第19話 敵
その報せは、あまりにも静かに届いた。
「……外交使節?」
エレノアは、書簡を読みながら呟いた。
「はい」
文官が答える。
「隣国ルーベンシュタインより。正式な視察という名目で、こちらの状況確認に」
「……早いですね」
書簡を閉じる。
わずかに目を細める。
「情報が回るのが」
王都が崩れ始めた。
そして領地も不安定。
それを嗅ぎつける者がいるのは、当然だ。
だが。
ここまで早いのは――
「優秀です」
小さく言う。
文官は答えない。
ただ、次の言葉を待つ。
「受け入れます」
エレノアは言った。
「拒否はできません」
当然の判断。
外交を断る理由はない。
むしろ――
見られる。
こちらの状態を。
そして。
試される。
「いつ到着しますか」
「本日中には」
短い答え。
「……準備を」
「はい」
文官が下がる。
静寂が戻る。
エレノアは、窓の外を見た。
動き出した領地。
だが、まだ安定していない。
そして――
“見せる”状態ではない。
「……」
小さく息を吐く。
間に合わない。
整えきれない。
ならば――
別の方法で、対応する。
数刻後。
領地の正門。
一台の馬車が、ゆっくりと止まった。
黒。
無駄のない装飾。
だが、その作りは明らかに上質。
扉が開く。
中から、一人の女が降りてきた。
長い金髪。
整った顔立ち。
そして――
冷たい目。
「……」
その視線が、まっすぐにエレノアを捉える。
エレノアも、視線を返す。
数秒。
沈黙。
空気が、わずかに歪む。
「初めまして」
女が口を開いた。
声は、柔らかい。
だが、その奥に刃がある。
「カティア・ルーベンシュタインです」
名乗る。
堂々と。
隠すことなく。
「……エレノア・ヴァルディエです」
エレノアも答える。
短く。
余計な言葉はない。
「ええ、存じています」
カティアは微笑んだ。
だが、その笑みは温かくない。
「ずいぶんと、面白いことになっていますね」
その言葉に、周囲の空気が張り詰める。
だが。
エレノアは動じない。
「視察に来られたのでは?」
淡々と返す。
「ええ」
カティアは頷く。
「その通りです」
一歩、近づく。
「ただ」
少しだけ顔を傾ける。
「思っていたより、崩れていませんね」
その一言に、わずかな驚きが混じる。
だがそれは、すぐに消える。
「少し期待していたのですが」
軽く言う。
その内容は、明らかに不穏だった。
「何をですか」
エレノアが問う。
カティアは、楽しそうに笑った。
「完全な崩壊を」
静かな言葉。
だが、その意味は重い。
周囲の者たちが息を呑む。
だが、エレノアは。
「それは残念です」
とだけ言った。
感情はない。
ただの事実として。
カティアの目が、わずかに細くなる。
「……やはり」
小さく呟く。
「あなたがいると、面倒ですね」
その言葉は、本音だった。
そして――
評価でもあった。
「お互い様です」
エレノアは返す。
その瞬間。
空気が、変わる。
これはもう。
視察ではない。
会話でもない。
――対峙。
同じ高さに立つ者同士の。
「あなた」
カティアが言う。
まっすぐに、エレノアを見て。
「もっと早く潰すべきでした」
その一言は。
あまりにも自然に。
あまりにも当然のように。
口にされた。
周囲が凍る。
だが。
エレノアは、ほんのわずかに口元を動かした。
「それは、失敗でしたね」
静かに返す。
その瞬間。
二人の間に、明確な線が引かれた。
敵。
それも――
同格の。
そして。
この戦いは、まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに“本当の敵”が登場しました。
エレノアと同じ視点で世界を見る存在。
しかし、目的はまったく違う。
ここからは、
「善悪ではない戦い」が始まります。
次話では、
この二人の“会話戦”が本格的に展開されます。
ここは作品の核になる部分ですので、
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