第37話 選ばれる国
それは、静かな変化だった。
だが。
確実に。
世界は変わっていた。
「……安定しています」
文官が言う。
その声には、これまでになかった落ち着きがあった。
「流通、完全に回復」
「在庫も均等に維持されています」
「価格も、安定傾向に」
報告が重なる。
だが。
それは、もう“驚き”ではない。
当たり前の状態になっていた。
「……」
エレノアは、窓の外を見ていた。
街。
人。
動き。
すべてが、滑らかに流れている。
無理がない。
偏りがない。
そして――
崩れない。
「……形になりましたね」
サラが言う。
壁にもたれながら。
「ええ」
エレノアは頷く。
「ようやく」
その言葉には、わずかな重みがあった。
「……」
サラは、少しだけ目を細める。
「これ」
一歩、前に出る。
「他でも使えるわね」
「ええ」
エレノアは答える。
「構造としては」
一拍。
「どこでも」
その一言で。
意味が広がる。
「……」
サラが、小さく笑う。
「それ、危ないわよ」
「ええ」
エレノアは頷く。
分かっている。
これは。
ただの領地経営ではない。
“モデル”だ。
そして。
それは――
奪われる。
真似される。
狙われる。
「……来るわね」
サラが言う。
「ええ」
短く答える。
そのとき。
「報告!」
役人が入ってくる。
「王都より、正式な使者が到着しました!」
空気が、わずかに揺れる。
「……内容は」
エレノアが問う。
「面会の要請」
一拍。
「至急」
沈黙。
それは。
予想していた。
そして。
避けられない。
「……通します」
エレノアが言う。
数刻後。
「……」
扉が開く。
一人の少女が、入ってくる。
クラリス。
その顔は、以前よりも少しだけ大人びていた。
だが。
目の奥には、疲れがある。
「……久しぶりですね」
エレノアが言う。
クラリスは、少しだけ頷いた。
「……はい」
短く。
そして。
迷いながら。
「……あの」
言葉が、続かない。
何を言うべきか。
分かっている。
だが。
簡単ではない。
「……用件を」
エレノアが言う。
助けるように。
だが。
距離を保ったまま。
「……」
クラリスは、息を吸った。
そして。
「……戻ってきてください」
と、言った。
その一言は。
重かった。
「……王都が」
続ける。
「持ちません」
その声は、震えていた。
だが。
嘘ではない。
「……」
エレノアは、何も言わない。
ただ。
見ている。
「……お願いします」
クラリスが言う。
一歩、前に出る。
「あなたがいないと」
その言葉に。
すべてが詰まっている。
沈黙。
長い沈黙。
「……」
エレノアは、ゆっくりと息を吐いた。
そして。
「……お断りします」
と、言った。
静かに。
だが。
はっきりと。
空気が、止まる。
「……どうして」
クラリスが言う。
声が震える。
「……あなたなら」
「だからです」
遮る。
その声は、冷たくはない。
だが。
揺れない。
「私は」
一歩、前に出る。
「国を救うために動いているのではありません」
視線を合わせる。
「国を」
一拍。
「成立させるために動いています」
沈黙。
その言葉は。
理解するのに、時間がかかる。
「……」
クラリスは、何も言えなかった。
「王都は」
エレノアが続ける。
「今のままでは、成立しません」
その一言は。
あまりにも、残酷だった。
「……」
「ですが」
一拍。
「変わるのであれば」
視線を外さない。
「支援はします」
完全な拒絶ではない。
だが。
受け入れでもない。
「……」
クラリスの目に、涙が浮かぶ。
だが。
こぼさない。
こぼさないように。
「……分かりました」
小さく言う。
その声は、弱い。
だが。
折れてはいない。
「……ありがとうございます」
頭を下げる。
深く。
そして。
顔を上げる。
その目には。
わずかに。
光が戻っていた。
「……」
エレノアは、それを見ていた。
何も言わない。
ただ。
見ている。
そして。
理解する。
この国は。
まだ、終わっていないと。
――選ばれる側ではなく。
選ぶ側へ。
変わる可能性が、あると。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
いよいよ終盤です。
エレノアは戻らないという選択をしました。
ですが、完全に切り捨てたわけではありません。
ここにこの物語のテーマがあります。
次話が最終話です。
ぜひ最後まで見届けてください。




