第84話 仕分け
第五街道からの返事は、翌日の昼に届いた。
十二日 かかっていた。第六街道の書記が出した照会を、こちらが受けて、隣へ回して、隣が答えて、こちらへ戻る。そのあいだに、季節が少し進んだ。朝の霧が、三日に一度から二日に一度になっている。
紙は、一枚だった。
――掲示は、読まなくてよろしいかと存じます。
――こちらでは、朝の卓の前で、書記が声に出して読み上げております。
――三年 続けております。
――読める者は、その場で自分の分を確かめます。読めない者は、聞いて覚えます。
――読み上げるのに、四十秒ほどです。
エレノアは、その五行を、二度 読んだ。
二度目に、四十秒のところで止まった。
二月前、隣国の街道で、一台の荷を数えるのに四十秒かかると教わった。朝の便が百二十台で、一時間二十分になる。数えるのに時間がかかることを、あの男は数えていなかった。
この書記は、読み上げるのに四十秒かかることを、三年 数えている。
彼女は、その紙を持ったまま、しばらく動かなかった。
こちらでは、絶対に出ない答えだった。
掲示が読めない者が三割いる、と書いてあった。彼女が考えたのは、掲示のほうを直すことだった。字を大きくする。区分に印をつける。絵にする。三つとも、書いてみて捨てた。捨てた理由は、どれも三割が誰なのかを知らなければ効かないからだ。
直すのは、掲示ではなかった。
朝、四十秒だけ、声を出す。それだけだった。
この答えが出るのに要ったのは、その土地に三年いることだった。三年 いれば、誰が読めないかが顔で分かる。顔で分かっていれば、掲示を直すより先に、朝の卓の前に集まる習慣のほうを使おうと思いつく。習慣は、その土地にしか無い。
紙は運べる。習慣は、運べない。
彼女は、その五行を、机の右へ置いた。第六街道へ回す分だ。回すといっても、こちらは何も足していない。隣が書いたものを、そのまま送るだけになる。
この十二日で、彼女がやったのは、一枚の紙を隣へ渡したことだけだった。
「エレノア」
サラが、束を持って入ってきた。
「はい」
「門に、九枚 来てるわ」
「開けてください」
「開けたわよ」
サラは、束を二つに分けて置いた。左に多いほうを、右に少ないほうを。
「これ、何ですか」
「分けたのよ」彼女は言った。「あなたが返せるやつと、返せないやつ」
エレノアは、右の少ないほうを取った。三枚あった。上から読む。三枚とも、その土地の数を知らなければ答えられないものだった。
左の六枚を取った。六枚とも、数で答えが出るものだった。
「――どのように分けられましたか」
「地名が出てるかどうか」サラは言った。「土地の名前とか、村の名前とか、人の名前が書いてある紙は、あなた 返せないの。数字と区分しか書いてない紙は、返せる。六年 見てて、気づいたわ」
「いつからお気づきでしたか」
「昨日」
彼女は、それを何でもないことのように言った。
「なんで気づいたか、訊かないの」
「伺います」
「あなた、返せない紙を読むとき、二回 読むのよ」サラは言った。「一回目で終わるのは、返せるやつ。二回目に入ったら、その紙はもう左には行かないの。六年 見てたら、分かるわ」
「二度 読んでおりますか」
「読んでるわよ」
「気づいておりませんでした」
「知ってる」サラは言った。「気づいてたら、隠すでしょ。あなたは」
エレノアは、それには答えなかった。
答えずに、二度 読む紙と一度で済む紙の違いを、頭の中で並べた。一度で済む紙には、数と区分しか書いていない。二度 読む紙には、必ず、この目で見たことのない何かが書いてある。四十戸。三艘。三割。北の谷。
二度目に読んでいるのは、文ではない。書いた者が何を見ているのかを、探している。探して、見つからない。見つからないから、返せない。
エレノアは、六枚と三枚を並べた。並べて、上から確かめた。合っている。九枚とも、サラの規則で正しく分かれている。
「テオドル」
文官長が、戸口に来た。
「はい」
「この分け方を、ヤンに教えてください」
「かしこまりました」
「地名か、村の名か、人の名が出ている紙を右へ。数と区分だけの紙を左へ」エレノアは言った。「左は、その日のうちに私が返します。右は、置いてください」
「右は、いかがいたしますか」
「――まだ、決めておりません」
テオドルは、頭を下げて下がった。下がりぎわに、束の厚みを目で測った。この男は、量を必ず目で測る。
