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第85話 同じ日

 急使は、雨の中を来た。


 秋の雨で、冷たい。外套が肩から水を吸って、色が二段に分かれていた。馬を二度 替えたと言った。樫の坂から、四日で来ている。


 紙は、二枚だった。


 一枚目は、オーブリーの報告だった。十二の領地のうち、十が承知した。残る二つは、書面での返事を待っている。卓の場所も、座る者も決まった。


 二枚目が、照会だった。


 ――樫の坂と、その東の領地から、同じ照会が同じ日に参りました。

 ――どちらも、冬の初めの木材の枠を、同じ朝に取りたいと申しております。

 ――同じ街道の、同じ枠でございます。両方は、通りません。

 ――エレノア様に、お決めいただきたく存じます。


 エレノアは、その四行を読んだ。


 読んで、机の上に置いた。


 これは、返せる紙だった。地名が二つ出ている。サラの規則で言えば、右の束へ行く紙だ。だが、右へ置いても答えは出ない。ここへ来ている問いは、その土地の数を訊いているのではない。どちらを取るかを訊いている。


 六年、彼女がやってきたのはそれだった。二つ並べて、大きいほうを取る。取ったほうを紙に書いて、取らなかったほうには理由を書かない。理由を書けば、次に同じ形の紙が来たときに、その理由で殴られるからだ。


「どちらの荷ですか」


「東の領地は、橋でございます」急使は言った。「橋が二つ架け替えになります。木材が遅れますと、川止めが三月 延びます」


「樫の坂は」


「薪でございます」


「何戸ですか」


「六十戸と伺っております」


 窓の外で、雨が石畳を叩いていた。この時季の雨は、三日 続く。三日 降れば、街道の土が緩む。緩んだ土に重い荷を入れると、轍が深くなって、次の便が遅れる。


 エレノアは、筆を執った。


「薪を先に通してください」


 急使が、顔を上げた。


「橋は、三月 延びます」


「延びます」彼女は言った。「橋が三月 延びて困るのは、その川を渡る荷です。荷は、迂回できます。遠回りになりますが、通ります」


「薪は」


「薪は、迂回できません」エレノアは言った。「六十戸のうち、何戸が今年の薪を持っているかは存じません。ですが、薪は、冬に届かなければ、春に届いても意味がございません。橋は、三月 遅れても橋です」


「――かしこまりました」


「もう一つ、お書きください」


 彼女は、返事に一行 足した。


 ――東の領地には、迂回の道の枠を、こちらから三月ぶん 空けます。


「こちらから、でございますか」


「こちらの街道を通ります」エレノアは言った。「迂回すれば、そうなります。空けなければ、迂回した先で詰まります」


 急使は、その二枚を受け取って、その日のうちに発った。雨は止んでいなかった。


 三日で、返事が来た。


 両方が、承知した。樫の坂は薪を先に取り、東の領地は迂回の道を使う。文句は、一行も無かった。どちらの紙にも、ご賢察に感謝いたしますと書いてあった。


 同じ便で、四枚 来た。


 エレノアは、その四枚を、順に読んだ。


 一枚目。二つの街道が、同じ日に鉄の枠を取りたいと言っている。お決めいただきたく。


 二枚目。書記の交代の順を、どちらの街道から先にするか。お決めいただきたく。


 三枚目。掲示の板の代金を、領地と街道のどちらが持つか。お決めいただきたく。


 四枚目。祭の日に渡し場を止めるかどうか。お決めいただきたく。


 四枚とも、末尾が同じだった。


 出どころは、四つとも違う。二つは街道の書記から、一つは領地の代官から、一つはオーブリー本人からだ。互いに相談して出したものではない。相談する道が、そもそも無い。


 無いのに、同じ末尾で揃った。


 揃ったのは、三日前に一つ決まったからだ。決まったという話は、荷より速く回る。誰が決めたかも一緒に回る。回った先で、同じ形の困りごとを持っている者が、同じ宛先に紙を出す。


 ――誰も、間違っていない、と。


「――エレノア」


 サラが、いつのまにか机のそばに来ていた。


「はい」


「決めたわね」


「決めました」


「速かったわよ」サラは言った。「あの急使、着いてから出るまで、半刻もいなかったわ」


「四半刻です」


「で、四件 来たのね」


 エレノアは、答えなかった。


 三日だ。彼女が一つ決めて、それが正しく通って、両方が礼を書いてきた。その同じ便に、四枚が乗ってきた。


 うまくいったから、来た。


 もし彼女が外していたら、四枚は来ない。外した相手にもう一度 訊く者はいない。外さなかったので、次も訊く。次も外さなければ、その次も来る。


 ――正しく決めるほど、増える、と。


 六年前の王都と、同じ形だった。あのときも同じだ。彼女が決めれば通ったので、各部署は自分で決めるのをやめた。やめてもらったほうが、彼女は速く回せた。速く回っているあいだ、誰もその形の中身を見なかった。


