9.『まだ好きなのか?』
「シア、ごめん。後はよろしく☆」
「えっ!?」
「ちょっと、ノア様!!」
「あれ? 僕はお淑やかなレディが好きだよ?」
「むぅ……」
ノアは興奮気味のロスヴィータを一言で黙らせると、慣れた様子で彼女をエスコートしていく。
「「ロスヴィータ様!!」」
いつもロスヴィータにひっついている煽り担当の二人も、慌てて後を追っていった。
「……なんか、すごかったね」
最初に声を発したのはユリウスだった。
「あの、兄がごめんなさい」
アリシアはまず三人に頭を下げた。
だってノアのせいで、お礼どころか変なことに巻き込んでしまったのだから。
「えっ、お兄さんなの?」
「ああ、やっぱりですか」
「ノアさんが、兄?」
三者三様の反応が返ってくる。
ヨルンは勘づいていたようだが、ユリウスとギルベルトはかなり驚いているようだった。
「ノアは母にそっくりですから、跡取りのいない母の実家であるカウフマン家の養子になっています。
私は父親似なので、二人並んでも兄妹と言われたことは一度もありませんね」
「へぇ……」
「なるほど、それで家名が違うんですね」
「ノアさんの妹……」
目の前に並ぶデザートに、まだ誰も手をつけていないことにアリシアは気づいた。
「せっかくなのでこちらも頂きましょう」
アリシアは給仕係を呼ぶと、お茶を入れ直させる。
そして、ティールーム自慢のケーキや焼き菓子を三人に勧めた。
ようやく落ち着いた雰囲気の中、アリシアは皆に聞いてみた。
「あの、兄はロスヴィータ様とお付き合いしているのでしょうか?」
「いやあ、どうだろう......」
「ロスヴィータ嬢はずっと夢中みたいだけどね」
「妹……」
ギルベルトだけ何か違うことを呟いているが、とりあえずアリシア達はそっとしておいた。
「じゃあ、一体何の目的があって内緒にしてくれって言ったのでしょうか?」
「どういうこと?」
「実は、学院では自分が兄だとバレないように、と言われていましたので」
「あー、それは……」
「まあ、そうですね」
「妹……」
「え、なんですか?」
ユリウスとヨルンはわかったような顔で苦笑いしていたけれど、アリシアにはさっぱり見当もつかない。
「その、アリシアちゃんのお兄さんね、学院じゃめちゃくちゃ有名人なの」
「カウフマン先輩の妹ともなれば、余計な注目を浴びるでしょうから......」
「妹さんにはたしか……」
なんだか腑に落ちない理由ではあったけれど、あの兄のことだ。たしかに恨みなど買っているのかもしれないな、とアリシアは思った。
「では、来週からも黙っておくことにしますね」
アリシアがそんな風に話した直後だった。
ずっと上の空だったギルベルトが、とんでもない爆弾を落としたのは。
「ノアさんの妹には、ベタ惚れの婚約者がいると聞いたことがある!」
「「ギルベルト!?」」
ユリウスとヨルンに、ノアとどの程度接点があったのかはわからない。
けれど、ギルベルトは剣術部でノアと何年も時間を共にしている。
きっと過去のどこかの時点で、妹とそのベタ惚れの婚約者について、耳にする機会があったのだろう。
「ギルベルト、失礼だって!」
「アリシア嬢。その、何も答えなくていいですからね」
ユリウスとヨルンが慌ててフォローしてくれるのだが、アリシアはこの三人には迷惑をかけた手前、きちんと説明したほうがいいような気がした。
「その通りです」
「え?」
「婚約者、やっぱりいるんですか?」
ユリウスとヨルンはアリシアの言葉に反応したけれど、ギルベルトは口を開けたままショックを受けたように固まっていた。
「あっ、今はもう違うのです」
「そっか……」
「そう、なのですね」
やっぱり訳ありか……と、察知したユリウスとヨルン。
二人はここで話題を変えようと試みるのだが――
「まだ、好きなのか?」
「「ギルベルトォーーッッ???!!」」
空気は読まないタイプなのか、ギルベルトはアリシアに真っ直ぐ切り込んでいく。
「ギルベルト、弁えろ!」
「アリシア嬢、無視でいいですから!」
二人は立ち上がってギルベルトの席まで行くと、ヨルンは両手でギルベルトの口を塞ぎ、ユリウスはギルベルトの両耳を塞いでいる。
けれど身体の大きなギルベルトは、その場で立ち上がるだけで二人の制止を振り切ってしまった。
「ふふっ」
そんな必死な彼らを見て、アリシアは思わず笑ってしまった。
内容的には全然笑えない話題だけれど、常識的なユリウスとヨルンが、マイペースなギルベルトに振り回されている様は、なんだかとてもおかしくて。
三人の男子があーだこーだと揉める(正確にはギルベルトが一人暴走している)様子は、アリシアの中では懐かしくて見慣れた光景だったから。
(まだ好きなのか、ですって?
こんなこと、メリルにしか話したことないのだけれど……)
アリシアはこくんとひと口紅茶を飲むと、三人の目を順に見てからこう言った。
「ここだけの話ということで、私の話を聞いて頂けますか?」
そうして、アリシアは訥々と語り始めた。
十年以上、元婚約者に想いを寄せていたこと。
(そのうち半分は、手紙の中の実在しない彼を想っていたようなものだけれど)
元婚約者はその間、アリシアにはちっとも興味がなかったこと。
(もう変なものを集めたり、気持ち悪い刺繍も刺さないって誓うわ)
元婚約者には、学園で別に想う人ができたこと。
(お二人はお似合いだったわね)
結局、元婚約者の契約違反で婚約が白紙に戻されたこと。
(頬を引っ叩かれたことはさすがに言わないでおこう)
そして心機一転、アリシアのことを誰も知らないこのクライドルで、残りの学生生活を楽しみたいと思っていることも。
「……ですから、今は何というか、そういう気分にはなれないのです」
途中、複雑な表情をいくつも見せながら最後にそう締めたアリシアだったが、ユリウス達三人にはとても儚げに映った。
なぜならアリシア、いつものうっかりで肝心な質問に答えていなかったから。
『まだ、好きなのか?』
◇◇
途中でカウフマン伯爵家のタウンハウスへとアリシアを送り届けた三人は、寮までの帰り道でこんなことを話していた。
「まだ、彼のこと忘れられないのかな……」
「そういう気分にはなれない、ってつまりそういうことですよね?」
「……シア」
「あっ、ギルベルト、お前また!」
「勝手に呼んじゃダメですからね!」
ユリウスとヨルンが睨みつけるも、ギルベルトはただ窓の外を眺めるだけだった。




