第30話 崩れ
崩れは、連鎖した。
「北西ルート、遅延拡大!」
「南側在庫、想定より早く枯渇!」
「西区、価格上昇!」
報告が、次々と叩きつけられる。
執務室の空気が、一気に張り詰めた。
「……」
エレノアは、立ったまま動かない。
だが。
視線は、すべてを追っている。
「北西は優先したはずでは」
文官が焦った声で言う。
「はい、ですが――」
役人が答える。
「想定以上に流入が集中しています」
沈黙。
それはつまり。
「……読み違えましたね」
エレノアが、小さく言った。
その一言に、全員が固まる。
否定しない。
言い訳もしない。
ただ、事実として受け入れる。
「……原因は」
文官が問う。
エレノアは、ゆっくりと書類をめくった。
そして。
「誘導されています」
と、言った。
「……誘導?」
「ええ」
一枚の紙を指で叩く。
「南東を封鎖したことで、流れが北西に集中した」
当然の結果。
だが。
「そこに」
一拍。
「別の需要をぶつけられた」
沈黙。
それは。
完全な操作だった。
「……ロイド」
文官が呟く。
「ええ」
エレノアは頷く。
「こちらの再編を読んで、流れを歪めている」
その手は、冷静で。
正確で。
そして――
容赦がない。
「……」
沈黙。
重い。
だが。
止まれない。
「……対応を」
文官が言う。
その声には、焦りが混じっている。
だが。
エレノアは、すぐに答えなかった。
考える。
流れ。
構造。
そして――
次の一手。
「……」
だが。
出ない。
一瞬。
ほんの一瞬。
思考が、止まる。
王都ではなかったこと。
領地でも、なかったこと。
“読めない”。
「……お嬢様」
文官の声が、わずかに揺れる。
その一言で。
エレノアは、目を閉じた。
ほんの一瞬。
そして。
開く。
「……切り替えます」
静かに言った。
その声は、戻っていた。
冷静に。
いつも通りに。
「北西を切ります」
「……は?」
文官が目を見開く。
「ですが、それでは――」
「崩れます」
即答。
「分かっています」
一歩、前に出る。
「ですが」
視線を上げる。
「このままでは、もっと崩れる」
沈黙。
それは。
選択だった。
再びの。
「南を優先」
続ける。
「西は抑制」
「北は」
「後回しです」
短く。
決定。
「……」
文官は、何も言えなかった。
理解している。
だが。
怖い。
「……実行します」
絞り出すように言う。
それしかない。
そのとき。
「……いい判断ね」
声がした。
振り向く。
サラが、そこにいた。
いつも通り。
だが。
その目は、少しだけ鋭い。
「遅かったけど」
軽く言う。
だが。
それは事実だった。
「……ええ」
エレノアは、否定しない。
「一手、遅れました」
その言葉に、全員が息を呑む。
認めた。
はっきりと。
自分のミスを。
「……珍しいわね」
サラが言う。
「前のあなたなら、言わなかった」
「今は違います」
エレノアは答える。
短く。
だが。
確かに。
「……そう」
サラは、小さく笑った。
「いいじゃない」
一歩、近づく。
「で?」
視線を合わせる。
「ここから、どうするの?」
その問いは、軽い。
だが。
核心。
「……取り返します」
エレノアは言った。
静かに。
だが。
強く。
「どうやって?」
サラが問う。
エレノアは、少しだけ間を置いた。
そして。
「……構造ごと、ひっくり返します」
と、言った。
その一言で。
空気が、凍る。
「……は?」
文官が、思わず声を漏らす。
だが。
エレノアは、動じない。
「相手が流れを操作するなら」
一歩、前に出る。
「流れの前提を壊します」
その目は、真っ直ぐだった。
迷いはない。
「……それ」
サラが、わずかに笑う。
「本気?」
「ええ」
短く答える。
「ここでやらなければ」
一拍。
「終わります」
沈黙。
それは。
事実だった。
そして――
賭けだった。
「……いいわ」
サラが言う。
「乗る」
その笑みは、鋭い。
「そういうの、好きよ」
その一言で。
流れが、変わる。
崩れから。
反撃へ。
だが。
その先にあるのは――
勝利か。
完全な崩壊か。
どちらかしか、なかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついにエレノアが“大きく崩されました”。
そして初めて、
「読めない状況」に直面しています。
ここからが本当の勝負です。
次話では、
この状況からの“選択”が描かれます。
この一手で流れが決まるので、
ぜひブックマークしてお待ちください。