その日から、門で分けることになった。
三日で、数が出た。
届いた紙が、三日で四十一枚。左が三十七枚。右が四枚。
エレノアは、その二つの数を、紙に書いた。
四十一のうち、四。
ちょうど一割だった。
彼女は、その数字を見た。見て、少しのあいだ、筆を持たなかった。
六年、この領地の朝の枠の一割を空けてきた。百二十台のうち十二台。何が来るか分からないから空けておく、と書いた。書くのに六年かかった。
いま、届く紙の一割が、答えられないものとして残っている。
同じ一割だ。数が合っているのは偶然だろう。偶然だが、性質は同じだった。九割は、あらかじめ形が決まっている。決まっているから、誰でも処理できる。残りの一割は、何が来るか分からない。分からないものは、その場にいる者が判断するしかない。
六年、その判断を、彼女が全部やってきた。
「ヤン」
若い男が、束を持って入ってきた。四年、この屋敷にいる。紙を運ぶ役から、いまは門で分ける役になった。
「はい」
「三日で、四十一枚 参りました」
「四十一枚です」
「右が、四枚でした」
「四枚でございます」
「分けるのに、何分かかりますか」
「一枚に、五つ数えるほどです」ヤンは言った。「地名を探すだけですので」
「迷われたものは、ございましたか」
「二枚 ございました」男は言った。「どちらも、地名は出ておりませんが、書いてある数が、その土地でしか意味を持たない数でした。四十戸とか、三艘とか」
エレノアは、その返事を、聞いた。
この若い男は、三日で規則の外側を見つけている。地名が出ているかどうか、という規則は、サラが六年 見て気づいたものだ。それを教わった三日目に、その規則が拾えないものを二枚 拾った。
「その二枚は、どちらへ置かれましたか」
「右へ置きました」
「なぜですか」
「返せないほうへ置いておけば、お嬢様が見られますので」ヤンは言った。「左へ置きますと、返ってしまいます」
「――ありがとうございます」
男は、少し戸惑った顔をして、下がった。
エレノアは、机の右の四枚を見た。
三日で四枚。ひと月で四十枚。年に五百枚に届く。
この四枚は、九割を落としたあとに残ったものだ。落とす前は、一日に八枚 来ていた。落としたので、一日に一枚と少しになった。
減った。
減ったが、消えていない。
九割は、誰がやっても同じ答えが出る。だから誰に任せてもいい。残りの一割は、誰がやっても同じ答えにはならない。だから、任せられない。任せられないものが、一つの机に集まってくる。
オーブリーの図の、真ん中の丸だった。
あの図は、正しかった。正しく、九割を十二の卓へ配って、一割を真ん中へ集める。集めた一割を、真ん中の一人が読む。
――残りの一割は。
サラが、戸口の柱に背を預けていた。
「エレノア」
「はい」
「その四枚、どうするの」
「読みます」
「読んで」
「――返せるものは、返します」
「返せないものは」
エレノアは、四枚を手に取った。
北の谷の柱の刻みのこと。橋の架け替えのこと。渡し場の祭のこと。書記が来月 辞めること。四枚とも、その土地の数を知らなければ答えられない。
「残りの一割は、どなたが」
サラが、そう訊いた。
エレノアは、その四枚を、机の上に戻した。
「……私です」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
隣の街道の書記は、三年前から、朝の卓の前で掲示を声に出して読み上げていました。
読み上げるのに四十秒です。読める人はその場で確かめ、読めない人は聞いて覚えます。
こちらでは、絶対に出ない答えでした。
直すのは掲示ではありませんでした。朝、四十秒だけ声を出す。それだけです。
届いた紙を分ける規則は、六年 壁際で読んでいた女が見つけました。
――地名か、村の名か、人の名が書いてある紙は、返せない。数と区分だけの紙は、返せる。
三日で四十一枚。返せないものが四枚。
ちょうど一割でした。
九割は、誰がやっても同じ答えが出ます。だから任せられます。
一割は、誰がやっても同じ答えになりません。だから、任せられません。
次話「同じ日」では、その一割の中から、いちばん厄介なものが出ます。
二つの領地が、同じ日に、同じ枠を欲しがります。
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