるを得ない。だからこそ、模擬戦で勝負がしたいのだ。勝てる可能性があるし、勝てれば自信に繋がる。


 勿論、デビューしてからも勝ちたい気持ちはあり余っている。


(模擬戦で勝ちたい……。レースでも勝ちたいんだ。勝たなきゃ駄目なんだ。私は有馬記念に出て先頭でゴール板を駆け抜けたいんだから)


 模擬戦は楽しみではあるが、緊張しているのも確かだ。実際の馬場での真剣勝負だ。


 ふと調教した後の古川の顔が思い出される。


(古川調教師(せんせい)は私を女だからと特別扱いをしなかった。見下しもしなかった。他の人達と同じようにしてくれた。私、古川調教師(せんせい)の管理馬で勝ちたいな)

「そう言えば響太は異例だったよな。あの調教師せんせいって新人を取らない事で有名だったろ?」

「あの調教師せんせいは実力至上主義って言われてたでしょ? 響太の実力が認められたんだね」


 響太はグッと拳を握ってにこやかに笑う。


「そうだな。ありがたいって思うよ。厳しいって言われてる調教師せんせいの所に行くのは緊張感はあるけど、頑張ってたのを認めてもらえたってのは嬉しいからな」

「ああ。俺も負けてらんねぇ」

「私もっ‼」




 数日後、一回目の模擬戦が開催される日になった。


(大丈夫。いつも通りにやれば大丈夫。一緒に走るのは同じ生徒なんだから大丈夫。でも私は負けない。模擬戦だからって負けない)


 何度も深呼吸をして気を落ち着けて実戦の雰囲気を肌で感じた。馬の速度に合わせた映像では短く感じるが、実際に馬場に入ると距離は長く感じる。


(絶対、響太に勝つっ‼)


 順にゲートに入る。華音は六番だった。隣の七番ゲートには響太。詠一は一番。五番ゲートには現役騎手が入っていた。


(さすが落ち着いてるなぁ……。この人、大先輩の次男の人だったよね)


 父親も現役騎手と言うその先輩は優しげな目をしていた。


 その時、四番ゲートの方からガチャンガチャンと音がしていた。馬が入れ込んでいるのを落ち着けようとする声がして、何とか馬が落ち着いたタイミングでゲートが開いた。


 華音と響太は綺麗にスタートを決めた。スゥーッと内ラチ沿いに入って行くが、一番のゼッケンを着けた詠一の馬が更に前に出ようとしていた。


(これ以上は寄れないな……。詠一の馬は先行だし、前に行かせよう)


 同じように考えたのか、響太も三番手につけていた。華音は詠一の斜め後ろにつけ二番手をキープしていた。


 蹄鉄が地面を蹴り上げる音と唸るような風の音とキックバックのバチバチといった音が耳に届く。下り坂に差し掛かると馬は加速を始め、更に風の音が激しくなる。


(よしっ‼ 前に出るっ‼)


 華音がスパートを掛けると響太も前に出始めたのを感じた。そして、その外側に先輩騎手の馬の白っぽい鼻面がチラリと見えた。詠一の馬は限界なのか速度が上がらずにいた。


(負けないっ‼ 前に行くっ‼)


 華音が前に出る。響太が前に出る。華音が前に出る。それを何度も繰り返し第四コーナーを回る。


(負けるもんかっ‼ 響太に勝ちたいんだっ‼)


 何とか追い抜こうとするが、速度が上がらずにいた。馬に限界がくれば、鞍上あんじょうがどうにか出来るとは思えない。


(もう少しっ‼ もう少し頑張ってっ‼)


 後もう少しというとは思っていたが、それなりに離され華音はゴールした。


(勝てなかった……。もっと、ペース配分しないと駄目だったよね……。ごめんね、無理させちゃったね……)


 華音はスピードを落とし、馬の首を撫でる。馬の荒い息使いを聞きながら反省をしていた。


 一着は響太で、二着は先輩騎手だった。


(響太ばかり気にしてて……、他の馬を見てなかったのも駄目だ……。本当のレースだったら危ない……。フルゲートだったら馬込みや競ったりするのは、今日の比じゃないんだから……)


 初めての模擬レースは反省ばかりの華音だった。しかし、響太や先輩の騎乗を目で盗み、自分のものにしたいと思った。


(三着かぁ……。次は、もっともっと上手く乗って一着になりたい)


 


 入学した七人は今のところ誰も辞めた者は居ないが首席の響太と差が付き過ぎていた。それは仕方ないと言えば仕方ない。


 どうしても騎手になりたいと言う意志がなければ辛いだろうと思うし、必死で頑張っている姿は応援したくなる。


 だが、下位で足掻いているのは華音達三人の卑猥な噂を流していた中心人物であった。華音に手を差し伸べられるのは屈辱であろうと思い静観していた。


(言い方は悪いかもだけど、自業自得なんじゃない? それに勝負の世界は甘くないし、私は私を見下して悪態ついて来た奴に優しくなんてしない)


『騎手ってのは勝っても負けても野次られるんだよ。俺が勝つと負けた馬の馬券を買った奴から野次られる。俺が負けたら俺の乗ってた馬の馬券を買ってた奴から野次られる。理不尽だけどな。心が弱い奴はやれない仕事だよ。しかも命がけだ』


 優しい面差しのベテランの騎手が後輩騎手達にそう言っていたのを実地研修の時に偶然耳にした。


(あの先輩は普段凄く優しい顔してるのに、レースになると別人のような顔つきになるんだよね……。一鞍、一鞍真剣に向き合ってるんだって分かる)


 模擬レースを経験し、一般の学校でもあるような中間試験のようなものを重ねて競馬学校騎手課程は卒業となる。


 だが、それで騎手になれる訳じゃない。騎手免許交付試験を突破しないといけないのだ。


 だから、まだまだ気が抜けないと華音は気を引き締めた。







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