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第34話 再定義

 止まった時間が、限界に近づいていた。


「……持ちません」


 文官が言う。


 その声は、もはや隠せない。


「あと一刻が限界です」


 沈黙。


 執務室の空気は、張り詰めている。


 誰もが分かっている。


 ここが――


 最後の境目だと。


「……」


 エレノアは、時計を見ていた。


 静かに。


 ただ、時間を測るように。


「……お嬢様」


 文官が言う。


「このままでは」


「ええ」


 エレノアは頷く。


「崩れます」


 その一言で。


 全員が、息を呑む。


 だが。


「……ですが」


 続ける。


 ゆっくりと。


「それで構いません」


 沈黙。


 誰も、すぐには理解できない。


「……は?」


 文官が、思わず声を漏らす。


「崩れても、いいのですか」


「はい」


 即答。


「ここまでは、予定通りです」


 その言葉に。


 空気が、変わる。


「……予定」


 サラが、わずかに笑う。


「やっぱりね」


 一歩、前に出る。


「で?」


 視線を合わせる。


「ここからが本番?」


「ええ」


 エレノアは頷いた。


 そして。


「……始めます」


 と、言った。


 その瞬間。


 文官が、新しい書類を受け取る。


「これは……」


 目を見開く。


「新しい……契約?」


「はい」


 エレノアが言う。


「すべて、書き換えます」


 沈黙。


「……どういう」


「優先順位を、撤廃します」


 一歩、前に出る。


「すべての取引を、一度フラットに」


 文官が、言葉を失う。


「ですが、それでは――」


「選べません」


 エレノアは言った。


「誰も」


 その一言で。


 意味が、繋がる。


「……」


 サラが、目を細める。


「なるほど」


 小さく呟く。


「選択を消す」


「ええ」


 エレノアは頷く。


「利益差を、なくします」


「……」


 文官が、震える声で言う。


「それでは……誰も動かなくなるのでは」


「いいえ」


 エレノアは首を振った。


「“動かざるを得ない状態”にします」


 沈黙。


 それは。


 これまでとは、逆の発想だった。


「……どうやって」


「最低限の供給を、全体に配分」


 一つずつ、言う。


「そして」


 一拍。


「追加分は、完全に抽選制にします」


 空気が、止まる。


「……抽選?」


「はい」


 即答。


「利益で選べない以上」


 一歩、前に出る。


「確率で決めます」


 沈黙。


 それは。


 商売ではなかった。


 だが。


 構造としては――


 成立している。


「……」


 サラが、小さく笑う。


「狂ってるわね」


 だが。


 その目は、真剣だった。


「でも」


 一歩、近づく。


「成立してる」


 その一言に。


 確信があった。


「……」


 文官は、まだ理解しきれていない。


 だが。


 分かることが一つある。


「……これで」


 震えながら言う。


「相手は」


「操作できません」


 エレノアが答える。


 短く。


 だが。


 決定的に。


「流れを歪めても、意味がない」


 視線を上げる。


「すべてが、均等になる」


 その言葉に。


 空気が、変わる。


「……」


 サラが、ゆっくりと息を吐く。


「やっぱり」


 小さく言う。


「面白いわ、あなた」


 その笑みは、本物だった。


「実行を」


 エレノアが言う。


 文官が、慌てて動き出す。


「新規契約、全商会へ通達!」


「即時切り替え!」


 声が飛ぶ。


 そして――


 広がる。


 新しいルールが。


 街へ。


 商会へ。


 すべてへ。


 数刻後。


「……何だ、これ」


 商人が、書類を見て呟く。


「優先なし?」


「抽選?」


「……ふざけてるのか?」


 困惑が広がる。


 だが。


 同時に。


「……いや」


 一人が言う。


「これなら……」


 視線を上げる。


「誰も有利じゃない」


 沈黙。


 それは。


 初めての状態だった。


「……」


 混乱は、続いている。


 だが。


 方向が変わる。


 怒りから。


 判断へ。


 その頃。


 高台の屋敷。


「……これは」


 カティアが、初めて眉を動かした。


 わずかに。


 ほんのわずかに。


「……ロイド」


「はい」


「どう思う?」


 ロイドは、書類を見ていた。


 無表情のまま。


 だが。


 数秒、沈黙した。


 そして。


「……成立しています」


 と、言った。


 その一言は。


 重かった。


「……」


 カティアは、笑った。


 ゆっくりと。


「……やるじゃない」


 その目は、楽しそうだった。


 そして――


 少しだけ。


 悔しそうだった。


「構造を、変えてきた」


 一歩、歩く。


「なら」


 振り返る。


「こちらも、変えるしかないわね」


 その言葉で。


 戦いは、さらに深くなる。


 だが。


 流れは――


 変わった。


 確実に。


 エレノア側へと。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 ついに“再定義”が来ました。


 ここがこの作品の最大のカタルシスです。


 構造で負けていた状況を、

 構造そのものを変えることでひっくり返しました。


 次話では、

 この一手がどれだけ効いているのかが明らかになります。


 一気に逆転フェーズに入るので、

 ぜひブックマークしてお待ちください。

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