第27話 王都
王都は、まだ完全には崩れていなかった。
だが。
確実に、弱っていた。
「……こちらへ」
クラリスは、静かに声をかけた。
目の前には、数人の市民。
疲れた顔。
不安な目。
だが、それでも――
まだ、諦めてはいない。
「今日は、こちらで配布を行います」
言葉を選びながら伝える。
混乱を招かないように。
不安を煽らないように。
慎重に。
「本当に……?」
年配の女性が、恐る恐る問う。
「ええ」
クラリスは頷く。
「少量ですが、必ず行き渡るように」
その言葉に、わずかな安堵が広がる。
完全ではない。
だが。
ゼロではない。
それだけで、人は耐えられる。
「……」
クラリスは、その様子を見ながら、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
できた。
小さなこと。
ほんの少し。
だが――
確かに、誰かを救えた。
「クラリス様」
横から声がした。
文官の一人が、近づいてくる。
「北区の件ですが」
「はい」
「新しい配分で、混乱は抑えられています」
「……よかった」
思わず、言葉が漏れる。
その表情は、わずかに柔らかい。
だが。
「ただ」
文官が続ける。
その一言で、空気が変わる。
「全体の流通は、まだ回復していません」
沈黙。
「南側に偏りが出ています」
「……」
「このままでは、再び不足が発生します」
現実だった。
小さな成功。
だが。
全体は、救えない。
「……」
クラリスは、言葉を失った。
分かっている。
理解している。
でも――
「……どうすれば」
小さく呟く。
答えは、出ない。
出せない。
そのとき。
「簡単なことです」
別の声がした。
振り向く。
そこには、一人の男が立っていた。
整った服装。
落ち着いた態度。
そして――
どこか、冷たい目。
「あなたは?」
クラリスが問う。
男は、軽く頭を下げた。
「ロイド・ヴァルケンと申します」
名乗る。
丁寧に。
だが。
感情はない。
「少し、お話を」
一歩、近づく。
その動きに、違和感はない。
だが。
どこか、危うい。
「……何の」
クラリスが警戒する。
ロイドは、淡々と答えた。
「解決策です」
その一言に、空気が変わる。
「……」
クラリスは、黙って見つめる。
信じていいのか。
分からない。
だが――
聞かなければ、何も変わらない。
「……話だけ」
そう言う。
ロイドは、小さく頷いた。
「ありがとうございます」
そして。
「現在の問題は、配分の偏りです」
即座に本題に入る。
「一部を優先することで、他が不足する」
「……はい」
クラリスは頷く。
「では」
ロイドは続ける。
「優先をやめればいい」
沈黙。
その言葉は、一見単純だった。
だが。
「それでは、全体が――」
「崩れます」
ロイドは即答した。
クラリスの言葉を遮るように。
「ですが」
一歩、踏み込む。
「それが最も“公平”です」
その一言に、重みが乗る。
「……」
クラリスは、言葉を失った。
公平。
誰も切らない。
誰も選ばない。
だが――
「……それでは」
小さく言う。
「誰も救えないのでは」
ロイドは、少しだけ目を細めた。
「ええ」
頷く。
「その通りです」
否定しない。
むしろ、肯定する。
「ですが」
一拍。
「それが現実です」
その言葉は、冷たかった。
そして。
どこかで、聞いたものに似ていた。
「……」
クラリスの胸が、強く締めつけられる。
エレノア。
あの人の言葉。
選ぶこと。
切ること。
そして――
救えないもの。
「……違います」
クラリスは、言った。
小さく。
だが。
はっきりと。
ロイドの目が、わずかに動く。
「全員は無理でも」
一歩、前に出る。
「少しでも、多くの人を救う方法があるはずです」
その言葉には、迷いがあった。
だが。
強さもあった。
「……なるほど」
ロイドは、小さく頷いた。
「理想ですね」
その言い方は、否定ではない。
だが。
肯定でもない。
「ですが」
続ける。
「理想では、勝てません」
その一言で、空気が変わる。
「勝つ、とは」
クラリスが問う。
ロイドは、静かに答えた。
「この状況を、支配することです」
沈黙。
それは。
エレノアと同じ言葉。
だが。
意味が違う。
「……あなたは」
クラリスが言う。
「誰のために、それを」
ロイドは、少しだけ考えた。
そして。
「国のために」
と答えた。
迷いなく。
その言葉は、重かった。
そして――
危険だった。
「……」
クラリスは、何も言えなかった。
ただ。
理解する。
この人は。
エレノアと同じ場所に立っている。
だが。
向いている方向が違う。
それが。
何よりも。
怖かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
クラリス側にも“強敵”が現れました。
そしてここで、
エレノアとクラリスの構造がはっきり分かれ始めます。
同じ問題に対して、
まったく違う答えを出す二人。
ここがこの物語のもう一つの軸です。
次話では、
エレノア側がついに“攻め”に転じます。
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