 断罪されて、三日でパンが倍になった。


 パンが倍になったのは、彼女がいなくなったからではない。彼女がいなくても決められる者を、六年 一人も作らなかったからだ。


「その四枚、決めるの」


「――決めません」


 サラが、少しのあいだ黙った。


「決めないと、止まるわよ」


「止まります」


「鉄の枠、来週でしょ」


「来週です」


「祭は」


「十一日後です」


「あんた、それ 分かってて止めるの」


 エレノアは、四枚を机の上に並べた。


 並べて、上から順に、答えを頭の中で出した。四枚とも、出る。鉄は重いほうを先に。書記の交代は、遅れの多い街道から。板の代金は、板を立てる側が持つ。祭は、二日 止めて、前の週に前倒しで通す。


 全部、四半刻で書ける。


 書けば、通る。通れば、次に八枚 来る。


「サラ」


「なによ」


「私が答えられるものは、四枚とも、この土地の話ではございません」


「そうでしょうね」


「私は、鉄の重さも、祭の日も、板の値も存じません」エレノアは言った。「存じませんが、決められます。決められるのは、決める形を知っているからです。中身を知っているからではありません」


「じゃあ、いいじゃないの」


「よくありません」


「なんで」


「外れたときに、直せません」


 サラの指が、机の縁で止まった。


 窓の外の雨が、少し弱くなっていた。荷改めの卓は、二つに減っている。雨の日は、便が遅れる。遅れた日に来る紙は、いつもより多い。


「六年前、王都で、私は毎日 六十枚 決めておりました」エレノアは言った。「一度も外しませんでした。外さなかったのではありません。外れたものが、こちらへ戻ってこなかったのです」


「戻ってこなかったの」


「戻す先が、ありませんでした」彼女は言った。「決める者が一人しかおりませんと、その者に文句を言える者がいなくなります」


 サラは、それには何も返さなかった。


 エレノアは、四枚を右へ寄せた。返す束ではない。左でもない。三つ目の場所に置いた。この机に、三つ目の場所ができたのは初めてだった。


 左は、答えを持っていないもの。右は、その日のうちに返すもの。三つ目は、答えを持っているのに返さないものだ。


 三つ目の束は、置いた瞬間から重かった。左の束は、答えが出ないという事実の重さしかない。三つ目は、出せる答えを止めている重さがある。止めているあいだに何が起きるかは、全部こちらの責任になる。


 鉄が詰まる。祭で渡し場が止まる。板の代金でどこかが揉める。書記の交代が一月 遅れる。


 どれも、彼女が四半刻で書ける紙だった。


「止めるのね」


「止めます」


「あなた、六年で初めてよ。決められるのに決めないの」


「はい」


「そのあいだに、鉄が詰まって、祭で渡し場が止まるわ」


「止まります」


「それでいいの」


 エレノアは、その問いに、すぐには答えなかった。


 よくはなかった。


 鉄が詰まれば、荷主が損をする。祭で渡し場が止まれば、その日に渡れなかった者が翌週まで待つ。誰も死なない。冬には、まだ間がある。


 いまなら、誰も死なない。


 三月 待てば、そうはいかない。


「――よくありません」彼女は言った。「ですが、決めますと、次に八枚 参ります」


「八枚 決めればいいでしょ」


「その次は、十六枚です」


「あなた、読めるでしょ」


「読めます」エレノアは言った。「読めなくなった日に、十六の土地が同時に止まります」

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 薪を先に通しました。橋は三月 遅れても橋ですが、薪は春に届いても意味がありません。

 両方が承知しました。文句は一行もありませんでした。


 ――同じ便で、四枚 来ました。末尾が全部、同じでした。

 お決めいただきたく。


 うまくいったから、来ました。

 外していたら、来ません。外した相手に、もう一度 訊く人はいないからです。


 正しく決めるほど、増えます。


 六年前の王都も、同じ形でした。

 彼女が決めれば通るので、各部署は自分で決めるのをやめました。

 やめてもらったほうが、彼女は速く回せました。


 パンが三日で倍になったのは、彼女がいなくなったからではありません。

 彼女がいなくても決められる人を、六年、一人も作らなかったからです。


 次話「入りません」では、六年 向かい合ってきた男が、同じ結論を逆の向きから出します。


 よろしければ、ブックマークで追っていただけると嬉しいです。

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