5.まさかの……
(私ったら、あの時どうしてあんなこと……)
朝、ギルベルトとのことがあってから、アリシアはかなり緊張して登校したのだけれど。
「おっ、おはようございます!」
「......ああ」
すでに着席し、窓の外を見つめていたギルベルトだったが、いつもの無表情で小さく返事をした。
ギルベルトのことはまだ何も知らないアリシアだけれど、どうしてか今、彼があえて素気なく振る舞ってくれているような気がした。
(ギルベルト様だって驚いたでしょうに……)
短く刈られた彼の銀髪を見つめている自分に気づいて、アリシアはぶんぶんと首を横に振った。
「おはよー、アリシアちゃん」
「おはよう、アリシア嬢」
「あ、ユリウス様にヨルン様、おはようございます。本日もよろしくお願いします」
そして、彼らと共に過ごす転入四日目が始まった。
◇
「あの、もし良かったら、今日は僕達とランチをご一緒しませんか?」
昼時間。
ランチルームに着くと、アリシアは同じクラスの男子にそう声を掛けられた。
実は彼、前のほうの席からチラチラと振り返ってはアリシアのことを気にかけていた。
そのことに、アリシア自身も気がついていたのだが。
「そういうの困るなぁ」
「そうですよ、僕達もまだアリシア嬢との信頼を構築している段階ですからね」
ユリウスとヨルンが、提案してきた男子生徒にそう答えた。
少し離れたテーブルには、こちらの様子を伺う三人の男子生徒がいる。
きっと彼の友人達なのだろう。
(転校生だから、前後左右だけでなく皆さんで気を遣ってくださるのかしら……??)
「君達はもう何日も彼女と同席させてもらっただろう?
そろそろ交代してもいいんじゃないか? 僕らにもチャンスをくれないと」
食い下がる彼の言葉に、アリシアは少し違和感を覚えた。
「えー、いやだね」
「まだ四日目ですよ?」
ユリウスとヨルンがそれぞれ断りを伝える。
「……はぁ。わかったよ。じゃあ来週から僕らと交代ってことで頼むよ。
アリシアさんも、来週からよろしくね」
そう言って、彼はニコッと笑って仲間達の待つテーブルへと戻って行った。
アリシアがそのまま彼らを見ていると、残りの三人が手を振ってきたので、とりあえず手を振り返そうとしたのだが。
「行こう」
「あっ」
アリシアが振りかけた右手を、ギルベルトがその大きな手でそっと掴んだ。
「あっ、ちょっ、ギルベルト!」
「抜け駆けとはずるいですよ!」
ユリウスとヨルンが、慌ててついてくる。
「飯食う時間がなくなる」
「わわっ」
アリシアはそのままギルベルトに優しく手を引かれながら、いつも座るテーブルへと連れて行かれてしまった。
「ギルベルトはもっと女性に対する接し方を学ぶべきですよ?」
「そうだ、そうだ。こないだもそうだったけど、君はいちいち距離が近いんだよ。
あと、いきなり女の子の手に触れちゃダメだから!」
食事を取りながら、ヨルンとユリウスが先程のギルベルトの行動を注意している。
そんな二人の注意を素知らぬ顔で抜け流し、今日もギルベルトは目の前の山盛りランチを黙々と食べ進めていた。
(手が……大きいのね)
背の高いギルベルトは、手も随分大きかった。
アリシアは先程彼の手に包まれた右手に、自分の左手でそっと触れてみた。
(違う、こんなに柔らかくなかったわ……)
「ーーシア嬢?」
「おーい、アリシアちゃん?」
呼ばれてハッと顔を上げると、ヨルンとユリウスが心配そうにアリシアを見ていた。
「あ、ごめんなさい。考え事をしていました」
アリシアは答えながら何となくギルベルトを窺うと、彼もこちらを見ていたようだったが、アリシアと目が合った途端プイッと顔を背けられてしまった。
「何か悩みごと?」
まさか、ギルベルトの手の大きさと手のひらの感触について考えていたなんて言えるわけもなく。
アリシアは先程の男子生徒からの誘いについて聞いてみることにした。
「あの、先程の彼のお誘いなのですが、やっぱり私の学生生活をサポートする目的があってのことですよね?」
「ん? どゆこと?」
「と、言いますと?」
「……??」
三者三様の答えが返ってきて、とりあえずアリシアは続ける。
「その、ロスヴィータ様たちが教えてくださったのですが、皆さまが私に良くしてくださるのは全て学院の方針である、『紳士教育の一環』だと伺いましたが……違うのでしょうか?」
アリシアは喋りながらも、彼ら三人の表情が残念な子を見る時のメリルのそれを彷彿させて、なんだか最後は小声になってしまった。
「あー、そうだね。確かに学院の方針ではあるね」
「ですがあくまで名目上ですよ。
実際の目的はまあ、他にあるんです」
ユリウスからヨルンへリレーしての説明に、アリシアは心のどこかに引っ掛かっていた違和感が浮上してくるのを感じた。
「それは……つまり……」
どう切り出していいものか迷っていると、左からギルベルトが一言、スパンと気持ち良く言い切った。
「婚活だ」
「へ?」
一番意外な人物からそんな言葉が聞こえて、思わずアリシアは聞き返してしまった。




