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第十九話 交錯4



 「美春様!」

 強い横からの衝撃と共に美春は地面に倒れていた。一瞬気を失いかけそうになるが、なけなしの精神力を振り絞り上半身を起こす。足元には、美春を突き飛ばした人物がいた。

「リヒト……!?」

 リヒトは右肩を押さえながらふらふらと立ち上がる。無事だったかと安心したのもつかの間、リヒトの身体をよく見れば肩や手に火傷を負っていた。

「怪我はないですか?」

「怪我してるのはリヒトでしょ!? どうして……」

 怪我してもなお美春の心配をしてくるリヒトを美春は思わず叱咤してしまう。

 助けてくれたのは嬉しいが、それよりも大切な人が自分のせいで傷を負った、と言う事実が美春の心を打ちのめした。

 自分が竜舎に飛び来なければ……そんなもしも、が脳裏をよぎるが、今考えるべきことではないと、美春は首を横に振った。

「これくらいの傷大丈夫です。落ちてきた板は剣ではねのけたので」

 そうは言っても、リヒトの剣を持つ手の甲は赤く腫れ始めている。

「どうして、と聞きますが、私は美春様の騎士です。例え美春様から攻撃を受けようと、美春様を守るという立場に変わりはないです」

 攻撃、と言うのはおそらく急所を蹴ったことであろう。思い出すだけでなんて事をしてしまったんだろうと美春を下を向く。

「あ、その、あれはごめんなさい」

「いいんです、とにかく今はここから脱出するのが先です」

 リヒトの意見は最もであった。それに、話せば話すほどあたりを埋め尽くしている煙を吸い込んでしまい苦しかった。

 美春は口を閉じ、リヒトの先導のもと足を動かし始めた。同時に後ろからついてくる竜の誘導も行いながら。

 徐々に煙が薄くなり、美春達は何とか竜舎の外に辿りつくことができた。竜を連れて戻って来たことに、騎士達が驚きの声をあげた。と並行して周囲から水をかけられ、ダグラスの怒声が浴びせられる。

「無鉄砲にもほどがあるだろうが!」

 后候補になんて事を言うんだと、戦々恐々と騎士達は美春を見つめる。怒りだすのではないかと思われた美春であったが、予想に反し頭を下げた。

「ごめんなさい」

 軒並み我儘な女ばかりが集められた后候補に、こんな殊勝な人物がいたのかと、騎士達は感心する。

「自分の立場を自覚しろ。とにかく、竜舎のそばは危ない。おい、みんな早く離れろ!」

 ダグラスの指示を聞いた途端周囲にいた人々は竜舎から距離をとる。美春も脱出した竜とともにリヒトに連れられ竜舎から離れた。


 それは、あっという間のでき事であった。


 竜舎は業火の中崩れ落ちていく。黒煙とともに赤い炎が上がり、人々は叫声をあげる。

 幸い、激しい炎は他の舎に燃え移ることなくすんだ。美春が助け出した竜も含め、竜達は怪我はしているものの命に別条はないと言う。

 となると、気になるのはリヒトの怪我だけである。

 美春は早くリヒトに医師に見てもらえと急かすが、美春が安全な場所に行くまでは傍を離れない、と頑固なものである。それどころか美春の擦り傷を発見し、先に美春が診てもらうべきだ、とまで言い始める。

 そんなやり取りを続けている間にも、竜達の声が美春の脳に届いてくる。しかし、力を使いすぎたのか、竜舎に飛び込み精神力をすり減らしたせいか、おそらく両者が影響しているのであろう。竜達の声がぼんやりとしか聞こえず、詳細を聞きとることはできなかった。

「リヒト、今は城は混乱している。とにかく一旦美春様の部屋に戻って待機していろ。あとで医師が部屋に行くように手配しておく」

 美春達の不毛な言い争いが聞こえていたのか、ダグラスが呆れた口調でリヒトに命令する。ダグラスはリヒトの返事も聞かずに次々と他の騎士達に指令を出している。竜舎が燃えたのだ。これからやってくる事後処理のことを考えるだけでダグラスは頭が痛いのだろう。

 リヒトは仕方がないとばかりにため息をつき、美春と二人で部屋に戻ることにしたのであった。











 今日のディートハルトはいつも以上に華美な服でその身を包んでいた。

 ジュストコールと呼ばれる裾が広がっていく形の上衣は黒色ではあるものの、裾や袖口には細やかなレースと刺繍が施されており、ボタン一つ一つが本物の金でできていた。上衣の下には光沢のある黒色のベスト、その下には首元がフリルで覆われたシャツを着ていた。着ている服はどれもが上質な絹で織られ、しっとりとした手触りからも高級品だと言う事が分かる。

 しかし、恐らくこの男はどんな安物の服でも見事に着こなす事ができるのであろう。誰もがうらやむその美しい造形は、不機嫌な色を全面に押し出していてもなお曇ることはない。

