12.兄と似ているところ
「あなた、本当にノア様と血が繋がっていますの?」
正面にはロスヴィータ。
そしてアリシアの両脇に煽り担当の二人が座り、残りの二人はあれやこれやと給仕に忙しい。
先程、緑ネクタイの集団に囲まれ、『恋愛は当分の間お休みします』と宣言して逃げて来たアリシアだったが、中庭に行くつもりが途中でロスヴィータとその仲間たちに出会し、捕獲されてしまったのだ。
そのまま彼女たちの縄張りに連れ込まれ、今に至る。
「それが正真正銘、ほんとの兄妹なのですよ?
一目で見抜いた方にまだ出会ったことがないのですけど、ふふふ」
「ほら、そういうところですわ!」
(え、どうして怒っていらっしゃるのかしら……?)
ロスヴィータは大きな胸を揺らして、いや、実際に揺れているのは詰め物なのだけれど、とにかくアリシアの態度がお気に召さないようだった。
「見た目の話ではございませんわ!
あの腹黒で魔王なノア様と、あなたのような人畜無害の天然ぽややん娘が血の繋がった兄妹だなどと、信じられるはずもありません!!」
兄妹そろって酷い言われ様だが、アリシアは特に気にした様子もない。
それどころか、思考はまた半分違うところに飛んでいるという……
(そういえば、ロスヴィータ様のリボンはまだ緑色だわ。
ノアったら、一体どういうつもりなのかしら……)
「ちょっと、あなた! 聞いていますの?」
「あっ、もちろんです。えーっと、ロスヴィータ様はうちの兄のことを本当によくわかっていらっしゃるのですね」
「あっ、当たり前ですわ! 私はノア様のことを、中等部に入学して以来ずっと想い続けておりますもの!」
(腹黒と知りながらノアを想っている……なんて奇特な方なのかしら!)
「今日はあなたに聞きたいことがございますのよ。
まあ、これまでのことは水に流して、さあどうぞ召し上がってくださいな」
アリシアはこの後、午後の授業が始まる直前まで、ロスヴィータ達との強制ティータイムとなってしまった。
◇
そして放課後の自習室。
アリシアは今、右隣のユリウスに数学を見てもらっているのだが、教え方がいいのか、実はもうほぼ追いついてしまっている。
ちなみに今日も、アリシアの対面にはヨルンが、そして左隣にはギルベルトが座っている。
「あの後、大丈夫だった?」
心配そうにそう聞いてきたのはユリウスだ。
「はい。実はロスヴィータ様にお茶に誘われまして。ですが、思いのほか楽しい時間となりました」
あの後、ユリウス達三人は中庭へと向かったのだがアリシアの姿はどこにもなかった。
教室に戻っても姿が見えず、実はかなり心配した三人だったが、午後の授業が始まる直前になってアリシアは教室へと戻ってきた。
それだけなら良かったのだが、アリシアがロスヴィータとその仲間達を伴っていたことで、ユリウス達の心配は余計募ってしまった。
「ご心配をおかけしましたね」
「……何か嫌なことをされませんでしたか?」
対面からヨルンが心配そうに聞いてくる。
先日、ノアに遭遇した時もアレだったが、初日からアリシアに絡んできたロスヴィータ達を警戒してしまうのも無理はない。
「いいえ、それが全く。美味しいお茶とお菓子をご馳走になりました。
あ、でも私が全然兄に似ていないと、なぜか大層ご立腹でしたね」
「あー、先輩の妹だって教えてもらったんだ」
「それなら良かったですけど。
でも……そうかな、僕はやっぱりアリシア嬢ってカウフマン先輩の妹さんなんだなって日々実感していますよ?」
ヨルンの言葉に、ギルベルトも走らせていたペンを止めて顔を上げた。
「え、どんなところがですか?」
アリシアが不思議に思って問うと。
「だって、ランタナって三年制の学園ですよね?」
「そうですけど……」
「僕たちは今年で六年目ですから、正直かなりの学力差があったはずです。
なのにこの一週間、僕らと補習したくらいでアリシア嬢は主要科目、ほぼ理解できてますよね?」
「あー、それ、僕も思ってた。そうなんだよ、アリシアちゃん、何の気なしに問題解いてるけど、そこ今やってるとこだからね?」
隣からユリウスも加わって、ギルベルトもうんうんと頷いている。
「え、でも私なんてノアと比べたら全然……」
「いえ、どうか自信を持ってください」
ヨルンが謙遜しようとするアリシアに、力説を続ける。
「たしかにカウフマン先輩はすごいですよ。
けれどアリシア嬢だって、この短期間で僕たちが駆け足で教えた内容が、ちゃんと頭に入ってますよね?」
(んー……たしかに? 言われてみれば?)
「く~っっ、なんだよその羨ましい能力!
血筋か? つまりそういうことなのか!?」
隣のユリウスが、思わずといった様子で机をダンダン叩いている。
アリシアはノアとは全然違う。その自覚はちゃんとある。
だからこそランタナにいる時から、もちろん実家の方針ではあったけれど、勉強に関して地道な努力を続けてきたのだ。
「もし本当にそうなら嬉しいです。
これまで頑張ってきた意味があったんですね。それに、ずっと皆さんに甘えるわけにもいきませんから」
アリシアがそう言ったところで、三人の表情は一瞬で固まった。
アリシアにとって、この三人はまさに紳士だった。
三人と自習室で過ごすこの時間は、正直とても心地良い。
けれど授業のレベルに追いついたのなら、これ以上を望んではいけないと思っている。
(その気もないくせに長く引っ張っては、彼らにも、彼らを慕う女の子達にも失礼だもの……)
「いやいや、そんなこと言わないでよ!
僕らはもっとアリシアちゃんと一緒にいたいよ?」
「そうですよ。とは言っても実際、勉強が追いついてしまったからには、そうですね……
何か他のことでお力になれるといいのですが……」
ユリウスとヨルンがそんなふうに言ってくれて、それならばとアリシアはひとつ気になっていることを聞いてみた。
「あの、どなたか帝国語って得意ではありませんか?」
アリシアは言ってから順に三人の顔を見た。
すると、
「アリシアちゃん、帝国語まで勉強してるの?」
ユリウスが驚いて聞いてくる。
「はい、実は半年ほど前からチャレンジしているのですが、さっぱり歯が立たないのです」
そうなのだ。
アリシアの母国ランタナとここクライドルは、元を辿れば同じ民族のため、読み方が違う程度で言葉を習得しやすかった。
おまけにアリシアは母がクライドル出身のため、自然とバイリンガルに育っている。
しかし帝国語となると話は別だ。
民族がこちらとはまったく異なるため、文法からしてかなり難解だった。
「帝国語なら、ギルベルトが得意ですよ」
ヨルンがギルベルトに手を差し向けて言った。
「ギルが?」
久しぶりにそう呼んだ気がする。
アリシアが呼びかけ視線を向けると、ギルベルトの表情は「ぱああ」っとみるみる明るくなった。
そしてそのラピスラズリの瞳は、星空を映したかのようにキラキラと輝いて見えた。
「ああ、任せてくれ!」
久しぶりに名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、一瞬で頬を真っ赤に染めた彼は、それでもアリシアを見つめながら恥ずかしそうに笑った。
そんなギルベルトに、アリシアもつられて「ふふふ」と笑ってしまった。




