10.野心家で〇〇愛好家
「ねぇ、ノアって学院で一体何をやらかしたの?」
アリシアは寮に戻らず、今夜はカウフマン伯爵家のタウンハウスで過ごすことにした。
なぜならノアに聞いておくことがたくさんあるからだ。
「なにそれ。まるで僕が問題児だったみたいじゃん」
夕方帰宅したノアとアリシアは一緒に夕食をとり、今は食後のお茶を頂いている。
「彼らに何か言われた?」
「いいえ。ただ、ノアは学院では有名人だからって……」
「まあね。僕ってほら、何でもできちゃうから」
照れるでもなく、さも当たり前のようにノアが言う。
(ん~、これを否定できないところがなんとも腹立たしいわね)
ブルーベル家の三人の息子は、それぞれが皆優秀だ。
中でも三男のノアは一を聞いて十を知るタイプだったから、勉強で苦労したことはなかった。
剣術部だったということからもわかるように、ギルベルトとはタイプが違うが、細身ながら身体もしっかり鍛えられている。
「ところで、ノアってあのロスヴィータ様とお付き合いしているの?」
「さて、どうだと思う?」
「どうもこうも……ただ」
アリシアは言葉に詰まる。
それは別に、ロスヴィータの性格がどうのという話ではない。
アリシアは上の兄達がノアのことをいつも揶揄っていた言葉を思い浮かべていた。
(微乳愛好家に、貧乳星人だったかしら……)
「ああ、シアもついに、そんないやらしいことを考えるようになったんだね」
「違っ!!」
(もうっ! どうしてわかったのかしら?!)
アリシアは顔を真っ赤にして、思いっきり動揺している。
「ふふ、相変わらずシアは可愛いなぁ。
僕はお前が目を覚ましてくれて、本当に良かったと思ってるよ。あいつには勿体なかったから……」
一瞬、ノアはその水色の瞳に冷たい影を乗せた気がしたが、すぐにふっと表情を和らげた。
「……メリルちゃんに感謝だね」
「え、今なんて?」
「ううん、なんでもないよ。
それより、ロスヴィータ嬢ってどこのお嬢様か知ってる?」
「えーと、たしかツィマーマン公爵家だったかしら?」
母国ランタナの貴族ならば、その家の歴史や領地の特色まで網羅しているアリシアだったが、クライドルについてはまだ全然だった。
「そうそう。じゃあ、ツィマーマン公爵夫人、つまりロスヴィータ嬢の母君が誰だか知ってる?」
「……いえ、そこまでは」
「実はね、現王の妹にあたる方なんだ」
「え、ということは降嫁されたのね?」
「そう。でね、彼女は先王にとても可愛いがられていたんだよ」
「へえ……ロスヴィータ様は王家の血筋が……ああ、それで!」
あの高飛車な態度や取り巻いているメンバーの言動を思い出して、アリシアが納得していると。
「くくっ、随分と気位が高いだろう? おバカさんなのに」
「ちょっとノア、そんな言い方をしてはいけないわ」
「いやいや、あれでなかなか可愛いところもあるんだよ」
「じゃあ、やっぱり?!」
思い出し笑いなのか、堪えきれずくくっと笑ったノアを見て、アリシアは意外と気に入っているのかしらと考えてみたり。
「まあ、そんな話はさておき、だ」
けれどノアはスッと真剣な顔になると、続きを話し始めた。
「先王は娘の輿入れの際、王家直轄領の一つを持たせたんだよ」
「クライドル王家の直轄領と言えば宝石で有名な……」
アリシアも商会を通して、商品の流通ルートや鉱石の産地など最新の知識を頭に入れるようにしている。
そう言えば割と最近、クライドルの王領以外で新しい鉱脈が発見されたと話題になっていた。
「シア、わかった?」
「もしかしてラピスラズリの……?」
「せいかーい☆
さすがシア、ちゃんと勉強してるんだね」
なんて言いながら、ノアはパチパチ手を叩いた。
もともとクライドルの王家は、直轄領から宝石が産出されることで有名だった。
そして現在、その一部がツィマーマン公爵家所有となっている、というわけだ。
「あの領地、ピンクトルマリンも産出されるんだよね。
僕、昔からずっと目付けててさぁ」
「だからって、まさかそのためにロスヴィータ様との結婚を考えているの?」
「そうだよ。
宝石も魅力的だけど、あのルートが使えたら帝国も狙えるだろう?」
どうやらノアは地理的な意味でも、ツィマーマン公爵家の持つ元王領にかなり関心があるようだ。
ベル商会を担っているのはアリシアの二番目の兄だけれど、実は兄弟の中でノアが一番の野心家だったりする。
「せっかくクライドルは自由恋愛を推している国なのに、何もそんな裏のある結婚しなくても……」
「裏があろうと、表にちゃんと愛があればいいんだよ」
「じゃあ、ノアにもあるの?」
「もちろん。だって、あのおっぱいは紛い物だからね」
「えっ、紛い物??」
ノアからの爆弾発言に、アリシアは思わず聞き返してしまった。
(ロスヴィータ様の、あのバイーンがニセモノですって!?)
「昔さ、ノリで大っきい胸の女の子が好みだって言ってた時期があってね。
そしたら彼女、それ本気にしちゃって。だんだん育って今あんな……
くくっ、本当はちっちゃいくせに見栄張っちゃってさ、引っ込みつかなくなってんの!」
(ええっ、ロスヴィータ様、どうしてまたあそこまで派手に盛ってしまったのかしら?!)
「僕にバレたらどうしよう、っていつも必死に隠そうとするのすっごく可愛いし!
あの盛りに盛ったプライドの下に、ちっちゃいの隠してると思ったらもう......たまんないよねぇ」
「ノア……あなたって本当に……
そのうち愛想尽かされても知らないわよ?」
「僕はそんなヘマしないけど、まあ、もしそうなっても別の手を打つだけだよ」
そんな風にあっさり言ってのけるノアをみて、アリシアはなんだか少し悲しいような、寂しいような気持ちになってしまった。
「ノアには幸せになってほしいわ……」
「僕だって同じ気持ちだよ。シアには絶対幸せになってほしい。
ユリウスくんとヨルンくんは僕のおススメだよ☆
ギルベルトはなんていうか……まさかあんな風になるなんて、ダメ元だったのにな......」
最後の方は独り言のように呟くノアに、アリシアはまだ昼間の意図を尋ねてないことを思い出した。
どうせノアのことだから、悪ふざけついでにユリウス達を品定めしに来たのではないか、とアリシアは思っている。
「ねえ、私まだ、そういう気分じゃないわ」
「でも未練があるわけじゃないだろう?」
「それはもう全く。全然。きれいさっぱり残ってないわね」
「なら、安心したよ。
あと、恋は始めるもんじゃないからね。それはお前もよく知ってるだろう?」
「……たしかに」
(そうね、恋は落ちるものっていうものね)
「でも、余計なことはしないでね?」
「余計だなんて心外だなぁ。
ただ愛する妹の幸せを、心から願っているだけなのに」
「もう! そういうところが胡散臭いんだから!」
年子の二人はケンカも多かったけれど、小さい頃から何かと一緒に過ごしてきた。
ただそれも、ノアがクライドル学院の中等部へ入るまでの話だが。
だから今、こんな風にノアと二人で過ごす時間は、アリシアにとって懐かしくもなんだか新鮮な時間だった。
けれどアリシアは知らない。
『裏があろうと、表にちゃんと愛があればいいんだよ』
そう言ったノアの手が、一体どこまで伸びているのかを。




