13.君は休んでいろ
「ギルベルトのとこは、領地が帝国との国境だからさ、そりゃもうネイティブレベルだろ?
僕は挨拶程度しか出来ないんだよね。
くそっ、こんなことならちゃんとやっときゃ良かったぁ!!」
ユリウスが頭を掻きながら悔しそうに言った。
「僕も、日常会話に困らない程度には出来ますけど、ギルベルトには敵いません。
僕たちの学年で帝国語が一番できるのはギルベルトですよ、間違いなく」
ヨルンも少し残念そうだった。
日常会話ができるなら十分ではないか、とアリシアは思う。
それでも、ネイティブと同じくらいできるなら、アリシアが今読んでいる本のことを色々教えてもらえるかもしれない。
そう思うと、ついつい気が逸ってしまう。
「あの、ギルさえ良かったら、放課後でなくとも良いのです。
朝とか、お昼とか、少しお時間を頂けませんか?」
「二人だけで?」
ユリウスがすかさず突っ込む。
「あっ、もちろん、部屋で二人きりにならないよう気をつけます!
決して変なこともしません!
勝手に触ったりもしませんし、なんでしたら適切な距離も保ちます!」
フン、と鼻息荒く捲し立てるアリシア。
「あははは! なにそれ! そういうの普通、男の台詞だから!」
「そうですよ! それに勝手に触るのはギルベルトの方ですし、アリシア嬢はこの野獣みたいな男からご自分の身を守ることを考えてください」
ユリウスが大笑いして、ヨルンはギルベルトを睨みつけている。
しかし当のギルベルトはというと、なぜか感極まったような表情を浮かべていた。
野獣と言われたのに、気に留めた様子もない。
「……ギル?」
少し不安になって呼んでみたら。
「……朝でも昼でも、もちろん放課後でもいつだって構わない。
俺は……この二人より優れたところなんてひとつもなくて……その、シ、アリシアを困らせてばかりだったし、俺なんかが、シ、アリシアの助けになれるとは思っていなかったから……」
大きな身体が、落ち着かないと言わんばかりにモジモジしている。
そんなギルベルトを見ていると、こちらまで恥ずかしいような、それでいて慰めてあげたいような。
アリシアはなんとも複雑な気持ちになった。
身体ごと左を向いて、ギルベルトが少しずつ紡ぐ言葉を聞いていると、ふいに彼のラピスラズリの瞳が揺れた気がした。
「剣術の他は何にもない俺で……全然ダメで……それなのに、俺にもシ、アリシアの役に立てるところがあるなんて。
ああ……帝国語!
身につけておいて本当に良かった。幼い頃の努力が報われた気分だ!」
そう言って、はにかんで笑うギルベルトは、やっぱり目尻に涙を湛えている。
「どんだけだよ!」
ユリウスが笑いながら突っ込むが、アリシアにはギルベルトの気持ちが少しだけ理解できてしまった。
(私もさっき、自分の努力を認めてもらって嬉しかったもの)
目の前のギルベルトは、潤んだ瞳でアリシアを見つめている。
大きな身体を屈めて唇を噛み締めているギルベルトは、なんだか今にも泣き出しそうなのを我慢しているようにも見える。
無性に、目の前の銀髪を撫でたい衝動に駆られたアリシアは、右手をギュッと胸に抱き込んで耐えた。
(さっき、勝手に触らないと言ったばかりなのよ。
私、どうかしているわ......)
