6.緑はGOサイン
放課後。
自習室の一つを貸し切り、今日もユリウス、ヨルン、ギルベルトの三人はアリシアの勉強に付き合っている。
「アリシアちゃん、本当にわかってなかったんだね」
自身の課題を進めていたユリウスだったが、ふと手を止めて、昼時の話題に触れた。
すると、アリシアに経済学を教えてくれていた、ヨルンもペンを置いてそれに続いた。
「あの、アリシア嬢? 僕らのネクタイとリボンの色について、何か気づいたことありませんか?」
「リボンの色、ですか?」
そういえば、アリシア達四人はみな緑色のリボンとネクタイをつけている。
今日のお昼に誘ってきた彼らのネクタイも緑色だった。
「ほら、アリシアちゃんの前の列の女子わかるかな? 皆、赤いリボンだよね?」
「あー、そういえばそうですね」
(言われてみれば、たしかに赤の生徒と緑の生徒が半々ぐらいいるかしら)
「学院に入る前に教えてもらわなかった?」
「それが何も聞いていなくて……」
「親戚や知人の紹介でここに転入したと思いますけど、その時申告したはずです。婚約者はいないって。
もしかして、いらっしゃるんですか?」
今度はヨルンが真顔で聞いてくる。
「いえっ、婚約者は……いません」
もういない、と言いそうになり、少し間が空いてしまった。
この学院にはアリシアのことを知る人はいないし、元々婚約者がいたという事実さえ、書類上には残っていない。
ただ、アリシアの記憶の中に、そのつもりで過ごした十年余りが残っているだけで。
「それなら良かったです。もしアリシア嬢にお相手がいたら、僕たちの出る幕はなかったでしょうから」
ヨルンは、アリシアの変な間を追及せずにいてくれた。
そもそも転入手続きは父親がアリシアに内緒で進めてくれたものだし、兄のノアからも、これといったアドバイスはもらっていない。
ノアからはただ一言、こう言われただけだった。
『僕が兄だってバラすなよ?』
アリシアの三番目の兄ノアは、母の実家であるカウフマン伯爵家の後継者となるため、生まれてすぐ籍だけはカウフマン家に移された。
とは言え、学院の中等部に入学するまではアリシアや他の兄達と同じように領地で育っている。
ちなみに兄ノアとアリシアの年は一つ違い。つまりユリウス達とは昨年までこの学院で顔を合わせていたことになる。
(そういえばノア、剣術部って言っていたような……)
何の気なしに左に座るギルベルトを見ると、節くれだった手にペンを持ち、サラサラと数学の課題を解き進めている。
(ノアはギルベルト様をよく知っているはずよね、部活の後輩なのだし……)
今度、屋敷に戻った時に聞いてみようかなと思った直後、「ダメダメ」と慌てて考えを改めるアリシアであった。
「どうした?」
アリシアの呟きが聞こえたのか、ギルベルトが手を止めて声を掛けてきた。
「いえ、ごめんなさい。何でもないの」
アリシアが微笑むと、ギルベルトのラピスラズリの瞳がそのままアリシアに釘付けになってしまった。
「だから、ギルベルト! そうやって不躾に相手を見つめるのもダメですから!」
ヨルンが、対面からギルベルトを注意する。
「えーっと、話戻すけどさ、クライドルでは貴族も自由恋愛を推してるんだよね」
相変わらずの軽い口調でユリウスが話しだした。
「ランタナはまだ政略結婚が多いんじゃない?」
「まあ、そうですね……」
アリシアの婚約だって実質は政略だったのだ。恋をしていたのは自分だけで。
アリシアは自身の情けない過去を思い出しかけてキュッと唇を噛んだ。
「クライドルではほとんどの貴族が自由恋愛を経て婚約を結ぶんですよ。
赤いリボンやネクタイの人は、もうお相手が決まっている人たちです。学院に在籍している生徒たちは家柄も間違いありませんからね。
ほぼ全員、なんだかんだで卒業までにはお相手が決まるんですよ」
(え、まだ半分くらいは緑色だけど…ほぼ全員が!?)
「卒業までに……じゃあ、うちの兄はどなたともご縁がなかったのですね」
と、うっかり口に出してしまったところでハッとするアリシアだったが、すでに遅かった。
「えっ、アリシアちゃんのお兄さんってここ出身?」
「そうなんですか?
でもブルーベル先輩っていましたっけ?」
ユリウスとヨルンが食いついて、ギルベルトも乗っかってくる。
「黒髪……」
兄妹となると、やはり普通は見た目が似る。
けれどノアとアリシアは全然違った。母方カウフマン伯爵家の外見的特徴である淡い緑髪に、これまた薄い水色の瞳を持って生まれたノア。
母親とそっくりの外見のため、次男ではなく三男のノアが、カウフマン伯爵家の後継に据えられたのだ。
ちなみに上の兄二人は父方の血筋から受け継ぐ黒髪だ。もちろんアリシアも。
おまけにアリシアは瞳も父親譲りの濃い青なので、パッと見でノアと兄妹だとは気付かないだろう。
さらには家名まで違うのだ。
「ちなみにお兄さんの名前って……」
ユリウスに聞かれたけれど、
「内緒です」
アリシアはそう答えるしかなかった。




