第29話 圧力
それは、露骨な形で現れた。
「……通れない?」
文官の声が、わずかに上ずる。
「はい」
報告に来た役人が頷いた。
「南東の主要街道が、封鎖されています」
沈黙。
「理由は」
エレノアが問う。
声は、いつも通り落ち着いている。
「安全確認との名目ですが……実質的には通行規制です」
「どこの判断ですか」
「隣国側の監査機関です」
短い答え。
だが、それで十分だった。
「……ロイドですね」
小さく呟く。
文官が息を呑む。
「間違いありません」
これは偶然ではない。
狙ってやっている。
しかも。
「一箇所ではありません」
役人が続ける。
「北東のルートも同様に遅延。検査強化で通過に時間がかかっています」
「……」
エレノアは、何も言わなかった。
だが。
理解している。
これは。
物流封鎖。
完全な停止ではない。
だが。
“遅らせる”ことで、全体を鈍らせる。
「……厄介ですね」
文官が言う。
それは本音だった。
「ええ」
エレノアは頷く。
「止めるよりも、難しい」
完全に止められれば、対処は単純だ。
だが。
遅延。
それは、判断を鈍らせる。
どこまでが正常で、どこからが異常か。
分かりにくい。
「……影響は」
「すでに出始めています」
文官が書類を差し出す。
「南側の供給が一部遅延。西側の在庫に偏りが」
「……」
エレノアは、それを見つめる。
崩れてはいない。
だが。
歪み始めている。
「……来ましたね」
小さく言う。
これは。
侵食の次。
圧力。
直接的な。
外からの。
「……どう対応を」
文官が問う。
その声には、緊張がある。
エレノアは、少しだけ考えた。
そして。
「回します」
と、言った。
「……可能ですか」
「可能にします」
短く。
だが。
強い。
「ルートを再編」
一歩、前に出る。
「南東を切り、北西を優先」
「ですが、距離が」
「分かっています」
遮る。
「コストは上がります」
一拍。
「ですが」
視線を上げる。
「止めるよりは、安い」
沈黙。
それは、正しい。
だが。
ギリギリの判断。
「……実行します」
文官が頷く。
それしかない。
そのとき。
「……さすがね」
声がした。
振り向く。
サラが、壁にもたれている。
「すぐに切り替える」
軽く笑う。
「嫌いじゃない」
「状況は」
エレノアが問う。
「悪いわね」
即答。
「でも、まだ崩れてない」
一歩、近づく。
「ただし」
視線を細める。
「時間の問題」
沈黙。
それは、全員が理解している。
「……裏は」
エレノアが問う。
サラは、少しだけ笑った。
「動いてる」
短く。
「かなり積極的に」
「カティア」
「ええ」
頷く。
「それと」
一瞬、間を置く。
「ロイド」
その名前に、空気が重くなる。
「完全に分担してる」
サラが続ける。
「カティアが“揺らして”、ロイドが“削る”」
構造が、はっきりする。
そして。
厄介さも。
「……」
エレノアは、黙ってそれを聞いていた。
理解している。
これは。
正攻法ではない。
消耗戦。
じわじわと削り。
気づいたときには、立て直せない。
「……で?」
サラが言う。
「どうするの?」
その問いは、軽い。
だが。
重い。
エレノアは、ゆっくりと息を吐いた。
そして。
「……踏み込みます」
と、言った。
その一言で、空気が変わる。
「踏み込む?」
「ええ」
一歩、前に出る。
「こちらも、外に出ます」
沈黙。
その意味を、理解するまでに、少し時間がかかる。
「……それ」
サラが、わずかに笑う。
「かなり危険よ?」
「ええ」
エレノアは頷く。
「ですが」
一拍。
「ここで止まれば、終わります」
その言葉に、迷いはなかった。
だが。
覚悟があった。
「……いいわ」
サラが言う。
「やりましょう」
その笑みは、鋭い。
「面白くなってきた」
その一言で。
戦いは。
次の段階へ進む。
防ぐ戦いから。
踏み込む戦いへ。
そして――
その先には。
勝つか。
崩れるか。
どちらかしか、なかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに“圧力”が本格的に始まりました。
そしてエレノアは、
守りではなく“踏み込む”選択をします。
ここからは完全に戦争フェーズです。
次話では、
状況が一気に崩れ始めます。
ここが大きな山場の入り口なので、
ぜひブックマークして続きをお待ちください。