「ねえ、ちょっといい?」
そこへ、落ち着き払ったヨルンの声がギルベルトを呼んだ。
「ん?」
「君、さっきからアリシア嬢のこと、シアって呼ぼうとしているね?」
「うっ、いや、違う!」
「っていうか、自分の中ではすでにシアって呼んでいるんだね?」
顔をまた真っ赤にして、思いっきり否定するギルベルトだったが、さすがにアリシアも気がついていた。
「そうだそうだ! シ、アリシア。シ、アリシアってお前、何回言ったと思ってんだよ!」
「うっっ」
ユリウスも一見笑いながら、それでいて追及するような視線をギルベルトに向けている。
「勝手に呼んじゃダメって言いましたよね?」
「いや、まだ呼んでいないぞ?」
「呼んだも同然じゃん!」
三人があーだこーだと騒ぐ様子に、アリシアはまた思わず笑ってしまった。
「ふふふ」
こうして結局、この三人が揃ってアリシアのサポートをするのは今日まで、という話に落ち着いた。
◇
風が吹いて、葉がサワサワと擦れる音が耳に心地よい。
そんな早朝の中庭で、定位置のベンチに腰掛けたアリシアはいつものように本を開いていた。
アリシアが読んでいるのは、銀髪の少年が主人公の物語だ。
辛い境遇に耐えながらも生涯の友と出会い、時に優しい人達に支えられながら成長していく王道の物語。
アリシアの愛読書でもある。
実はこの物語、シリーズ化されている。
帝国の作品だがベストセラーのため、ランタナ語にも翻訳された。
最初はそれを読んでいたアリシアだったが、最新巻はまだ翻訳されていない。
こうなったら原語版にチャレンジだ、と息巻いて商会から購入してみたものの、難航してはや数ヶ月……
「この、『ドニは振り返った』っていう一文がいまいちピンとこなくて……」
アリシアが指差す一文を、ギルベルトが目で追う。
「ああ、ここは『振り返った』ではなくて、『裏切った』になるんだ。この前置詞を伴うとそう言う意味になって、しかもほらここ」
「あっ、受身形?」
「そう。だから『ドニは裏切られた』が正解だ」
そう言って、本を見ていたギルベルトが顔を上げた。
目の前にはアリシアのハッと驚いた顔がある。
「ということは、えっ?! そんな!
ジャンはドニの親友なのにっっ!!」
躓き固まっていた物語が、ギルベルトの解説により、また動き出す。
主人公が親友に裏切られ、打ちひしがれる場面は悲しくてやるせなくて……
アリシアが思わず、本を開いている両手にぎゅっと力を込めると。
「シア……」
横からギルベルトが、アリシアの左手にそっと自分の大きな手を重ねてきた。
ティールームの時もそうだったが、ギルベルトの手つきはとても優しい。
「もう。勝手に呼んじゃダメって、ユリウス様もヨルン様も言っていましたよ?」
「ああ、そうだな」
「あと、勝手に女性の手に触れてはいけませんよ?」
「ああ。でもノアさんが、そっと優しく触れるのはいいんだと言っていた」
(なんですって?
ノアったら、後輩に一体何を吹き込んでいるのかしら……??)
ギルベルトは朝練を少しだけ早めに切り上げて、アリシアのために早速時間を作ってくれた。
今、中庭には二人の他誰もいない。
と思わせておいて、実は剣術部の例の二人がこっそりと親友の恋の行く末を見守っているのだが。
アリシアはもちろん、ギルベルトもそれに気づく心の余裕はなかった。
「私、恋愛はお休み中ですよ?」
アリシアは、目の前のラピスラズリの瞳に視線を奪われている。
学生生活もあと一年。
ここでまた、恋愛にうつつを抜かすわけにはいかない。アリシアは、そう思っているのだが。
「知っている。だから君は休んでいろ。
俺は俺のしたいようにする」
そう言って、ギルベルトは蕩けるように笑った。
きっと急いで来てくれたのだろう。ギルベルトの銀髪はやっぱりろくに拭けていなかった。
「ふふふ」
今度は無意識ではない。
ギルベルトの目の前でぱさりとハンカチを広げて見せるアリシア。
「次からはきちんと拭いてから来てくださいね。風邪をひいてしまいます」
そんなふうに声をかけ、その広げたハンカチをギルベルトに差し出した。
「拭いてくれないのか?」
「まあ、拭いて欲しいのですか?」
【だって、君が好きなんだ】
ギルベルトは帝国語でそう言った。
アリシアがそれを聞き取れたのかどうかはわからない。
ただ、いつものギルベルトみたいに耳まで真っ赤に染めて、少し乱暴にギルベルトの髪を拭くところを見ると……
どうやら、きっと、伝わったのだろう。
読みにきてくださって
ありがとうございます!
次で終わる予定です♬
アリシアの恋がまた始まるのかな?




