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アリシアの恋は終わったのです【完結済】  作者: ことりちゃん
続編~クライドル学院にて~

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4.ギルベルト・リヒター

 毎朝、剣術部の演習場で誰よりも早く鍛錬を開始する者がいる。


 しかしその日に限っては、早朝というよりまだ深夜と言えるような時間帯に彼は演習場を訪れていた。


 ギルベルト・リヒター。


 帝国との国境に領地を構え、長年このクライドルをかの国の侵略から守ってきたリヒター辺境伯家。彼はそこの嫡男、つまり次代の領主である。


 とは言え、三十年ほど前に結ばれた和平協定のおかげで、現在帝国との関係は良好である。




「ふぅーー」


 日課の筋トレから素振り千回を終えたところで、ギルベルトはひと息ついた。


 見上げた空は、まだアリシアの瞳のような深い青色をしている。


(綺麗な瞳だったな……)


 汗を拭き、邪念を払うように首を振ったギルベルトは再び鍛錬に汗を流した。



 空が白んできた頃、足音が二人分近づいてきた。


「おいおい、すでに仕上がってんなあ!」

「お前、何時からやってんだよ?!」



 ギルベルトと同学年の二人はこの五年、共に切磋琢磨してきた仲間であり、悪友でもある。


「……目が覚めてしまってな」


 ぽりぽりと頬をかくギルベルト。

 その原因が思い当たる二人は、揶揄うことはやめて、今日は真面目に聞いてみた。


「お前さ、女子に名前呼ばれるの嫌がるじゃん?」

「そうそう、しかも愛称呼びなんてな」





 ギルベルトの見た目はかなりイイ。

 けれど今、女子が彼の周りをうろつくことはない。

 なぜなら、中等部に入学して早々,「ギルベルト様♡」「ギル様♡」と騒ぐ女子達に向けて彼が殺気を纏いながらこう言い放ったからだった。


『俺の名を呼ぶな。

 愛称などもっての外だ。嫌気がさすんだ。

 俺を呼ぶ必要がある時は必ず家名で呼べ、いいな?』


 当初、なぜ彼があんな非常識とも言える態度をとったのか、誰にもわからなかった。

 けれど学院に慣れた頃、ある場面を目にした者は皆、ギルベルトのあの態度の理由がストンと腑に落ちたという。



『ギルぅ~、ねぇ、ギルってばぁ、なんで無視するのぉ??』

『アハハ、ギルったら一丁前にカッコつけてやんのぉ』

『ギル~ッッ、大好きなお姉様達が生意気な弟に挨拶しに来てあげたよぉ。こらぁ、もっと嬉しそうな顔しなさいよぉ』


 二つ上の学年に在籍していたミュラー三姉妹。

 三つ子の彼女達はギルベルトの実の姉ではなく従姉妹なのだが、父(つまり、ギルベルトの叔父)を早くに亡くしたため、幼少期から共に育ったという。


 そんなギルベルトの苦労を察して、周囲の女子はもちろん、親しくなった男子でさえも彼を愛称で呼ぶことだけは避けている。





 


「女嫌いだと思ってたけど?」

「正直俺もそう思ってた。だってほら、なあ?」


「たしかに嫌いだ。今だって、考えただけで鳥肌が立つほどにな」


「は?」

「じゃあ、なんで彼女は大丈夫なんだよ?」


 ギルベルトは二人に問われて少し考えた。そして考えているうちに顔が熱くなり、居た堪れなくなって右手で顔を覆った。


「おいおい」

「どした?」


 顔は隠せても、真っ赤になった耳までは隠せない。

 ギルベルトは観念して、二人にそれを打ち明ける。



「わからん。ただ、匂いが……」

「「は?」」



「彼女、いい匂いがするんだ」

 

 ・

 ・

 ・


「きゃーっ変態よっ!!」

「ここに変態がいるわ!」



 二人はその後、ギルベルトに絞め技を食らった。







 よく眠れたお陰で朝早く目が覚めたアリシアは、噴水の側のベンチに腰掛けていた。

 嬉しいことに、この学院にも中庭には噴水があり、いくつかベンチも設置されていた。


 アリシアはその中の一つを定位置に決め、朝の爽やかな空気と小鳥の囀りを楽しみながら本を読んでいた。



「アリシア?」


 と、そこへ自分を呼ぶ声がする。

 

「まあ、ギルベルト様、おはようございます」


 朝練の後なのか、簡素なシャツに濡れ髪のままのギルベルトだったが、なんだかとても輝いて見えた。


「ギルと」

「え、でも……」


 アリシアもさすがにあの後、いきなりの愛称呼びはおかしいと気づいた。

 だから次に名前を呼ぶときは、せめて「様」をつけて呼ぼうと決めていたのだが。


 ギルベルトは、アリシアが座るベンチに腰を下ろした。

 そうしてまた、至近距離からアリシアを見つめてくる。


(ラピスラズリの瞳がとても美しいわ。本当に吸い込まれてしまいそう……)


 ほぼ夢心地なアリシアに、ギルベルトは優しく、それでいて少し強引に求めた。


「ギル、と呼んでくれ」

「……ギル?」


「そうだ」


 そしてランチルームの時と同じような会話が繰り返され、やっぱり同じようにギルベルトがふにゃりと笑った。



(なっ! なんなのかしら?! 

 ギルベルト様ったら、なんでこんなっ?!

 それにシャワーの後なのかしら、なんだかいい香りがするし......ていうか、髪が全然拭けていないわ!)



 胸がドキドキしている。

 変な空気に、アリシアは落ち着かなかった。


 アリシアは徐にハンカチを取り出した。

 そしてそれをパサリと広げると、まだ濡れたままのギルベルトの髪をそのハンカチで包んだ。


 それから、わしゃわしゃわしゃーーーー


 今、アリシアはほぼ無意識である。


 ギルベルトの短く刈り込まれた銀髪は、アリシアがハンカチで拭くだけでもだいぶ水分が取れたのだけれど。


「ほら、少しはマシにーー


 と、言いかけてアリシアは固まる。


 なぜなら、目の前のギルベルトが申し訳ないくらい顔を真っ赤に染めていたから。



(私、なんてことを!!!???)



「ごっ、ごめんなさい!!」



 アリシアは、あまりの申し訳なさに居た堪れなくなった。

 そして叫ぶように謝ると、真っ赤になったギルベルトから逃げるように走り去ってしまった。





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