 上衣の上には青色の、これまた目を見張るばかりの宝石がちりばめられたマントをディートハルトは羽織らされる。ずしりと肩に重くのしかかってくるそれを思わず払いのけたくなるが、ディートハルトはぐっと我慢した。マントが肩から落ちないように女官が紐状のピンで胸元を留める。ピンを留めた女官はディートハルトの姿に思わず感嘆の息を吐く。

 今、ここにいる男はどこからどう見てもドーニア国の頂点、偉大なる竜王であった。

「準備は大方できたようですね」

 軽いノックとともに入ってきたのは、神官長クリスである。

「入れと言ってないが」

 クリスはディートハルトの言葉を無視して、にっこりとほほ笑む。

 クリスもディートハルトには劣るがいつもよりも装飾の多い恰好をしていた。神官のためか白を基調とした祭服を纏っており、刺繍はクリスの髪の色と同じ金色であった。服の丈は長めだが踵のある皮靴のおかげで裾を引きずることはない。

 今日、二人が華やかな格好をしている理由。それは他国セニアから第三王子が公賓として来るからである。竜の力に陰りが見えているとはいえ、未だドーニアは大陸で絶大な影響力を持つ国である。他国に力の衰えを見せないためにも、ディートハルト達は華やかに着飾る必要があった。

「昼は神殿で食べる、と言っていたので迎えに来ました」

「お前は人の話を聞かないでよく神官長になれたな」

「お褒めの言葉ありがとうございます」

「褒めていない」

 これ以上クリスと会話を続けると、ディートハルトはマントを破りかねない。

 部屋にいた女官たちが緊張の面持ちで二人を見つめていた、その時だった。


 ピーーーーーーーーーーッ。


 遠くから聞こえた笛の音。

 その音が耳に入ったと同時にディートハルト達は顔を強張らせた。

 緊急時の警笛。それは不足の事態が起こった時に聞こえてくるものである。

「ダグラスは何をやっている」

 ディートハルトは苛立たしげに言い捨てると、傍においていた剣を腰にさす。

 豊饒祭ではただでさえ皆が浮かれ、人の出入りが多くなる。そのためいつも以上に念入りに警備に人を割いているはずだった。

「ディートハルト様、状況が分かるまでは動かない方がいいのでは?」

「そんな事言われなくても分かっている!」

 心のままに動くのであれば、今すぐにでも笛の音の方へ駆け出していきたい。しかし、上に立つ者として不用意に行動することはできない。

「セニアの王子が到着する前でよかったですね」

 王子に何かあればそれは外交問題にすぐさま発展する。セニアは砂漠の国、と呼ばれるほど国土のほとんどが砂漠であるが、近年良質な鉱石が発掘されており、重要な資源地である。今のうちに親交を深め、今後も友好関係を築いていきたい国であった。

 窓の外の城下では色鮮やかな旗が風ではたはたと揺れている。ディートハルトが瞳をつぶれば、瞼の裏には人々が豊饒祭を楽しむ姿が浮かんでくる。ここで選択を間違えれば、一瞬にして人々の幸せは打ち砕かれる。

 廊下から、誰かが駆けてくる音が聞こえる。おそらく伝令であろう。

 足音が扉の前で止まり、その人物がノックをする前にディートハルトの手によって扉は開かれた。

 突然開かれた扉に驚き、更に現れた人物がディートハルト本人であったことから、伝令の男は目と口を見開き一瞬固まる。男はまだ年若い騎士であったが、足の速さを買われ緊急時の伝令役をこなしていた。

「早くその口を開け」

 ディートハルトの言葉にやっと男は口を一度閉じ、伝えるべく事を話し始めた。

「竜舎が……燃えています!」

 場に控えていた女官の誰もが驚愕で口からはっと息が漏れる。クリスとディートハルトは内心は驚いたものの、周囲に悟られぬよう冷静を装った。

「被害状況は?」

「第一竜舎が燃えており、火の勢いが早く、消火は困難な状態です。現場には幸いにも団長が詰めていたため、団長による指揮がなされています。竜達はほぼ脱出できておりますが負傷もしており、暴れている竜をなだめるのに労力を割いている状況です」

「火元はなんだ」

「原因不明です」

 第一竜舎には火を噴くような竜はいない。そして竜舎事態にも火元はないはずであった。

「不審者は?」

「現在割り出し中です」

 ディートハルトとクリスは目を見合わせた。何故か嫌な予感がする。

「城内にいる者の安全の確認を行え。それと城内の護衛の者に伝えろ。持ち場を離れて竜舎に行かぬよう。セニアの王子の元にもこちらから護衛を向かわせろ」

 次々と下される命令にディートハルトの周囲の人間は動き出す。

 自分の言った通りに動き始める人々を見ても、まだディートハルトの心のざわめきは消えそうになかった。そして、その不安は見事に的中することになる。


 知らせは、火事の消火の報告と共にやってきた。


「后候補の美春様とその護衛騎士、リヒトが姿を消しました。美春様の部屋の前には護衛騎士二人の死体が……」 




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