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第9話 止まった流通

 その変化に、最初に気づいたのは商人たちだった。


「……おかしい」


 北部運送組合の集会所。


 木造の長机を囲む男たちの顔は、揃って険しい。


「昨日から、荷が動かねえ」


「正確には、“動かせない”だな」


 別の男が訂正する。


 机の上には、いくつもの依頼書が広げられていた。


 どれも正式なものだ。


 王都からの依頼、商会からの依頼、地方からの要請。


 本来であれば、優先順位を決め、順番に処理すればいい。


 だが――


「順番が決まらねえ」


 誰かが吐き捨てる。


「どれも急ぎだ。どれも止められねえ」


「なら、王都の指示は?」


「来てねえ」


 短い答え。


 それが、すべてだった。


 これまでは違った。


 必ず、指示があった。


 どの荷を先に動かすか、どのルートを使うか、どこで一時保管するか。


 すべてが決まっていた。


 だから、迷わなかった。


 だが今は――


「……誰が決める」


 その問いに、誰も答えられない。


 沈黙が落ちる。


 そのとき。


「俺たちで決めるしかねえだろ」


 若い男が言った。


「動かさねえよりは、マシだ」


 その言葉に、何人かが頷く。


 正論だ。


 だが――


「責任は誰が取る」


 年配の男が低く言った。


 空気が変わる。


「間違えたら、どうなると思う」


 誰も口を開かない。


「どこか一つが止まるだけじゃ済まねえぞ。連鎖する」


 その言葉は、経験から来るものだった。


 この仕事は、繋がっている。


 一つの遅れが、別の遅れを生む。


 そしてそれが、全体に広がる。


「……あの女は」


 誰かが呟いた。


 名前は出さない。


 だが、全員が理解している。


「あいつは、どうやって決めてた」


 誰も答えない。


 だが、誰もが知っている。


 見ていたからだ。


 あの冷たい女が、迷いなく指示を出す姿を。


 その一つ一つが、正確に噛み合っていく様を。


「……くそ」


 若い男が舌打ちした。


「やるしかねえ」


 結局、それしかない。


「南を優先する」


 誰かが言う。


「穀物だ。止められねえ」


「じゃあ北は?」


「後回しだ」


 決まった。


 それが正しいかどうかは、分からない。


 だが、決めた。


 そして――


 その選択が、次の連鎖を生む。


 王都西区。


 製粉業者の倉庫。


「来ない?」


 男が眉をひそめる。


「運送が、遅れていると」


「遅れてるじゃねえ、止まってるんだろ」


 別の男が吐き捨てる。


「粉がねえと、どうにもならねえぞ」


 倉庫の中は、半分以上が空いていた。


 本来なら、ここに山のように積まれているはずの穀物がない。


「南に回したらしい」


「はあ?」


「優先順位だとよ」


 その言葉に、空気が張り詰める。


「じゃあ、こっちは後回しか?」


「そういうことになるな」


 沈黙。


 そして。


「ふざけるな」


 低い声が漏れる。


「こっちが止まったら、パンが焼けねえ」


「分かってる」


「分かっててやってんのか」


 怒りが滲む。


 だが、その怒りの向け先がない。


 誰が決めたのか。


 どこで決まったのか。


 分からない。


 ただ結果だけが、ここにある。


 王都東区。


 市場。


「今日はもう終わりだ!」


 パン屋の店主が叫んだ。


 列に並んでいた人々がざわめく。


「そんな……まだ並んでたのに」

「昨日より少ないじゃないか」

「どうなってるんだ」


 不満の声。


 不安の声。


 それが少しずつ、広がっていく。


「粉が来ねえんだ!」


 店主が答える。


「どうしようもねえ!」


 その言葉に、誰も反論できない。


 理由が分かっても、解決にはならない。


 ただ、現実がそこにあるだけだ。


 列の後ろで、子供が泣き出した。


「パン……」


 小さな声。


 母親が困ったように抱き寄せる。


「ごめんね、今日は……」


 言葉が続かない。


 その光景を、少し離れた場所から見ている少女がいた。


 クラリスだった。


 何もできなかった。


 昨日、自分が選んだ結果。


 一つを救い、一つを失った。


 そして今日は――


 もっと多くが、失われている。


「……止まってる」


 小さく呟く。


 流れが。


 繋がりが。


 目に見えない何かが。


 確実に、止まり始めている。


 そのとき。


 遠くで、別の怒声が上がった。


「値段が上がってるぞ!」


 誰かが叫ぶ。


「昨日の倍だ!」


 ざわめきが、一気に広がる。


 不安が、形を持ち始める。


 まだ暴動ではない。


 まだ混乱でもない。


 だが――


 確実に、その前兆だった。


 クラリスは、その場に立ち尽くした。


 何もできない。


 ただ見ているしかない。


 そして、理解する。


 あの人がいなくなったことで。


 何が止まり。


 何が壊れ始めているのかを。


 ――流通は、止まった。


 静かに。


 だが確実に。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 ついに“止まりました”。


 これまで見えなかった歪みが、

 目に見える形で現れ始めています。


 次話ではさらに一段階進み、

 「なぜエレノアにしかできなかったのか」が

 より明確になっていきます。


 ここから一気に面白さが加速しますので、

 少しでも続きが気になったら

 ぜひブックマークして追ってください。

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