2.語り継がれる……
「僕のことは、ユリウスと呼んで」
結局、アリシアは前と左右の席の男子三人に案内されて、いや、見た目は連行されるようであったけれど、とにかくランチルームで昼食をとっている。
右隣の彼、ユリウスはここでもアリシアの右に腰掛けている。
彼は最初の印象通り、人懐っこくて話しやすいタイプのようだ。
「僕のことはヨルンと。君のことはアリシア嬢と呼んでもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
すでにちゃん付けで呼んでいるユリウスとは違い、わざわざ断りを入れてくれるところを見ると、ヨルンは真面目なタイプのようだ。
ヨルンはテーブルの対面、つまりここでもアリシアの前に座っている。
(ここのマナーなのかしら?)
本日のおすすめランチを頂きながら、アリシアは彼らに色んなことを教えてもらった。
カリキュラムのこと。
図書館の中の自習室のこと。
部活のこと。
ちなみにアリシアの左には、もちろん彼が座っているのだけど。
「……」
寡黙な彼は、目の前の山盛りランチを無言で食べ進めている。
アリシアは先程、教室からここへ来る時のことを思い出していた。
エスコートのために差し出してくれたユリウスの手を、この彼がはたき落としたのだけれど。
「あの、あなたのことは何てお呼びすればいいかしら?」
食事の済んだタイミングで、左の彼に話しかけてみる。
すると、彼はアリシアと目が合った瞬間、やっぱりピタリと動きを止めてしまった。
次第に彼の頬が紅く染まっていく。
(あっ、そうだった。彼は恥ずかしがり屋なのよ。
急に話しかけちゃって悪いことをしたわ……)
なんてアリシアが考えていると、なぜか周りが急に騒がしくなった。
『おい、嘘だろ!?』
『ギルベルトが赤面してるぞ?』
すぐ隣のテーブルの男子生徒たちが聞こえよがしにそんなことを言っている。
(まあ! そんなふうに人を揶揄ってはいけないわ! ましてや彼は極度の照れ屋のようだし……)
アリシアがそう思ってギルベルトと呼ばれた彼の席を見ると、そこには誰も座っていなくてーー
「うわっ、ごめん、ごめんって!」
「イテテッ!! もう言わないから!」
いつの間に移動したのか、ギルベルトは音もなく席を立ち、彼らの背後をとってそれぞれに制裁を加えていた。
「ふふ」
(なんだか、昔のお兄様たちを見ているようだわ)
アリシアは彼らの戯れる様子に、年の近い自分の兄達を思い出して微笑んだ。ただそれだけなのだけれど。
「おいおい、ギルベルトを見ても怖がってねーぞ?」
「なにあれ、女神の微笑みか? 美しすぎるだろう!」
「「ギャアーッッ!!!」」
隣のテーブルの二人は、またギルベルトからそれぞれ手刀や絞め技を食らっては悲鳴を上げた。
「あー、なんかうるさくてごめんね。あいつら剣術部の連中でさ、ギルベルトと仲良いんだよ」
「そうなのですね」
「アリシア嬢はああいう荒っぽいの、怖くないのですか?」
ユリウスが説明してくれ、今度は向かいの席からヨルンが聞いてくる。
「いえ、別に。私には兄が三人おりますが、ついこないだまであのように戯れておりましたわ」
「へぇー、お兄さんが三人も? それはかなり手強いですね……」
「それは厄介だね……」
最後にヨルンとユリウスの声が重なり、アリシアはよく聞き取れなかった。
聞き返してはみたけれど、二人は何でもないと笑って首を横に振るだけだった。
「なあ」
「ヒャッ!」
アリシアは、驚いて少し声を上げてしまった。
今の今まで、隣のテーブルで仲間と戯れていたと思っていた彼が、いつの間にか席に戻っている。
しかもちょっと顔が近い。
「おい、どうしたギルベルト!」
「ギルベルト、近いですよ!」
ユリウスとヨルンが注意するが、ギルベルトは気にかけた様子もなくじっとアリシアを見つめた。
(まあ! この方の瞳は、私とはまた違う色合いの青なのね。
ラピスラズリかしら?
あ、ラピスラズリと言えばこの度、新しい鉱山が見つかったとかで商会のほうでも……)
異性に見つめられるという経験の乏しいアリシア。
残念ながら、思考が全く別のところへ飛んでいた。
ギルベルトの方はというと、頬を染め、耳まで紅くして、明らかに目の前のアリシアに心奪われているとしか思えない表情をしていた。
剣術部というのは伊達じゃないらしく、ギルベルトの身体はかなり鍛えられている。
おまけに長身で、なかなかに整った顔立ちの彼と、思考は他所に飛んではいるが、あたかも見つめ返しているかのように見えるアリシア。
それはまるで、時を忘れて見つめ合う恋人同士のようで……
「アリシア」
「はいっ」
なぜかいきなりの呼び捨てに、アリシアはラピスラズリの鉱脈に思いを馳せていたところを引き戻される。
ちょっと慌てて、呼び方を正す前にうっかり返事もしてしまった。
「俺のことは、ギルと」
残念なことに、動揺が重なったアリシアはまだ思考が追いついていない。
ギルベルトが愛称呼びを提案していることに気づきもせず、アリシアはそのまま聞き返してしまった。
「ギル?」
「そうだ」
アリシアに愛称で呼ばれ、そう答えた時のギルベルトの蕩けるような顔と言ったら……
このランチルームでの出来事は、後に学院で語り継がれるほどのラブストーリーとなるのだが、当の二人がそれを知る由もない。




